173 馬たちのイチャイチャと友達との別れ
トニーが言うには、クリスの作った家も何らかの魔力で守られているそうだ。
「もちろん、大きな力はありません。そのうちに薄れていくのでしょう。わたしの果樹園がそうです。でもね、手を掛ければちゃんと戻ってくる。誰がやってもね」
「トニーさんの手じゃなくてもですか?」
クリスの問いに、トニーは微笑んだ。
「わたしの娘には緑スキルはありません。でも、彼女の手掛けた果樹もまた薄らとですが守れていた。つまり、そういうものなのだろうと思っています」
家も同じだと、彼は教えてくれているのだ。
大事に扱えば長くもつと。
「トニーさん。教えてくださって、ありがとうございます。わたし、これからも頑張って家を作っていきます!」
トニーはうんうんと何度も頷き、孫にするかのような優しさで頭を撫でてくれた。
そこにククリがいることは、言わなかった。
家馬車のある空き地に戻ると、ペルとプロケッラがまだ仲良く毛繕いしあっていた。
昨日からずっとこれだ。エイフはプロケッラだけでもと連れてきて、その後あちこち走り回っていた。だから今日初めて見たわけだが――。
「キュ、キュキュ」
「ピルル、ピッピッピッ」
「うんうん。イチャイチャして目のやり場に困ったんだね。ごめんね、ニウス」
「こいつら、ずっとこうだったのか」
「昨日はもっとべったりだったよ」
「……発情期が来たら怖いな」
「だよね」
「ちょっと、エイフさん? クリスは乙女なんだから、発言には気を付けなきゃだよー!」
「おっと、悪い。そうだった」
イザドラは鬼人族のエイフ相手にもいつも通りだ。ちょっと早口で、遠慮がない。でも、彼女がクリスを思って言っているのは、エイフにも十分伝わっている。クリスをチラッと見て、エイフはイザドラに笑いかけた。
「気を付けるとしよう」
「そうしてよね! クリスはあたしの大事な友達なんだから」
そう言ったイザドラの目に涙が見えた。
クリスたちがそろそろヴィヴリオテカから出ていくのを、彼女は悟っている。
元々そういう話をしていた。でも今は切実に出ていかなければならない事情があった。
賢者がエイフを引き留めにかかってるからだ。そして、同じパーティーメンバーであるクリスを調べているとも聞いた。
「わたしがギュアラから逃げてきたように、クリスも自分らしく生きるために逃げてるんだね」
涙を拭ったイザドラの瞳は強く、澄んでいた。
彼女は気付いたのだ。クリスが転生者だと。
でも、決してその言葉を口にしない。
「あたし、ここで憧れの大魔女様みたいになれるよう頑張るよ!」
「ダメだよ、それは」
「え~っ?」
「大魔女様みたいじゃなくて、それ以上にならなきゃダメ。超えてやるんだ、ぐらいの目標にしなきゃ!」
「えー! あたしがー?」
「イザドラならできるよ。さしあたって、いい方法があるんだ」
「え、え、なになに?」
いつものイザドラが戻ってきた。身を乗り出してクリスの手を取る。彼女のスキンシップに、クリスは救われた。エイフのいない寂しさを彼女は埋めてくれたし、クリスの憧れだった「女同士でカフェに行く」もできた。何よりも、イザドラは友達になってくれたのだ。
クリスは笑った。
「賢者がきっとここにも来る。その時に追い払うんじゃなくて、上手く言いくるめて彼の持つ知識を引き出そう」
「お、おおー!」
「賢者は足が遅いんだって。あとビビりらしいよ。この情報、役に立つ?」
「おおー! クリスってば、悪女ー!」
「ちょ、違うもん!」
「ひゅー!」
「吹けてないよ、口笛。あと腕を引っ張りすぎ!」
「いやーん、ごめーん!」
きゃっきゃと騒いでいるのをエイフが見ていた。クリスと目が合うと、笑みを深める。
こういう別れを、彼は何度も経験しているのだろう。人生の先輩として、優しく見守ってくれる。
エイフはクリスの臨時保護者だ。親ではない。いつか離れる時が来ると分かっている。それを気にしないよう自分に言い聞かせていた。そしてダメだと分かった時、途轍もない寂しさに襲われた。
でも、今なら大丈夫だと分かる。
何故なら、クリスはイザドラとも別れるけれど、彼女は大事な友人のままだ。
エイフはクリスの保護者として、まだしばらくは一緒に過ごしてくれるだろう。成人するまでかもしれない。その時、独り立ちしたとしても、エイフがクリスの保護者であることに変わりはない。
ハッキリと分かる。血の繋がりなんてなくても繋がれるものがあるのだと。
「さ、イザドラ。家のメンテナンスについてもう一度おさらいしよう」
「えー。取扱説明書くれたから、いいよぉ。それより今日は美味しいものを食べにいこうよ。素敵なレストランを教えてもらったの!」
「……オシャレして行く?」
「行く!」
元気よく手を挙げたイザドラは、エイフにも声を掛けた。
「あ、エイフさんも一緒に行こうね!」
「いや、俺はオシャレな店は苦手だ」
「何言ってるのよ。エイフさんは護衛係! 綺麗な女性と可愛い女の子が二人だけで夜の町を歩くんだよ? 危ないじゃーん。どうしよ、ナンパされたら!」
「イザドラ、落ち着いて」
「いやーん! 恋が始まる~」
イザドラの妄想はともかく、エイフは頭を掻き掻き仕方なさそうに溜息を漏らした。
「じゃ、ちょっとはマシな格好でもするか。プロケッラ、おい、そろそろ落ち着け」
「ヒヒーン」
「あんまりしつこくすると嫌がられるぞ。ほら、そろそろペルが不機嫌そうだ」
「ヒン!」
「ったく。蹴られても知らんからな」
広げられた荷物を片付け、エイフはクリスに声を掛けてきた。
「家馬車の居間を貸してくれ。着替えをしてくる」
「うん、分かった」
「エイフさん、オシャレしてね~!」
「へいへい」
エイフは手を振って、家馬車の中に消えた。
残されたクリスたちは顔を見合わせ、笑った。
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応援してくださる皆様のおかげで無事に3巻が発売となりました
いつもありがとうございます感謝です!
家つくりスキルで異世界を生き延びろ 3
ISBN-13 : 978-4047365636
イラスト : 文倉十(先生)
書き下ろし番外編「魔女様とクリス」
(書店特典SS情報などは近況ノートもしくはTwitterに載せてます)
文倉先生の素敵なイラストが目印です
どうぞよろしくお願い申し上げます(_ _)
発売記念として短編をあげました
https://kakuyomu.jp/works/1177354054898162619
「ニウスと精霊」で、文字通りニウス(亀妖精)のお話です
第二弾は7/6に「プルピの情報収集とその結果」を投稿予定です
こちらはプルピ視点で最後はわちゃわちゃと全員出てきます
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