163 紋様紙の提供と営業トーク




 とりあえず、調整盤の調査についてはもうすぐ到着する専門家に任せるとして、現状は目の前の対策だ。

 クリスはポーチの中から売り物の紋様紙が入った紙挟みポートフォリオを取りだした。持ち運び用ではなく、保管用だから分厚く重い。

 中を開いて、必要だと思われる紋様紙を種類ごとにまとめて取り出す。

 それを見ていた秘書がゴクリと喉を鳴らした。グレアムも驚いている。


「すごいな、そんなにあるのか」

「ヴィヴリオテカで買い取ってもらおうと旅の間に溜め込んでいたんです。結局、ダメだったんですけどね」

「なんとも、魔法ギルドはバカなことをしたものだ」

「そういうルールだから仕方ないんですよね?」

「……融通の利かないところがあったと、我らも反省している。ただ、言い訳になるかもしれないが冒険者ギルドは都市会議での発言力がほとんどなくてね。提案しても全て却下されていたんだ。仕事も魔法ギルドに奪われっぱなしでね」


 根回ししようにも、相手は市長が所属する魔法ギルドだ。市長は領主の娘婿でもある。他のギルドは彼に尻尾を振ったのだろう。そして、冒険者ギルドは孤立した。

 仕事を取ろうにも断られ、冒険者には仕事がないのかと責められる。それが辛くて職員の中には辞める者もいたらしい。クリスが最初に話した冒険者ギルドの受付もやる気がなかった。彼女は頑張るのを諦めてしまったのだろう。


「こんな大事件が起きてようやく皆の目が覚めるなんて、馬鹿らしい話ですよね」

「そうだな」

「でも、この機会を逃す手はありませんよね?」


 クリスがニヤリと笑うとグレアムは目を丸くした。やがて笑い出す。


「そうだな。今こそ根回しだ。慣れないが頑張るとしよう。君はもう少しここで待機してくれるか。買い取りの査定に自信がないそうだ。言い値とまでは言えないが、常識的な金額を教えてほしい。それから紋様紙の使い方を説明してくれると助かる」

「分かりました。買い取り額については勉強します。間違ってもヴィヴリオテカのお高い金額では請求しませんよ」


 冗談で返すと、グレアムは大きな声で笑った。そして、彼を待っている別の職員の下へ向かった。




 最初の斥候が戻ってきて、おおよその数や魔物の種類を報告してくれた。残りの斥候たちは分担して細部の調査を行っているため、もう少し時間がかかる。

 全体像が分かると今後の作戦を立てやすい。その情報を元にリーダー格の冒険者が仕事を割り振っていく。クリスも一番外側から話を聞き、必要な紋様紙を導き出した。

 担当の職員に説明しながら渡していく。


「上級を使ったって意味がありません。精度の悪い人が使ってもそれなりに効果の出る初級を使って、乱発する方がいいです。さっきリーダーが、大物は誘い込んで小班ごとで戦うと言ってましたよね。スキル持ちがなんとかできる心づもりなんですよ。そっちには中級を渡していいかもしれません」

「分かりました」

「じゃあ、【火】と【岩石】に【結界】を多めで。初級の火なので延焼はしないと思いますが、念のため【水】も。【風】は止めておきましょう。自爆が怖いです。精度が良くないと案外使えないんです」


 あとは【身体強化】と【回復】などの補助系もあれば便利だ。中級紋様紙からは攻撃用の【水剣】と補助の【状態低下】を渡す。どちらも危険だが、大物を担当する冒険者なら精度は高めだろう。同士討ちに気をつければ使える紋様紙だ。


「それと初級だけどとても便利な補助の【餅網】があるので、どうぞ」

「モチアミですか? 聞いたことありませんが……」

「ですよね、不人気みたいで買い取ってもらえないんですけど、これが小さい魔物を捉えるのにすごく役に立つんですよ」


 土鼠のような魔物が「大量」に出現すると、どうしても一人では対処できない。その時に活躍するのが【餅網】だ。魔力素で編んだ粘着性のある網が辺り一面に広がり、そこを通った魔物を一網打尽にできる。動かなくなった魔物を倒すのは鉄級冒険者でも簡単だ。


「これの一番いいところは、紋様紙の効果が切れると粘着性も切れるってことです。つまり後始末しなくていい。鳥もちや魔道具を使うと、後始末が大変でしょう?」


 偶然、遭遇した魔物から逃げるのにも役立つ。

 クリスの営業トークに担当職員は目を輝かせた。もちろん、買い取りだ。

 ちょっぴり後ろめたいのは、どこの魔法ギルドでも買い取ってもらえなくて不良在庫になっていたからだが、クリスは黙って笑顔で分厚い束を渡したのだった。


 しかし【餅網】のおかげで、初心者に近い鉄級冒険者にも参加が許可された。意気込みはあっても危険だと、参加を見送られていた若者たちは喜んだ。

 とはいえ、止めを刺すだけでも危険なことに変わりない。皆が、担当職員の話を真剣に聞いていた。



 やがて上級ランクの冒険者たちから順に出ていった。戻ってきた斥候の情報を元に、待っていたとばかりに飛び出す勢いだった。

 徐々に状況が明らかになってくる中、どんどんと冒険者が向かう。クリスは留守番だ。身を守れるようなスキルがない上、未成年の小さな女の子である。許可は下りなかった。

 ギルドとしては、紋様紙を持つクリスを危険に晒したくなかったのだろう。今後どうなるかも分からず、新たに依頼が発生するかもしれない。クリスは甘んじて「温存」されることにした。


 それに、クリスにも仕事はまだあった。事情を知って後から駆け付けてきた冒険者たちの中に、紋様紙の使い方を教える役目だ。使った経験がなくとも、持っているスキルによっては使える場合もある。

 たとえば弓や探知といったスキルだ。これらは的を「見る」。対象物をしっかりと把握できる能力は、指向性がないと上手く発動させられない紋様紙を使うのに、とても向いていた。

 そうして、魔力の発動ができるかどうか確認してから、合格者に使い方を説明したのだった。


 他にも職員の手伝いをするなど、やれることは率先してやった。クリスだって冒険者の端くれだ。外で魔物を狩れなくても、後方としてバックアップはできる。

 最初は「なんだあれ」と見知らぬ子供への不審な視線もあったけれど、とにかく慌ただしいギルドの中だ。そのうち誰も気にしなくなった。何より、ジッと人の様子を見ている冒険者など一人もいない。

 職員も走り回って、あるいは皆の情報を取りまとめて、忙しなく働いていた。

 クリスの存在は自然と馴染んでいったようだった。






********************


日向ののか先生作コミカライズ版の第8話が本日公開予定です

ComicWalker様→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19201890010000_68/

ニコニコ静画様→https://seiga.nicovideo.jp/comic/49971?display=all

エイフが格好良いっす、更に、いよいよ家馬車のシーンが!!

ぜひご覧になってみてください~(大体お昼頃の公開みたいです)





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る