第四章 奴隷都市ナファル

177 次に行く場所は




 旅の途中、クリスたちは違法の奴隷商を見付けて村の担当官に突き出した。その時に奴隷都市の存在を知った。その都市だけは違法だろうと何だろうと奴隷を取り扱っていいと、まことしやかに噂されているそうだ。村に突き出した奴隷商の男も奴隷都市から来ていた。だから捕まった時にも「何故こんな程度で」と罪を軽く考えていたようだ。

 それを見て、クリスは気になった。奴隷都市のあるフォティア帝国には良い噂がないから元々行く気はなかった。けれど、男の放った言葉が耳から離れない。


 奴隷商は「ドワーフの奴隷もいる」と言った。更にこうも口にした。


「食い潰した騎士様も多く来るんだぜ。あそこにゃ闘技場があるからな。そこで金を得た奴等が奴隷を買って帰るのさ。ははっ。一番人気はエルフの女だ。獣人族も男女共に人気でな。希少種ってのは、なんだかんだで売れる。だから多少危険を冒してでも仕入れるのさ」


 今回は下手を打ったが、と続けた男はそこで悔しそうな表情になった。その割には悲観する様子がない。逃げる算段があるからだろうか。心配だけれど、それはペルア国がなんとかする問題だ。クリスたちは後を任せて村を出た。



 でも、奴隷商の言葉がずっと頭にこびりついている。クリスは考えに考え、エイフに頼んだ。


「奴隷都市に行ってみたい」

「いいのか? 楽しい場所じゃないぞ。それに、お前の安住の地探しが遅くなる」


 とは、奴隷都市にクリスの望む場所がないと分かっているからだろう。クリスは頷いた。それから、屋根に座っているカロリンとカッシーにも聞いてみる。もし嫌なら途中で別れるつもりだった。

 二人は一緒に行くと答えた。


「クリスが言わなければ、わたしが言おうと思っていたのよ。『ちょっと寄ってくれない?』ってね」

「僕も。だって気分悪いもんね。あの奴隷商の関係先ぐらいは確認しておきたいしさ」


 残りのメンバーも問題ないようだ。といっても妖精のイサと精霊たちだから、意見らしい意見はない。

 なにしろ彼等は、いざとなれば精霊界に戻れる。人間界で少々具合の悪い場所があったとしても、夜を待てば自由に精霊界へひょいと行けるのだ。ましてや今回の行き先に問題があるわけではない。


「じゃあ、イサもオッケーでいいね?」

「ピルル」


 最後にイサに念押ししたのは、彼もクリスと同じ転生者だから。

 カロリンとカッシーも転生者だった。二人はニホン組には属しておらず、どちらかというと「避けている」側で、もっと言えば「逃げてきた」口だ。

 その理由が、カッシーの「エルフらしい美形」姿に惚れ込んだニホン組の女性に迫られ、断ったら呪われてしまったから。びっくりする話だが、力を持った転生者の中にはそんな人もいる。



 ニホン組とはニホン族の中のグループで、一応最大派閥と言われているらしい。主立ったメンバーが上級スキル持ちばかり、かつ冒険者であることから発言力がある。強い者の意見が通りやすいのはどこの世界でも同じだ。

 ニホン組自体は問題のあるグループではなかった。ただ、時折過激な冒険者が現れる。転生者全体からすれば少数派だけれど、悪名の方が人の記憶には残りやすい。そのせいで、ニホン族という転生者自体を嫌う人も世の中にはいた。反対に、彼等のもたらした新技術や考え方に共感を覚えて憧れる人もいる。


 ちなみに転生者全体をニホン族と呼ぶのは「記憶を持った転生者」のほとんどが日本人だからだ。

 前世で死んだ時の記憶を持つ者も多く、クリスがもしかしてと思っていた通り、皆「同じ場所」で死んでいた。

 クリスは前世で栗栖仁依菜という名だった。終電間際に急いで駅へ向かっていた時に死んだ。駅を含む一帯を「妙な線」が通り過ぎたと思ったら意識を失ったので、それが死因だろう。

 この話をしたら、カロリンもカッシーも同じだと言った。カロリンの方は実際に目の前を歩く人が線に飲み込まれて消えたのを見たらしい。しかも、その時に何かが代わりに現れたという。それが何かは分からない。カロリンも線に飲み込まれてしまったからだ。


 この話は転生者組だけで語り合った。世界に広めていい話ではないと頭の片隅をよぎる。その感覚は、クリスが誕生の儀を受けた時に感じたものと似ていた。

 誕生の儀を受けると、世界あるいは神から与えられるスキルと共に「ことわり」もインストールされる。この世界で生きるための基本情報であり力だ。それらが、言っていいことと悪いことを管理しているのだろうか。

 これはカッシーが持論として話した内容である。クリスもなんとなく分かるから、エイフには黙っていようと思った。

 そもそも、話しても仕方ない。

 前世の自分たちはすでに死んでいるし、その後がどうなったかを心配しても意味がないからだ。

 ただ、クリスと同じように考える者ばかりではない。転生しても日本について研究を続ける人もいる。彼等は今の生を認められず、前世に戻ることを諦めていないそうだ。だからか「何らかの手違いで世界と世界が重なってしまったのではないか」説を強く推しているとか。そして、もしそうなら、次に「線」が現れた時に飛び込めば日本に戻れるかもしれないと考えている。

 期待や希望、もしくは切望に近い思いがあるのだろう。

 もちろん、研究成果が出ないまま寿命を迎えた人も多い。

 しかし――。


 同じ時に死んだのに、転生した時代はバラバラ。

 そして、この世界で二度目の転生はない。

 転生しているのかもしれないけれど二度目の記憶を持った者はいない。

 当然、日本に戻ったのかどうかも不明。


 これらの情報が分かっただけで、クリスはもういいと思った。

 原因や理由が分かったところで栗栖仁依菜の命はもう戻らない。

 それよりも今を生きる方が大事だった。


 クリスを前向きにさせてくれたのは愛情をもって育ててくれた母アンナだ。

 暮らすには厳しすぎる辺境の地で、更に父親には疎まれていたけれど、愛されているという自覚があったからこそクリスの心は死なずに済んだ。

 母亡き後は、ふらりと辺境の地にやってきた魔女様がクリスの支えとなった。

 魔女様の身の回りの世話をすることで食事をもらい、知識を与えてもらえた。生きるのに必要な知識から生きていくための知恵まで。

 十歳の頃に受けた誕生の儀で得たスキル「家つくり」はハズレだと思われた。それでも生きる希望を失わなかったのは、愛情と知識があったから。

 同時にハッキリと前世の記憶を思い出したからだ。

 大人だった記憶が「もっとしたたかに生きていけ」とクリスに囁いた。


 故郷を飛び出て、必死に旅を続けられたのは「父親に売られるよりはマシだ」と思えたからである。

 それにクリスはペルと出会えた。重種の馬を助けて旅の友となり、やがて妖精のイサ、精霊のプルピに鬼人族のエイフと仲間になった。


 クリスの夢はずっと変わらない。安住の地を探し、そこに家をつくる。

 もちろん今、皆の乗っている家馬車も素敵だと思っている。けれどこれは移動の手段も兼ねた小さな家だ。

 落ち着いて生活するなら暮らしやすい土地に家を建てたい。

 そんな場所を探しながらの旅に、時間制限はなかった。

 ほんの少し遠回りしてみよう。

 クリスは母の姿を思い出しながら、次に行く都市について考えた。


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