171 ヴィヴリオテカの様子とハパ登場
昼を少し回っていたものの、お腹はそれほど空いていなかった。
まだ興奮しているせいかもしれない。
そんなクリスを甲斐甲斐しく世話してくれるのはイザドラとカロリンだった。エイフは追いやられてしまった。手持ち無沙汰になった彼は、気球の家を見上げる竜人族二人に話し掛けていた。トニーも一緒になって興奮した様子だった。
カッシーは相変わらず「女の子が三人でわちゃわちゃしてる~」と変な呟きだ。
クリスが少し落ち着くと、昼ご飯にしようとシートが広げられた。
隣には気球の家と果樹園がある。不思議な景色だけれど、ピクニック気分で楽しい。
皆が思い思いに話し始める。最初は気球の家についてだった。
しかし途中からは二日前の事件と、それからのヴィヴリオテカについてが語られ始めた。
ヴィヴリオテカに蔓延していたおかしな気配は、徐々に消えているそうだ。
溢れていた魔力素が薄まっていくのは賢者の編み出した魔術のおかげらしい。そのうち精霊もやって来るだろう。居着く精霊が出てくるかもしれない。
魔力素が薄まるにつれ、イフェの体調不良も治ってきている。竜人族は、本来なら魔力素が多くても異変を起こさない種族だ。何故そうなったのか不明だったが、段々と理由が分かってきた。
まず、数ヶ月前にヴィヴリオテカがおかしくなったことに、魔法使いが気付いたのが始まりだ。いろいろ調べた結果、調整盤の不具合だと判明した。そして、それを知った市長が勝手に、妙な魔道具を設置したらしい。魔道具に使われているのは通常の魔術紋だ。対して調整盤は魔女様の編み出した複雑な魔術紋である。ようは、合わなかった。
複雑に作用しあった魔道具と調整盤により、崩壊が進んでしまった。同時に押さえ込んでいた地下の魔力素が塊となって吐き出されたというわけだ。その塊がたまたま、イフェに入り込んだのだろうと、イザドラは推察している。
当然だが、竜人族向けの痛み止めは不要になった。念のため、クリスはイフェに【整正】の紋様紙をあげた。これで体内を整えたら万全になるだろう。魔力素が薄まっていく以上、体調が悪くなることもない
市長は今回の件で糾弾されている。魔法ギルドからもだ。その魔法ギルド自身も、今の体制を立て直す必要があると領主に言われているらしい。上を下への大騒ぎだそうだ。
イザドラは「しばらく仕事にならないわー」と笑って教えてくれた。
ともかく、市長は責任を取って辞職になる。次期領主の道も潰えたらしい。
噂では妻が怒り狂って、離縁を申し出ているとか。
そんな領主サイドの内輪ネタを披露してくれるのはカッシーだ。面白おかしく話して、クリスとイザドラを笑わせてくれた。
カッシーとカロリンも先日の魔物の氾濫では十分な働きをしたという。おかげで、王都から来たニホン組の失態は挽回できたようだ。
何故、自分たちの手柄を彼等の失敗と相殺されるんだと怒っていたけれど、冒険者たちに喝采で受け入れられて満更でもなかったとか。これはクラフトから聞いた話だ。
今回の件で実績を上げたため、冒険者ギルドから魔法ギルドに依頼を通しやすくなった。カッシーの呪いを解ける魔法使いを紹介してもらえるのも早いだろう。
そう思っていたのだが――。
皆でワイワイ楽しく話していると、空からダスターが落ちてきた。
もちろん本物のダスターではない。
「ハパ?」
「さよう、我はハパだ」
いつの間にか念話ではなくなっている。
驚いた様子なのはエイフで、更に目を見開いているのが竜人族の二人だった。残りの人はよく分からないらしい。なんとなく何かがいる、という感じだそうだ。
ちなみにエイフが驚いたのは「雑巾みたいなのがふわふわ浮かんでいるから」らしかった。後で聞いて、クリスは笑った。
竜人族はハパの強さに驚いたようだ。彼等も視える性質らしい。ただぼやけて視えるのはエイフと同じだ。
「イサに挨拶に来たの?」
「ピ?」
「そのつもりであった。が、面白いものを見せてもらったのでな」
「面白いもの?」
「それだ」
出来上がった家のことらしい。
「羽のないものが空を飛ぶとは面白い」
「飛行スキル持ちだっているけど?」
「物が飛ぶのが面白いのではないか」
それもそうかとクリスが頷けば、ハパは何やら楽しげな気配で近付いた。
「クリスとやら。そなた、面白い
「はぁ」
「そなたのスキルとやらも大変興味がある」
「そうですか」
「うむ。それでな。そなたも飛べる家にしてはどうかと思ったのだ。空を飛ぶというのは良いものだぞ」
「は?」
「……うぬぅ。クリスの手前黙って聞いておれば、勝手なことばかり」
「わぁ、プルピ、怒っちゃダメ」
「だが、オヌシの大事な家を!」
クリスはプルピが怒った理由に気付いて、胸が温かくなった。彼は、クリスの気持ちを一等に考えてくれているのだ。その優しさが嬉しい。
「そうだね。他人の家について勝手に語る資格は、誰にもないよね」
「そうであろう?」
「うん。だから、ハパ、あなたは言い方を変えるべきなんだよ」
「ぬっ?」
「あなたは、わたしにこう言えば良かったの。『今の家のまま、飛べるように改築しても面白そうだね』って」
プルピが目を丸くし、ハパは黙り込んだ。
「相手を尊重し、その上で提案するのが大事なポイントだよ」
「なるほどのぅ」
「クリスは優しすぎるぞ?」
「そうかな。でもプルピ、ありがとう」
「……うむ」
「何やら、むずっとするのぅ。だが、良い。うむうむ。良い」
偉そうな言い方をするけれど、ハパは決して強引でも傲慢でもなかった。クリスの意見を聞き入れ、納得してくれるからだ。
そして意外と慣れるのが早い。あるいは柔軟なのかもしれない。
「では、こういう提案ではどうだろう。我が家馬車を持ち上げて飛ぶのだ。竜のようにな。それなら改築も簡単に済むのではないか」
怖いと思う前に、クリスは「面白そう」と思ってしまった。
そして、できるとも気付いた。家つくりスキルが教えてくれる。
「いいね。その代わり落としたらダメなんだからね?」
「分かっておる」
つまりハパは、クリスたちに同行するつもりなのだ。
唐突に決まってしまった。けれど、ククリの時もそうだった。
プルピはちょっぴりむくれているようだったが、それを嬉しく感じるクリスは変だろうか。
そんなプルピとクリスを見ていたハパは「怒らせてしまった代わりに何か詫びを」と言い出した。だから何ができるか聞いたところ――。
カッシーの解呪ができると判明したのだった。
ハパが得意なのは「圧縮」と「掃除」らしい。その掃除の力が異常だった。「悪いものを追い払う」力らしい。
根気よく聞き出したクリスが「悪いものって毒とか?」と聞けば「もちろん」と返ってくるものだから、あれもこれもと聞いていくうちに辿り着いた答えだ。
姿は視えないけれど存在を感じていたカッシーは、クリスの台詞を聞いて安堵したのだろう。その場に座り込んだ。泣きそうな顔でクリスを見ている。その背中をカロリンは優しく撫でていた。
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◆新刊情報
「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」3巻が6月30日に発売します
イラストは文倉十先生です
今回も素敵なイラストを描いてくださってます~!
家つくりスキルで異世界を生き延びろ 3
ISBN-13 : 978-4047365636
イラスト : 文倉十(先生)
書き下ろし番外編「魔女様とクリス」
特典SS情報などは近況ノートもしくはTwitterに載せてます
よろしくお願いします
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