161 魔物の発生
困っていたクリスだったが、思わぬところから作業場所が提供されることになった。
トニー果樹園だ。
昨日の依頼で大騒ぎになったものの、クリスが先に土鼠が逃げ出さないよう処理していたため、他の農地への影響がなかった。果樹が幾つかダメになっていたけれど、ほとんどが傷もなく残った。そうした事件の詳細を知り、オーナーのトニーは感激したらしい。更に人命救助の話を聞いて、ぜひクリスに直接お礼が言いたいと、カロリンを通して連絡が入った。
ギルドに呼ばれたクリスは、トニーに「お礼をしたい」と言われた。お礼は要らないが、ちょうど作業場所に悩んでいたクリスは、ダメ元で作業場所について相談したというわけだ。
その答えが「うちの果樹園の端にある空き地を使ってください」だった。
しかし、すぐには取りかかれなかった。
トニーとの話が終了してすぐ、大勢の冒険者がギルドに入ってきた。彼等の情報によって、ギルドがてんやわんやの大騒ぎになったからだ。
「まずい、外壁の外の森に魔物が溢れてるぞ!」
「西側の村に行った王都の冒険者たちから救援要請信号が上がったらしい」
「ニホン組が大技を連発して、避難してきた村人に責められたんだ!」
同時発生したらしい事件について各自が口々に語る。
急に煩くなった状況に、トニーは固まってしまった。あわあわして、立ち上がりかけていた腰を椅子に下ろす。
「トニーさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。しかし、外の森に魔物だと……。西の村には親戚がいるんだ、どうすれば」
「安心なさって。問題ありませんわ」
戸惑うトニーを落ち着かせたのは、一緒に話を聞いてくれたカロリンだった。初老のトニーの肩に触れ、優しい声で話し掛ける。
「ここは冒険者ギルドですよ。わたしたち冒険者が何のためにいるとお思いですか? 魔物を倒すのも冒険者の仕事です」
「あ、ああ、そうだったね」
「さあ、トニーさんは一旦お帰りになって。今からここは作戦本部になるでしょう。魔物の大量発生は都市全体の問題です。帰宅されたら、地下などの安全な場所に隠れていてくださいね?」
「……分かりました。ありがとう。どうか、お願いします。君たちのような若い人に頼むしかない自分が恥ずかしいが」
「いいえ。適材適所と申しますわ。わたしたちは、これで食ってますのよ」
「カロリン、言葉」
「あら」
「というわけですから、トニーさん、安心してください。僕たちも対応に当たります」
「わ、わたしも!」
カッシーが格好良くまとめるので、クリスも乗っかった。しかし――。
「クリスはダメよ」
「クリスはダメだろ」
「君は逃げなさい!」
三人同時に言われて、クリスは思わずムッと唇を突き出していた。
とはいえクリスは冒険者だ。依頼に来ていた一般人はすぐさま返されたが、冒険者は残るよう職員が指示を始めた。受付も兼ね備えた広間に冒険者が集まる。
クリスもちゃっかり話し合いに交ざった。カロリンたちはいい顔をしなかったけれど、詳細が気になるのだから仕方ない。
もし魔物の氾濫となったら、逃げるにしたって方法を探る必要がある。
とにかく情報が欲しかった。
同じように考えた二人も、強くクリスを止めはしなかった。三人で固まって、意見をまとめている職員を見る。
やがてグレアムが急ぎ足でやって来た。
まとめられた情報をザッと聞いたグレアムは、皆に静かにするようジェスチャーで示した。たった一振りの手の動きだけで一斉に静かになる。
カロリンが「あら素敵。調教された犬みたいね」などと変なことを呟くから、クリスはギョッとして一人だけ大きく動いてしまった。幸い声には出さなかったが悪目立ちするところだった。
横ではカッシーが半眼でカロリンを睨んでいた。後でまたお説教が始まりそうだ。
「領主様からまだ連絡はない。が、魔法ギルドの本部長より依頼が出された。緊急依頼だ」
「では、魔物の氾濫に?」
「まだそこまでは行ってない。直にそうなるだろうが」
「ニホン組がいるなら、奴等にやってもらったらどうだ? どうせ、藪を突いたのは奴等だろう?」
嫌味口調で声を上げた冒険者に対し、グレアムは最初と同じ冷静なトーンで返した。
「詳細は分かっていないが、そもそもの原因は応援を出した都市側にあるようだ。それに、ニホン組だとか王都から来た冒険者だからというのは関係ない。ここは自分たちの住む町だ。自分たちで守らなくてどうする?」
ニホン組にやらせろと口にした冒険者はハッとして、黙り込んだ。彼に合わせてやいのやいのと騒いでいた冒険者も噤む。
それにしてもギスギスしている。何かあったのだろうと勝手に想像していたら、事情を知らないと思ったらしいカッシーが小声で教えてくれた。
「王都の冒険者が大きい仕事を持っていったもんだから、地元の奴等、やさぐれていたんだ」
「ああ、そういえば」
「自分たちの都市の仕事をかっ攫われたんだ、気分は良くないよね」
「だね」
とはいえ、悪いのはそうするように仕向けた領主サイドだろう。もしくは魔法ギルドだ。
何故、自分たちの町にある冒険者ギルドを通さなかったのか。
その答えはグレアムによって明らかにされた。
走り寄ってきた職員から紙を渡され、溜息交じりに話し始めたのだ。
「魔法ギルドは自分たちで処理できると思ったそうだ。あと、領主様は関係ないようだな。市長のバイロン殿が功を焦ったらしいぞ」
「バイロンかよ!」
途端に文句が噴出して、クリスは目を丸くした。でもやっぱりカッシーは知っていたらしい。今度は普通の声でカロリンにも分かるように話す。
「バイロンは領主の娘婿だね。次期領主の座を狙って、他の候補と争ってるらしいよ」
「よくある話ね!」
「そうそう。で、魔法ギルドの幹部と懇意にしてるらしいよ~」
「あら、それはまた」
「元々は上級スキル持ちの魔法使いだったらしいからね」
「つまり、成り上がったのね!」
カロリンが楽しそうだ。それに合わせてカッシーもニヤリと笑って話を続けそうな雰囲気だった。どうやらドロドロしたドラマみたいな話らしいが、始まる前にクリスは二人を止めた。
「そんなことより、目の前の危機だよ」
「あら、それは真理ね」
「確かに、噂話より命が大事だ」
グレアムも騒がしくなった皆を一喝し、魔物対策に関して指揮を執ると宣言した。
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