167 お説教と仮眠と転移の先に
さて。クラフトがゲンキたちを見て足を止めた理由は、クリスが心配になったという他にも別にあったようだ。
話を聞けば、クラフトが元々引き受けていたレアメタル坑の調査に、ゲンキたちも参加していたらしい。そう、ミスを連発して穴を開けたのが彼等だったのだ。
現地では大量の魔物が発生したものだから、ろくな注意もできずにいた。そうして先に逃がしたはずの彼等が、クラフトよりも遅く戻ってきた。それが気になったらしい。
事情を聞けば、魔物から逃れに逃れて遠回りで帰ったとか。
クラフトは呆れ返りながらも彼等の無事を喜んだ。もちろん、それで終わるはずがない。きちんとお説教し、職員にも「この子たちが例の問題を起こしたニホン組だ」と報告していた。
今度こそ現場に向かうとギルドを出ていったクラフトを見送り、クリスは休憩に入った。
とんでもなく疲れた一日だった。
しかし、終わりではない。
まだまだ事件は続く。予感ではなく事実だ。
案の定、職員用の仮眠室を借りて休んでいたクリスの前にククリが飛んできた。
転移してきたククリには紙がくっついていた。ペリリと剥がして確認すると、エイフからだ。雲行きが怪しいと書いてある。できれば夜半頃に来てほしいとも。
それまではプルピが付いていてくれるから問題ないそうだ。ククリには、プルピのいる場所に転移するようにと言い含めてあるとか。どうやらプルピをビーコン代わりにするらしい。
「ククリ、行ったことのない場所でも大丈夫なの? プルピだから大丈夫なのかな」
「じょぶ!」
「じゃあ、時間になったらお願いね。それまでは一緒に休んでようか」
「あい」
「イサもおいで。寝ておこう」
「ピルル」
使える紋様紙は全て出し切っているから、現在のクリスにやることはない。
ギルドの職員たちは、未成年をこんな時間まで働かせて申し訳ないと謝るぐらいだ。本当なら帰して休ませるところだが、とも話していた。それが無理なのは、今が非常時だからだ。夜も遅い。こんな状況では、女の子の一人歩きなど逆に危ない。
よって、仮眠室で休ませてもらっている。普段ならここを使っているであろう職員たちは、不眠不休で立ち働いていた。つまり、この場からクリスがいなくなっても問題はない。念のため、書き置きを残して行くつもりだ。仮眠室にいるはずのクリスがいないとバレたら心配されるだろう。余計な仕事を増やしたくない。
ともかく、いつ何時、緊急事態になるか分からない。クリスたちは服を着たまま、準備万端の状態で仮眠を取った。
遠くで鐘が鳴る。都市に響き渡る時計塔からの鐘の音だ。夜は控え目になるが、中地区の冒険者ギルドにまで届く音だった。
クリスはむくりと起き上がって伸びをした。あまり寝た気はしないが、そのうちシャッキリするだろう。横になっているだけでも体は楽になるものだ。
「よし。顔を洗って、念のためトイレにも行っておこうっと」
「ピルル」
「イサも水洗いしたいの?」
「ピル!」
「分かった。洗面所まで一緒に行こう。ククリもおいで。一緒に水に浸かったらいいよ」
といっても浮いてしまうのだが、ククリは皆の真似をするのが好きだから同じようにさせている。
食事を摂っている時間はなさそうだ。それに、何が起こるか分からないのでお腹に入れない方がいいかもしれない。
いつでも出られる格好のクリスは、イサを肩に、ククリを手にして仁王立ちになった。
「じゃあ、ククリ。プルピを目指して転移してね」
「あい!」
いつものクルクル手を回す動作をして、クリスたちは真っ暗な地下へと転移した。
ビーコン役のプルピはさすがだった。彼はちゃんと、誰にも気付かれないような岩の陰で待っていた。しかし、用意されていた明かりが一つだけで、他に人にバレないようにだろうが暗い。
「うむ、無事に来たな」
「状況はどうなの?」
「今は魔物の対応で精一杯のようだ。賢者とやらが、とにかく足が遅いのでな」
「そんなに?」
「うむ。ニホン族は四つ以上のスキルを授かる者が多いと言うであろう? あれも善し悪しでな。多ければ多いほど、妙なスキルが付く場合があるそうだ」
「そ、そうなんだ」
プルピによると、どうも「鈍足」というスキルを持っているのではないかということだった。過去にもいたらしい。
「ひぇ……」
「担いで行けば良いのだとエイフに助言したのだが、護衛をしながらでは難しいと言われてな」
「そりゃそうだよ」
「うむ。賢者はなかなかの巨体であるしな」
益々気になるニホン人だが顔を合わせるつもりはない。今は休んでいるというから、クリスたちで調整盤を確認する。
念のため、エイフが先行して周辺の魔物は粗方狩ったそうだ。
今は後ろから追いかけるように近付いてくる魔物の対処に戻ったらしい。
「さっきまでクリスを心配しておったが、何、わたしとククリがいるのだ。オヌシに怪我などさせまいよ」
「……ありがと。じゃ、その調整盤を見てみよう」
調整盤のある場所まで階段を降りていく。下を覗くと暗いが、幸い、クリスのポーチには光玉がぶら下がっていた。巨樹の葉の葉脈を抜き出して編み込まれた中に光玉がコロンコロンと転がって可愛い。もう少し光ってねと願えば、光玉の光量が増した。
ホッとしたクリスに、プルピがエイフからの伝言を話してくれる。彼がクリスを呼ぶしかないと思い至った理由もだ。
「地下通路のあちこちに綻びがあってな。オヌシの作った紋様紙を使って頑張ったようだが足りなかったのだ」
「賢者は調整盤を一応確認したんだよね?」
「一応な。だが、その場での修復は無理だと言いおった。というよりも修復して万が一壊れた場合、崩落するかもしれぬと騒いでな。ましてや、一朝一夕で作れるものでもない。一時撤退しようと言い出したのを宥め賺して、今は少し上にある待避所で休んでいるところだ」
「ははあ、なるほど」
その時、賢者がこうも話したそうだ。エイフが持ってきた【修復】の紋様紙を見て、大魔法士スキル持ちが使える完全修復なら可能ではないかと。
紋様紙にも【完全修復】はある。最上級ランクになる大作で、書き切るのに数日かかる代物だ。紋様士スキル持ちだと一日がかりだろうか。
「もっとも、大魔法士スキル持ちはおらん。付き添っていた魔法ギルドの幹部も、金庫に保管している紋様紙の中にはないと言いおった」
「あー。それでエイフがわたしを呼んだんだ?」
「わたしが呼べと言った」
「え、プルピが?」
「オヌシ、持っておったろうが」
ニヤリと笑う。彼は随分と人間らしい表情を作るようになった。最初の頃とは雲泥の差だ。クリスはそれが嬉しいような、しかしここは睨むところだと思って変な表情になった。
でも結局はプルピと同じような笑みになったようだ。
「持ってるよ。しかも魔女様印の方の、効果絶大のやつね」
「であろう? わたしの読みは当たった」
「え、なに、当てずっぽうだったの?」
「オヌシが大作を描いていたのは知っている」
「やだー、鎌を掛けられたんだ!」
「ええい、どうでもいいではないか。さあ、着いたぞ」
一番底になるであろう部屋が光っていた。おかげで様子がよく分かる。部屋全体が魔術紋で埋め尽くされていたのだ。
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