164 役に立つクリス
ちょこまかと動き回る小さなクリスが「役に立つ」と認識され始めた頃、冒険者ギルドに嬉しい第一報が入った。
「森の中にあった坑の方は押さえ込んだぞ!」
「初動が良かったらしい」
「村の神殿跡地から噴出した魔物の押さえ込みはまだ難しいが、目処は立ってきた。魔法使いも徐々に力を取り戻しているようだ」
体を休めていないので完全には魔力が戻らないものの、魔法系スキル持ちも協力して事に当たっているらしい。
ただ、膨大な魔力素が噴き出しているため体調不良で倒れる者もいるとか。
しかし、医者が現地に駆け付けるのは危険なため、紋様紙でなんとかできないかと相談された。なにしろクリスは、果樹園での騒ぎで魔力器官膨張症になっていた少年を助けた実績がある。
「じゃあ【防御結界】で囲んでから、これを飲ませてください」
「聖水、いや浄水か?」
「はい。飲ませるのは大変でしょうけど、ええと、口移しとかで」
「……俺がか?」
嫌そうな顔の冒険者に、クリスは苦笑で返した。クリスだって、そんなことやりたくない。でもまだ、飲み薬を効率よく摂取できるようにする道具が作れてないのだから仕方ない。プルピとの話し合いで、注射方式より目薬か鼻薬が安全だろうとの結論に至ったが、完成はしていないのだ。
「諦めてください。頑張って!」
「くそぉ、いい笑顔で言いやがる……」
「浄水はこちらで【整正】しておきます。半日以内に使い切ってくださいね。それを過ぎると質が落ちます」
「分かった。なに、そこまで時間はかけないさ」
冒険者は格好良く請け合うと、また現場に戻っていった。
夕方、事情を知った近所の人々が炊き出しを行い、ギルドに差し入れが届き始めた。クリスも職員と一緒になっていただいた。さっさと食べておかないと食いっぱぐれるぞと、勧められたからだ。外で働いている冒険者に悪いが、食べられるうちに食べておかないといけないのはクリスでも分かる。その代わり、食後は率先して、戻ってくる冒険者のために食事を一人分ずつまとめた。
また、補給の荷物にも携帯できる形のパンなどを入れておいた。
都市内では第一級防衛措置がとられ、子供や妊婦、老人が神殿や領主の館などの頑丈な建物に避難している。
動ける者は町の防衛を行っていた。魔物対策として窓に板を張り付けたり、どさくさに紛れて悪さをする者がいないか見回りをしたりなど、やることはたくさんある。
炊き出しをするのは女性たちだ。若い女性は危険だからと避難させているが、既婚者と思しき年齢の女性たちは肝が据わっているのか残っていた。彼女たちのおかげでギルドも食事に困らず、動けている。
いよいよとなったらギルドや各地区にある地下壕に押し込める予定だ。
そこで応援や救助を待つ。
そうならないために皆が一丸となって働いているわけだが、時々戻ってくる冒険者の報告では一進一退のようだった。
一番の問題は、村にある神殿跡地の崩壊だ。
都市の地下で出口を求めていた魔力素が、ちょっとしたきっかけで噴出してしまった。ミスが重なり、爆発するかのごとく溢れ出しているという。もう誰も近付けないと遠巻き状態らしい。
しかも、その間も魔物は増え続けているのだ。
これは本当にまずいのではないだろうか。クリスは胃のあたりをさすりながら、不安になってギルド内を見回した。職員の表情にも焦燥感が漂っている。
職員の一人がクリスに「外壁を突破されたら終わりだから先に地下壕へ」と促しに来たほどだ。
しかし、そこに一人目の救世主が現れた。
「クラフトさん!」
「クリス? 君までこんなところにいるのか。危険なのに――」
言いかけて、クラフトは口を噤んだ。そしてジッとクリスを見つめてから、笑った。
「君なら、大丈夫かもしれないな」
「え?」
「あの家を作ったんだ。守りは完璧だ」
どういう意味かと首を傾げたが、クラフトは集まってきた職員に捕まってしまった。
彼の情報が欲しいのだ。クラフトは現在の状況と、何故そうなったのかを簡潔に説明した。
そもそもクラフトはこの日、レアメタル坑の奥を探査する予定だった。ところが一緒に入ったニホン組の一人が突然現れた魔物に驚いて、不用意に魔法を使ってしまった。そのせいで、床が陥落したそうだ。そこから魔力素が溢れ出た。ついでに、進化して更に凶暴化した岩蛇が襲ってきた。
中には巨大化した岩蛇もいて、倒すのに苦労している間に小さな魔物がどんどん広がっていったという。
なんとか退治し終わって、応援の冒険者が来たことで一旦戻って休むことにしたらしい。
クリスは報告の終わったクラフトに食事を勧め、少しだけ話をした。彼は一時間ほど休んだら現場に舞い戻るつもりらしい。
「良かったら、手作りの回復薬だけど飲みます?」
「いいのかな」
「その、他の人には内緒です」
「……分かった。ありがとう」
受け取ると、クラフトは何のためらいもなく飲み干した。数秒後に目を瞠る。
クリスはそっと唇の前に人差し指を立てた。内緒の合図はここでも通じる。クラフトは静かに頷いた。
「成分を聞かれると困るの。だから内緒なんです。他の人には専門家の作った薬があるし、休憩も多く取るでしょう?」
「そうか。ならば、わたしも詳しく聞くのは止めよう」
緑色の瞳が優しくクリスを見た。紳士の笑みにドキリとする。意識するとどうにも恥ずかしい。クリスは顔が赤くなってやしないか気になった。平然とした表情を作っているつもりだが、思わず背筋が伸びるあたりバレているかもしれない。
ともかく、生命の泉の水を使った回復薬について追及されずに済んだ。
生命の泉の水は浄水よりも格上だ。癒やす効果が高い。一万倍に薄めた
似たような効能ではあるが、実は
どちらにしても外に出せないものだ。しかし、生命の泉の水ならばかろうじて使える。
何故なら、人間界での最高級回復薬と同じような効能になるからだ。もちろん成分は全く違う。が、詳細に鑑定されなければ分からない。
曰く付きの薬を使うには今がちょうど良かった。しかも、誰に使っても問題のない代物だ。そう、竜人族にも使える。
他にも、クリス専用紋様紙の【回復】を使っても同じぐらいになるだろう。しかし、こちらは元手も手間もかかっている。なのでタダで手に入れたものを使ったというわけだ。
クリスにはクリスの打算があったため、優しそうに見つめられると別の意味でも恥ずかしい。クリスは話題を変えようとした。
そこに二人目の救世主が現れたのだった。
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本作「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」の3巻が6月30日に発売となります
諸事情により発売延期となり、予約していただいた方には大変申し訳ありませんでした
よろしければ、お手に取っていただけますと幸いです
詳細はまた後ほど(ゴーサイン待ちなのです)
書き下ろしはクリスと魔女様のお話です!よろしくお願いします!
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