174 前日のあれこれ
ヴィヴリオテカを出立する前日は、クリスだけでなくエイフも朝から忙しかった。エイフはギルドに報酬をもらうためだ。全額まとめては厳しいと言われ、ずっと止められていたらしい。彼にはクリスの分も頼んだ。ギルドに行って、ニホン組と顔を合わせたくなかったからだ。
案の定、賢者やゲンキたちが待ち構えていたそうだ。行かなくて正解だった。
エイフがいない間、クリスはクラフトたちの家の動作確認をしていた。気球の家がちゃんと飛べるのか、竜体でも持てるのかの最終チェックだ。昨日は浮くところまでの確認だけで、本格的には飛ばせなかった。
というのも、気球としての登録は済ませていたのに許可証が間に合わなかったからだ。役所仕事というのはそんなものだ。それに憤ったのがクラフトたちで、役所に掛け合ってもぎ取ってきた。
無事に空を飛んだ気球は、外壁の外の何もない空き地にゆっくりと着地した。その場で気球の袋を折りたたんでから、今度は竜の姿で家を運ぶ。
これがすごかった。クラフトが竜化スキルで変身したのだけれど、見事に恐竜だったのだ。蜥蜴っぽい細身のワイバーンと違って、がっしりとした筋肉が付いている。竜形態だと服は着ておらず、どうなっているのかクリスには全く分からなかった。
ともかく、その格好で持ち手を握って飛んだ竜は慎重に飛び回った。イフェだけでなく、クリスも一緒に乗せてもらったが、とても楽しい遊覧飛行となった。
彼等はこれから時間をかけてヴィヴリオテカを中心に上空から仲間を捜すようだ。もし見付からなければ、また旅が始まる。
ひょっとするとどこかでまた出会うかもしれない。だから、しんみりした別れの言葉は告げなかった。
午後は、いよいよ家馬車の改造である。
実際に飛ぶ家を見て、乗ったからこその経験を生かそう。クリスは張り切って家つくりスキルを発動した。
とはいえ「改造」だけだ。特に問題もなく、あっという間に終わってしまった。
家馬車の屋根四隅に紐を通すペグを、決して外れないように取り付けた。紐は魔鋼ロープだ。四隅から伸びた紐は「足で掴める」握り棒に集束する。
底には、着地の時に衝撃を受けないようサスペンション付きの固定アームを取り付けた。前方に一つ、後方の両端にそれぞれ一つ、全部で三つの支えになる。家馬車は細長いため、三箇所にした。
また、ペルとプロケッラも運ぶ必要がある。彼等は家馬車の横側にくくりつけることにした。お腹全体を支える布地に、ずれないよう四本足にそれぞれ太い帯を巻く。布地の上に紐を取り付けて家馬車に沿わせるわけだが――。
「うん、嫌だよね? 宙吊りになるもんねえ」
「ヒヒーン」
「分かった。じゃ、足場も作ろう。その分重くなっちゃうけど、誰かさんが言い出したんだもん、それぐらい大丈夫でしょう」
「……さっきから何やら言っておるが、もしや我に対して含むところがあるのか」
「いいえー」
ハパはずっとペルとプロケッラを説得し、ようやく納得させたところだった。けれど、納得はしたものの自分たちが運ばれるというのがどうにも気に入らず、さっきから「あれが嫌だ」「これが痛い」と些細な部分に文句を言っているらしい。
もちろん、クリスの家つくりスキルでは問題ないと分かっている。つまりこれは、ハパに対する苦情を込めた馬たちなりの仕返しなのだった。
本当に嫌なら考え直すけれど、ペルのクリスに対する態度はいつも通り。「ブブブ」と、我が子への愛情を示す、低くて優しい声だった。
クリスは改造が終わったため、スキルはもう切っていた。
今は物づくりの加護だけで作業をしている。
その横でプルピもせっせと物づくりに励んでいた。インスピレーションが湧いたのか、集中していて楽しそうだ。
プルピは、戦うという意味では「強く」ないらしい。彼の能力は物づくりに全振りされている。それでもクリスを守るだけの力はある。精霊だからだ。ただ、それだけではダメだと思ったらしかった。
ハパに出会ってからいろいろ考えたようだ。
そして、自分の能力でもある物づくりを生かして、クリスのためになるものを作ろうと思ったらしかった。
「ふむ。こんなものか。ククリよ、ここをくっつけるのだ」
「あい!」
「よしよし。いい感じだ。オヌシの力も徐々に上がってきているぞ」
「あーい!」
イサは当初、上司が二人になってあわあわしていたが、やがて落ち着いた。
クリスがルールを決めたからだ。
イサの保護者はクリス。だから精霊たちは勝手に仕事を命じないこと。緊急事態の時は各自の考えで動いてよし。
たったこれだけでイサのクリスに対する好感度は急上昇したらしかった。すりすり甘えてきて、昨夜からずっと傍を離れない。可愛いのでそのままにしている。
「ペルちゃん、そろそろ苛めるのは止めてあげて。プロケッラも足場を作ったからね。さ、ハパ、こっちに来てみて」
「おお、出来上がったか」
「うん。持ってみてくれる? でも本当にその姿で飛ぶの?」
「まあ、任せるが良い」
ダスター姿のハパは握り棒に足を掛けた。ギュッギュッと握って確かめ、頷く。
「うむ、良い。そなた、やはりすごい女子じゃ」
「ふふ。ありがと」
「では、我の本当の姿を見せてやろう」
「本当の姿?」
すると、沢山の羽が纏わり付いていたハパの体がわさわさと動いた。パタパタと羽が形良く折りたたまれていく。
「おお、おお?」
「おや、ハパよ、本性を現すのか」
「ピルル」
「へんちん!」
ハパは、ふさふさの羽が生えた小型竜になった。
――尻尾、どこにあったんだ?
心の中でツッコミながら、クリスはハパを観察した。確かに竜だ。クラフトの竜が鱗でできているなら、ハパは羽だけれど。形は似ている。
「可愛い……」
「む?」
「クリスよ、オヌシはなんでもいいのか?」
「くりちゅ、くくは? くくも、かわい?」
「ピピピピピ!!」
「ブルルルル」
「ヒヒーン」
カオスだ。クリスは皆に囲まれて笑った。カオスだけれど、楽しい。
遠くから、出掛けていたイザドラの声が聞こえる。ニウスと一緒に走って戻ってこようとして、転んだ。
「もう、そんな長いローブにフードを被るからだよ。大丈夫?」
「キュ」
「だってー! ジェマ様みたいになりたいんだもーん」
魔女様はそんな格好してなかった。そう教えてあげたいような気もしたが、面白いので黙っておく。
それからも、イザドラが家馬車の浮くところが見たいと言い出したり、ペルとプロケッラがハパを舐め回したりと大騒ぎは続いた。
交渉疲れで帰ってきたエイフは、肩を竦めて笑うのみ。誰も止めないから、近所の人も出てきて騒ぎだし、いつの間にか炊き出しまで出る始末だ。
でも、楽しい。ヴィヴリオテカの最後の夜はそうして過ぎた。
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昨日、3巻が発売されました
どうぞよろしくお願い申し上げます
家つくりスキルで異世界を生き延びろ 3
ISBN-13 : 978-4047365636
イラスト : 文倉十(先生)
書き下ろし番外編「魔女様とクリス」
書店特典SS情報などは近況ノートもしくはTwitterに載せてます
文倉先生のイラストが本当に素敵なのでぜひお手にとってみてください~
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