166 爆弾発言と言い返し
倒れたばかりで安静にしていないといけないはずのゲンキたちは、完全復活したからと依頼を受けて魔物の氾濫とかち合ったらしい。
無謀すぎる少年たちの行動に呆れるばかりだ。誰も注意をしなかったのだろうかと思うが、ニホン組は他の冒険者たちからは遠巻きにされている。きっと関わり合いになりたくなかったのだろう。王都から来た冒険者、というだけでもヴィヴリオテカの冒険者にとっては目の上のたんこぶだったのだから。
考えたら可哀想な話かもしれない。クリスは少し同情めいた気持ちになった。
しかし、だ。
せっかく優しい気持ちになっていたクリスに、ゲンキは爆弾発言を落とした。
「あ、あのさ。俺、責任取るよ。お前の初めてをもらっちゃったしさ」
「……は?」
思わず低い声が出てしまった。クリスは、自分でも分かる顰め面でゲンキたちを見返した。ゲンキが何を言っているのか、全く意味が分からない。
何故か、クラフトもクリスの側に来て、威圧めいた気配を漂わせている。彼は、そろそろ現場に戻ると言って足を動かし始めていたところだ。それなのに、ゲンキたちの姿を見るやクリスの下に戻ってきていた。
今は、守るような格好で横に立っている。
「安心していいぞ。ちゃんと可愛がってやるからな!」
「ヒュー! さすがゲンキ。イケメン発言じゃん」
「僕も嫁が欲しいー」
――なんだそれ。
クリスが呆れて言葉に詰まっていると、先にクラフトが切れた。それも、ぶち切れた。
「お前たち、何を考えてるんだ。クリスの気持ちも考えずに勝手なことばかり言うんじゃない!」
「はぁ? な、なんだよ、オッサン」
ゲンキが言い返す。その割には妙に怯えて見えた。体も引けていて、どうやらクラフトに対して苦手意識か、もしくは怖がっている気がする。
クリスは首を傾げながらも、周囲の目が向いているのを感じてハッとした。変に勘違いされるのは怖い。ハッキリと真実を伝えておこうと声を張り上げた。
「妙な言い方するのは止めて。それと、何か勘違いしてるみたいだけど、責任取られるようなことはしてないから」
「いや、だってさ。お前、俺を助けるのに薬を……」
「目の前で死にかけている人がいたら助けるよね? 責任って、その薬代を払ってくれるって意味? まさか、お金がないから有耶無耶にして踏み倒そうって魂胆なの?」
だから訳の分からないことを言い出したのかとクリスが睨めば、話を聞いていた周囲の冒険者たちが目の色を変えた。どういうことだと近寄ってくる。
ゲンキたち少年三人は戸惑った様子で震えた。
誰かが「未成年の女の子に強引なナンパを仕掛けてるのか?」とドスの利いた声で怒鳴る。すると三人は更に震え上がった。
ゲンキはキョロキョロと視線を彷徨わせ、味方はいないと悟ったらしい。肩を落としてボソボソと説明し始めた。
「だって、俺を助けるのに薬を飲ませてくれたって。意識のない相手に飲ませるって言ったら、口移ししかないだろ。つまり、そのぉ……」
「えっ、キスしたと思ったの?」
「おいおい。お前、そりゃ、人命救助じゃねえかよ。とんだ勘違い野郎だぜ」
「そうだそうだ!」
冒険者たちがクリスを助けるためにだろうが応援してくれる。が、待ってほしい。クリスの沽券に関わる問題である。とても大事なことだ。
それでなくても、クリスの横にはクラフトがいる。恋愛対象にならないと分かっていても、好みの男性だ。そんな気になる相手に聞かれたい話ではない。
もちろん、前世の記憶があるクリスにとっては「たかがキス」だ。でも今生では人間とのキスの経験はない。ペルとはあるがノーカンである。彼女は母親代わりであり、そもそも馬だ。第一、クリスにだって少女らしい気持ちは残っているわけで……。
だから大声で宣言した。
「わたし、キスなんてしてないから!」
「え、えーっ?」
「気道確保して無理矢理に飲ませただけだもん! 勘違いで勝手に責任とか言わないで。大体、何が可愛がってやる、だよ。女の子の気持ちをバカにしてるでしょ。そんなので女の子が靡くと思ったら大間違いなんだから!」
ゲンキはショックを受けた顔で蹌踉めいた。他の二人は目を見開いる。クリスの台詞が意外だったらしい。言い返されると思っていなかったのかもしれないが。
でも、ここで止めるようなクリスではない。更に止めを刺すべく、追い打ちを掛ける。
「勘違い強引男なんてモテないんだからね!」
ちょっと言い過ぎたかなと思ったが、こういうのはガツンと言ってあげた方が逆にいいのだ。たぶん、成人を少し過ぎた頃合いの少年たちは、今が黒歴史製造の真っ最中だろうからだ。
とはいえ、私怨も混ざっていた。
そして、何故か関係のない冒険者にまで、クリスの言葉が被弾したようだった。
胸を押さえている者が数人いる。
「そうか、俺がモテないのは勘違いだからなんだ……」
「俺は強引だったのか? だけどナンパしないと女の子と知り合えないだろ……」
クリスは我に返って彼等に謝ろうとしたが、ここで謝ると余計に良くない気がして止めた。幸い、平気だった冒険者や職員らが苦笑しながら慰めている。
「まあまあ、何事も限度があるって話だよ」
「そうだそうだ。気にするな」
「ああ、だけど、君らは気にしろよ」
最後は少年三人に向けた言葉だ。職員がやって来て、ゲンキに向かって続ける。
「可愛い女の子に助けられて舞い上がったのかもしれないけれど、あんなアプローチの仕方をしたら誰だって断るよ」
「……」
「君たちはニホン組だろう? 自分たちとは違う種族に対して軽んじるような発言をするニホン組がいるのは知っている。でも、僕たちは同じ『人間』なんだ。女の子にも意思はある、一人の人間だ。ちゃんと向き合いなさい。いいね?」
「……はい」
「よし。じゃあ、みんな持ち場へ戻ろう。そこで自信を失っている男どもも、さっさと動くんだ」
容赦ない叱咤で落ち込んでいた冒険者を立たせ、職員はクリスにウインクして持ち場へ戻っていった。
残ったのは元々のメンバーだけ。つまり、ゲンキたち少年三人とクリス、そしてクラフトだ。クラフトはまだクリスの横で目を光らせてくれている。
「えっと、その、ごめん」
「うん。謝罪は受け入れます。……わたしも言い過ぎてごめんね?」
クリスも謝ると、ゲンキはそろっと顔を上げて見つめてきた。ホッとしたような、でも泣きそうな表情でもあった。
そして何度か躊躇いながら、おずおずと口を開いた。
「……ごめん。俺、今度こそは青春したいと思ってて。その、やり方を間違えた」
「俺も、調子に乗ってごめんなさい」
「僕もごめん」
素直に謝る三人にクリスは苦笑した。ふと横を見上げると、クラフトも呆れた表情ではあったものの威圧を消している。目が合い、自然と互いに笑い合う。
これで手打ちだ。
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