172 変態から逃げろ、トニーのスキル




 気球の家の横で、ハパは特別な何かを見せることなくカッシーの頭に乗った。

 乗ってすぐ「終わったぞ」というあたり、情緒がないのかもしれない。

 涙ぐんでいたカッシーはあっさり終わった解呪にぽかんとしたまま「あ、そうですか」と呟いた。

 ――分かるよ、その気持ち。

 クリスも魔女様に突然ポーチをもらって、そんな感じだった。相手があっさりしすぎていて、反応に困るのだ。

 それでもカッシーはクリスより大人だった。我に返って、ハパにお礼を言った。

 そして、ハパやプルピを見て幸せそうに笑う。


「精霊様だ……」

「視えるようになったんだね」

「うん。すごい。あれ、クリスの頭にもいない?」


 ククリはずっとクリスの髪の毛の中でゴロゴロしていた。それを見抜いたカッシーはデレデレになった。

 素早く移動し、クリスの頭上を覗き込む。


「わぁぁ、可愛い……っ!」

「や!」

「え、えぇぇ」

「や! くりちゅ、くく、ないないちて!」


 頭の上でバタバタする気配がする。髪の毛の中に潜り込もうとしているのだろうか。クリスは笑いながら、編み込んでいた三つ編みを少し緩めて、その中にククリを入れてあげた。きっと髪はグチャグチャになっているだろう。鏡で見たいような見たくないような。

 ともかく、手を下ろした。すると目の前に立っていたカッシーがしょんぼりしている。それなのに表情がだらしなく垂れ下がっているようにも見えて、怪しい人みたいだ。


「カッシー、そういうところが嫌がられるんだよ、たぶんだけど」

「うっ、そうかな?」

「うん。ククリがこうなるの珍しいもん」

「その子、ククリって言うんだね。可愛いなぁ……」

「もしかして、カッシーって可愛いもの好き?」

「そうだよ!」


 聞けば普段は隠しているらしい。黒いタキシード風の格好でクールに決めているのだが(と本人が言った)、それなのに可愛いものが好きだなんて言えなかったそうだ。でもバレバレだった気がする。

 クリスは呆れて笑った。


「別にどんな格好でも、どんなものが好きでもいいんじゃないのかな。迷惑掛けなければ」

「そうなんだけどね! 理想があるんだよな~」

「ふうん」

「カロリンだって、ほら、本性現してる」


 カッシーが指差した先には、たじたじになって困惑しているエイフがいた。

 クリスはカッシーと顔を見合わせ、二人のところへと歩いていった。


「ほんの少しなのよ。お願い、触らせて?」

「いや、少しだろうと困る。待て、近付くな」

「まあ! こんな美女に冷たすぎやしませんこと? いやだわ、ほんのちょっとなのよ。ね? お願い~ん」


 カロリンの言葉遣いがおかしくなっている。

 クリスが唖然としていると、カッシーがさっさと近付いてカロリンの頭を掴んだ。


「やめろって。前世出てるぞ」

「やだぁー!」

「好みの男性見付けるとすぐ、それなんだから。業が深いよね」

「うるさい! アンタだって同じでしょ! 女の子同士がイチャイチャするのを眺めるのが好きって、どんだけ業が深いのよ」

「いいだろ! 誰にも迷惑掛けてないんだから。クリスだって言ってたもんね!」

「クリスちゃーん、ダメよ、こんな変態を付け上がらせたら」


 何故かクリスに飛び火してきた騒ぎは、更に広がった。イザドラまで参戦したからだ。


「そうだよ、クリス。ニホン族って変態ばっかりらしいじゃない! クラフトさんに聞いたけど、絡まれたんだってね。気を付けなきゃだよー!」

「でもそれはもう解決したからね」

「うっそだー! ねぇ、クラフトさん! さっき言ってたの昨日の話でしょ?」

「あ、ああ」

「その子たち、クリスをパーティーに入れたいんだって! ギルドの職員に掛け合ってたらしいよ? 今のパーティーは危険だとかなんとかって」

「なんで危険なの?」


 クリスはびっくりした。黙って聞いていたエイフが眉を寄せる。

 イザドラは自分が言い出したのに、クラフトに視線を送った。どうやら話題を提供した彼に説明してほしいようだ。

 名指しされた格好のクラフトは、皆からの視線に体を少しだけ引いた。


「わたしが口にしたわけではないぞ。彼等が言うには、年の離れた男と一緒というのは『ウラヤマケシカラン』だそうだ」


 それを聞いたカッシーがカロリンとの不毛な会話を止めて、こっちを見た。


「あー、それなー」

「いやーね、もう」


 カロリンも呆れ顔だ。そんな二人を見て味方が増えたとばかりに、イザドラの勢いが増した。クリスの肩に手を置いて揺らしてくる。


「ね、ねっ? 変でしょ? だからクリス、近付いちゃダメだよ」

「うん、分かった」


 イザドラは本気の心配をして、クラフトとイフェは言葉の意味が分からないまでも「変」だと悟ったらしい。エイフはなんとなく意味に気付いているようだ。カロリンとカッシーは苦笑している。

 本当にニホン組はいろいろとお騒がせだ。


 大騒ぎしていると、トニーが自分の果樹園で採れたオレンジのジュースを絞って持ってきてくれた。


「さあさあ、お話ばかりで喉が渇いたでしょう。飲んでください」

「ありがとうございます! わぁ、美味しい!」

「ふふふ。そうでしょう? 丹精込めて作った果物ばかりです」

「トニーさん、場所を貸してくれて本当にありがとうございました」

「いえいえ」


 他の皆がそれぞれで話を始める中、クリスは改めてトニーにお礼を言った。

 しかし、彼は大きく首を振った。


「こちらの方こそ、ありがとうございました。果樹園の地下から見付かった魔道具も無事、修復が終わりまして、元に戻されました。また何十年に渡って、この地を守ってくれるでしょう。切っ掛けを作ってくれたのはクリスさんです。この果樹園が大きな被害もなく無事に残ったのは、あなたのおかげですよ」

「そんな……」

「あなたがギルドに提供した紋様紙の話も聞きました。本当に素晴らしい。わたしにはこんなことぐらいしかできませんが、少しでもクリスさんの助けになっているのなら嬉しいですよ」

「トニーさん」

「それにね、とても素晴らしいものを見せてもらいました」


 トニーが眩しそうに気球の家を見上げる。釣られてクリスも横に立つ家を見上げた。

 この家は、竜人族の二人が大事に思う人をきっと守ってくれるだろう。

 手前味噌などではない。

 分かるのだ。


 それはトニーも同じだった。


「大事なものを守る、そんな力を感じます。クリスさん、わたしのスキルはね、農業と土と緑なんです」

「緑?」

「ええ。若い頃はハズレだと言われました。一切、発動しませんでしたから。でもね、最近になって思うんですよ。これは緑の手と同じだったんじゃないかって」

「緑の手……」

「必死に働いてきました。土をいじって研究し、良い果物を作ろうとがむしゃらに。そうするとね、段々と分かってきたんですよ。緑スキルが果樹園を守ってくれていたことに」


 いつ発動しているのか、そもそもどんな能力なのか。何も分からないスキルがある。

 緑スキルがそうだ。けれど、それはちゃんとトニーの体の中で生きていた。

 今では他人の育てた果樹との違いがハッキリと分かるらしい。緑の葉を視るだけで。

 そして、果樹園は薄らとした緑色の魔力で守られているそうだ。

 だから、土鼠が多かったのに木々は無事だった。





**********


「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」3巻が明日6月30日に発売です


家つくりスキルで異世界を生き延びろ 3

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047365636

イラスト ‏ : ‎ 文倉十(先生)

書き下ろし番外編「魔女様とクリス」

(特典SS情報などは近況ノートもしくはTwitterに載せてます)


カバーイラストはクリスとイザドラが仲良く歩いているシーンです

クリスが魔法使いっぽいローブを羽織っていてお揃いになってます♥

さりげなくククリもいますので探してみてください!

口絵には、やんちゃ系ゲンキ君とイケオジのクラフトが並んでいて面白いですし、ニウスをバックにクリスとイザドラのイチャイチャシーンもあって眼福です~

ぜひよろしくお願い申し上げます!



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