165 再会と打ち合わせ




 彼の姿に、クリスは涙が出そうになった。


「クリス、ここにいたのか!」

「エイフー!」


 慌てた様子で駆け寄ってくるエイフに、クリスも立ち上がって近付いた。が、一歩進む間にエイフの方が先に来てしまった。エイフはその勢いのままクリスを抱き上げた。まるで子供にするみたいな態度だったけれど、クリスは素直に受け入れた。むしろ嬉しいと感じてしまった。


「悪い、遅くなった」

「ううん」

「どうした? てっきり『エイフ、遅い』って怒られるかと思ったんだが」

「それだと、わたしがいっつも怒ってるみたいじゃない」

「前に怒られたからなー」


 むくれるクリスに、エイフは目を細めてクリスを上から下まで見て確認する。どこにも異常はないか確認しているのだろう。だが、その笑顔が嬉しいような腹立たしい気持ちになって、クリスはエイフの肩を叩いた。


「悪い悪い」

「もう下ろして。それより、よくヴィヴリオテカに入れたね。厳戒態勢中だよ?」

「そりゃな。こっちは緊急依頼を受けて来たんだ。入れるさ」

「エイフも?」

「というより、事態を収める魔法使いの護衛として一緒に来た。それもあって戻るのが遅くなったんだ。悪かったな」

「ううん。じゃ、上級スキル持ちが来たんだね?」

「もっと上だ。賢者を連れてきた」


 クリスだけでなく、一緒にいたクラフトや近くにいた冒険者たちが息を呑んだ。


「大魔法士スキルを持つ者がいなくてな。たまたま王都にいた賢者スキル持ちを引っ張ってきた。その代わり、奴の四つ目のスキルが厄介で護衛を揃えるのに難航したんだ」

「あ、うん、そうなんだ」

「で、奴が疲れたようだから休ませてる間に宿へ行ったんだが――」

「あ、わたし追い出されたの」

「……そういう言い方ではなかったが、まあ、とにかくクリスがいないから焦ってな」

「ごめんね。ギルドには伝言を頼んでたんだけど、その前に会っちゃったね」

「そうだな。クリスが無事で良かったよ」


 最悪、プルピたちに頼もうと思っていたが、こうして再会したのだから結果オーライだ。

 クリスは改めてエイフを見た。いつものエイフだ。何も変わってない。


「詳しくは後で聞かせてもらうぞ。とりあえず、今は怪我もなく無事で良かったと喜んでおくよ」

「うん」

「俺はすぐにでも大魔女の館跡地だったかな、その地下に潜ってくる」

「エイフが?」

「賢者が最後まで護衛しろと言って聞かないんだ。一度助けてから懐かれててな」


 エイフは身を屈め、クリスの耳元で「ニホン組なんだ」と、小声で言った。だから護衛も引き受けたのだろう。



 エイフはニホン組と付き合いを深めるのは嫌な様子なのに、それでも近付く。調べたいからだ。調査をするのは仕事の内でもあるが、彼自身がニホン族について知りたいと思っている。

 そして、気持ちが揺れ動いているようにも、ニホン族に心が囚われているようにも思う。もしかすると、友人を死に追いやった誰かに復讐したいと思っているのかもしれない。しかし、クリスはそのことに触れなかった。エイフは冷静だ。優しい人でもある。きっと大丈夫。

 クリスはただ、エイフの心残りの一欠片になればいい。彼が道を踏み外さないための柵として。


「無理しないでね。話したいことがいっぱいあるんだから、ちゃんと戻ってきて」

「分かった。クリスも無理はするな。ああ、それと、紋様紙を何枚か買い取りたい」

「何がいいの? ていうか、使える?」

「俺は使わん。でも賢者が使えるだろう。鈍臭い奴だが、魔力操作だけは完璧だ」

「じゃ、使えそうなのをピックアップするね。使えそうなのは【魔力遮断】と【修復】に【原状回復】あたりかな。全部、上級紋様紙です。ちゃんと経費として計上してね!」

「おう。ふんだくってくる。紋様紙があると奴の魔力を温存できるからな。調整盤までもつだろう」


 他にも魔法士スキル持ちが十人ほど付いていくらしい。彼等と力を合わせて魔力素対策を行うそうだ。地下には魔物もいるだろう。とにかく、エイフたちは護衛として調整盤がある地下まで賢者を連れていく。

 調整盤を新たに作り直すのかは現場を見ないといけないらしい。


「大魔女さんは資料を残していないの?」

「あるらしい。それを元にやり直すそうだが、さて」

「何か問題でも?」

「長年、研究している割には解析できていない部分があるそうだ」

「ふーん。あ、だから賢者なの?」

「そうだ。賢者スキル持ちなら読み取れるだろう。最悪、複製してもいい。賢者ならできるんじゃないか?」


 じゃないか、という不確定の言葉にクリスは戸惑った。

 万が一を想定してみる。

 ――嫌な予感しかないよね。うん。

 クリスはエイフをちょいちょいと指で呼んだ。すぐに察したエイフが大きな体を屈める。その耳元に、クリスは囁いた。


「あのね、もしもダメだった場合はものすごく危険だよね?」

「ああ」

「とっておきの紋様紙があるんだけど。だけど、誰にも知られたくないの」

「……どうやればいい?」

「考えてみたんだけど、わたしが行ってもいい?」

「危険だ」

「うん、だから使う時にだけ、行くの」

「……ククリか」


 エイフは悩んだ末に、渋々頷いた。


「こうしよう。俺がククリを連れていく。それで賢者でもどうにもならなかった場合、ククリに頼んでクリスを連れてきてもらう。それでどうだ?」

「分かった」


 クリスは今も静かにフードの中に隠れているククリに、小声でお願いした。ククリは間髪を容れずに元気よく「あい!」と答える。それが逆に不安を掻き立てた。


「プルピ、念のためフォロー頼める?」

「任せておけ。それより、ニホン組がそろそろ戻ってくる」

「わ、そうなんだ。気を付ける」


 転移する際は、エイフの持っている幻影付きローブを使うと決まった。

 エイフがローブを羽織ったまま地下へ行き、クリスも行くとなった時にローブを少し広げておいてもらうのだ。そこに転移し、エイフの陰に隠れて作業を行う。

 ククリを送ったらすぐに皆の死角に移動すると言うエイフを信じ、クリスは短い打ち合わせを済ませた。

 エイフも時間がないし、クリスもニホン組が戻ってくる前に気持ちを落ち着かせたい。

 慌ただしい再会の時間だったが、少しだけでも話ができて良かった。

 クリスはエイフを見送ると、ホッと一息吐いた。

 近くにはまだクラフトもいて、彼もそろそろ行こうかと準備を始めているところだった。

 そこに、ニホン組が戻ってきた。ゲンキたちのパーティーだった。


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