176 嫌な再会と旅の仲間たち




 声に聞き覚えがあり、クリスは足音を立てずに家馬車へ近付いた。


 そっと覗くと、旅の途中で出会った、いつぞやの商人の姿が見える。離れた場所に、馬車が何台も連なって止まっている。エイフと話しているのは隊商頭だ。旅の途中だというのに派手な格好をしている。


「何度も言うように、うちの奴隷を譲ってもいいと言っているんだ。ああ、奴隷のレベルが気になるのかね。もちろん、いいのがいるよ。顔も体もなかなかのもんだ。あんたの連れているちんちくりんより、ずーっと器量好しさ」


 ちんちくりんとは誰のことだ。まさかクリスのことかと、思わず険しい顔になる。しかし、その表情が消えるほどの強い声が、エイフから飛び出た。


「うるさい、黙れ」


 隊商頭は一瞬怯んだ。けれども、立て直したようだ。ゴホンと大きな咳払いで、また話し始めた。


「もしや、小さいのがお好みで? だったら、とびっきりのをご用意しましょ。ああ、そうだ。何をしたって壊れない、頑丈な種族の取り扱いもしてましてねぇ。それはそれは珍しいドワーフの――」

「俺は黙れと言った。聞こえなかったか?」


 離れた場所にいるクリスでも分かるぐらい、ぞわっとした威圧を感じた。

 隊商頭が耐えられるはずもなかった。腰を抜かして、あわあわしながら後退る。そんな彼を引っ張っていったのは、なんとカロリンとカッシーだった。駆け寄ってくる人がいると思っていたが、隊商頭の護衛か奴隷だと思っていた。

 二人は、顔だけ出して覗いていたクリスと目が合うと笑顔で手を振った。


「え、なんで?」

「護衛依頼を受けたのよ。でもこんな性悪商人だと思っていなくてね。いやだわ」

「僕たちが受けたのは真っ当な仕事をする商人だったから、これ、違法じゃないかな?」

「あら、そうね。聞いていた商売とは違うもの。まさか奴隷商だなんて知らなかったわ」

「確か、ペルア国の奴隷商は犯罪奴隷しか扱えないから、特殊なはずだったよねぇ。さっき、なんだか不穏な取り引きを持ちかけていたけど、完全に違法じゃないかな。つまり、僕らの方から依頼を破棄しても問題ないね」

「いいわね!」


 相変わらずポンポンと小気味よく交わす会話に、クリスは懐かしさを覚えた。

 彼等とは最後のお別れを言ってなかったので、実はちょっぴり寂しかったのだ。依頼が入ったらしいとはクラフトから聞いていた。

 残念だけれど、仕事が優先なのはクリスも分かっている。

 だから寂しさを隠していたけれど――。


「とりあえず、次の村で役人に突き出しましょう」

「そうだね、そうしよう」

「ところで、美味しそうな料理を作っているようだけど、余裕はあって?」


 バチンとウインクするカロリンに、エイフはほんの少し嫌そうな顔をした。けれど、振り返ってクリスを見、諦めたように頷いた。

 クリスはきっと再会を喜ぶ満面の笑みをしていたに違いない。



 特に拘束もしていなかった隊商頭だ。夜中になると急いで出発するだろうと、エイフは言った。

 カロリンは「許せないわね」と返し、カッシーが「違法の可能性があるなら取り調べてもらわないと」と意気込んだ。

 楽しい食事中にする会話ではないが、期せずして知った犯罪の片鱗である。なんとかできるなら、なんとかしたい。


 クリスはふと思い立って、あることを提案した。

 聞き終えたエイフは天を仰ぎ、カロリンは笑い転げ、カッシーは目を丸くした。

 でも誰も止めなかった。

 だから決行した。



 イザドラが衝撃発破剤に使用した素材の中に笑い茸があった。クリスも採取した。使い方も教わっている。

 乾燥させて粉にしたものを吸い込むと、失神するまで笑い続けるというものだ。

 笑い死に、というのは実際に起こる。そのため本来なら危険なものとなっただろう。しかし、この素材の怖いところは「死なない」のだ。

 笑い茸は「失神」するからだ。


 特殊な紙で包んだ粉を、クリスは慎重に開けた。もちろんゴーグルとマスクを使っている。近くには誰もいない。


「プルピ、あれを」

「うむ」


 手を差し出すと、プルピがその上にフラルゴの実が入った小さなガラス容器を置いた。

 そうっと中身を取り出して笑い茸の粉をまぶす。そしてまたガラス容器に詰めた。


「ふふふ」

「悪い顔だ」

「悪いことするんだもーん」

「呆れた娘だ」

「そんなこと言って、わたしが言う前にガラス容器出したくせに」


 それには返事せず、プルピはククリを呼んだ。


「責任重大であるぞ?」

「あい!」

「あれの頭上に転移するのだ。そして、落とすだけでいい」

「あい!」


 落ちただけで割れる仕組みのガラス容器だ。中に入ったフラルゴの実が割れて、綿があっという間に広がるだろう。同時に笑い茸の粉が舞う。

 何が起こったのかとパニックになるだろうが、失神すれば終わりだ。


「あやつが倒れたら、綿をくっつけて戻るのだ。分かったな?」

「それより、我が『掃除』をすれば良いのではないかな? ふむ。証拠隠滅だ」

「新参者のくせに、しれっと作戦に交ざってくるとは」

「あー、プルピ、一応ハパも旅の仲間なんだからさ」

「一応……」

「さ、ククリが迷うといけないから今は言い合うの止めよう?」

「仕方あるまい。ククリ、分かったな? ガラス容器を落とすまででいい」

「……」

「どうした、ククリよ」

「くりちゅ、くく、おーえん!」

「あっ、そうだよね! ククリ頑張れ! ククリならできる!」

「あい、あい!」


 喜んで糸の手を振ろうとするのを慌てて止め、機会を待った。

 何故か合図はハパが送るらしい。隊商頭の頭上高くに陣取って見下ろしている。そして、彼が一人になるのを待って、サインが届いた。



 あとはもう予想通りだった。

 隊商は大騒ぎで、周囲から人が集まり、どさくさに紛れて誰かが荷馬車の中を覗き――。

 犯罪奴隷とは思えない美女の姿を見付けて叫んだのは誰の声か。

 ともかく、隊商頭の悪事の一端が白日の下にさらされた。


 翌日はクリスたちも護衛兼見張りとして、カロリンとカッシーに付き合った。

 村で隊商頭を引き渡すと、二人が当たり前のように家馬車に「戻って」きた。

 そうなるだろうなと思っていたら、そうなった。

 エイフが肩を竦め、本当にいいのかとクリスを見る。クリスも同じ仕草で返した。「大丈夫だと思う」と声にも出して。



 そんなこんなで旅の仲間が増えた。どこまで一緒なのか分からない。ハパと同じだ。なんとなくの流れで一緒になる。

 そういう旅もアリだ。

 たぶん、エイフがいるからこそ英断できた。

 そのエイフとパーティーを組んだことが、クリスの一番の英断だったのだろう。







**********


3巻発売中です~どうぞよろしくお願い申し上げます!


家つくりスキルで異世界を生き延びろ 3

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047365636

イラスト ‏ : ‎ 文倉十(先生)

書き下ろし番外編「魔女様とクリス」


文倉先生のイラストが本当に素敵なのでぜひお手にとってみてください~



それと3巻発売記念としてSSを投稿しました

よろしければご覧ください

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898162619

「プルピの情報収集とその結果」

プルピ視点で最後はわちゃわちゃと全員出てきます



今後はまた週一更新の予定です(が、プロットだけ上がってて書き溜めてないので予定は未定)




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