160 竜人族に勧める荷籠(家)は
翌朝もクラフトが訪ねてきた。昨日の騒動はすでに知れ渡っているらしく、クリスたちの体調を気遣ってくれる。しかし、体調が悪いのはイフェの方で、昨日仕事から戻ってきて頭痛がひどくなったらしい。今は休んでいるそうだ。
「竜人族用の痛み止めが作れたとしても結局は対処療法ですもんね……」
代用品についても、イザドラの知る素材と違っていて安全性が担保できないらしい。
「結局はそうだね。やはり早めにヴィヴリオテカを出るよ。そのためにも」
「家ですね。実は昨日、設計図を描いてみたんです」
「早速? それは楽しみだ」
昨夜は調子に乗って、深夜までプルピとああだこうだと話し合った。設計図は十数枚にもなって、最終的に数枚に絞った。
その数枚の設計図を、テーブルの上に広げる。
カロリンたちはもうギルドに出掛けた。イザドラも新しい依頼に手を付けているから、打ち合わせはクラフトとクリスだけだ。二人だけだが、クリスにはイサが付いているし、ククリも髪の毛の中に潜り込んでいた。プルピは偵察に出掛けてしまった。
「籠ですが。一応、荷籠の形にはします。しますが、単体でも空を飛べるようにしましょう!」
「うん?」
「クラフトさんだって飛び続けていたら疲れるでしょう? それに助けた人とお話しもしたいでしょうから」
「君は――」
「ちゃんと下から見たら荷籠になります。だったら大丈夫でしょう? 荷籠に見える『家』を作りたいと思います」
「家を……」
「わたしのスキルは『家つくり』ですから。家なら、作れるんです」
昨夜、クリスは模型を作っていた。模型は家ではない。当然スキルは発動しないはずだった。ところが何故か勝手に発動し、しかも多くの素材の中からある組み合わせにピンと来た。
そこで急遽、方向転換した。
当初は飛行船のような形の大きな家を作ろうと考えていた。助け出した人とイフェを運ぶのなら、最低でもイザドラの家と同じぐらいの大きさがいいと。
しかし、そうなると重量がかかる。いくら、竜体が力持ちとはいえ、重いものを持って飛び続けるのは疲れるのではないか。そもそも、飛び続けること自体が大変だ。
「いろいろ試して実験しました。このフラルゴの実、綿を取り出して油に浸したものを花火草で着火します。すると魔力を含んだ軽い空気が発生するんです」
ヘリウムやら水素なんてものは要らない。魔力を多く含んだこれらの素材で、実は簡単に飛べてしまう。
この世界にある数少ない飛行船は「飛行石」を使って飛んでいる。ニホン族が多く転生している割に科学が発展していないのは、まだ見付けられない素材もあるのだろうが、一番は便利な素材が身近にあるからだ。
その素材で研究が進んでいれば、あえて別の方法を模索する必要はない。
「フラルゴの実も花火草も、それほど貴重じゃありません。見付けるのは少しだけ大変かもしれないけれど、依頼を出せばいいだけです。飛行石よりも遙かに手に入れやすく、安価で済みます。そしてこうすることで、楽に移動ができます。上空からの探査だって、乗ったままでもできるのではないですか?」
昨日、竜化は一部分でもできると話していた。クラフトは探査士スキルを発動しながら「視る」と言ったのだから可能だろう。重い物を持って運ぶのなら全身の竜化が必要だけれど、もし運ばなくてもいいのなら? そして目だけ竜化できるとしたら。
クラフトは一瞬考え、それから深く頷いた。
「確かに、できる」
「わたしの提案、どうでしょうか?」
「……うん。クリスさんの案でいこう」
「では、気球型の家を作りたいと思います」
費用は材料代にプラス、情報だ。
彼等の通ってきた土地について、また知っている土地の情報をクリスは欲した。クラフトは「そんなものが対価に?」と驚いていたけれど、クリスにとっては貴重だ。何故なら、クリスは安住の地を探している。女の子が一人でも生きていける、住みやすい場所だ。
――もちろんそこには、イサやプルピ、ククリも一緒にいる。
エイフは数には入れない。彼には彼のやりたいことがある。今はただ、クリスが心配で見守ってくれているだけだ。安住の地を見付けたら、そこで別れよう。大丈夫。クリスには仲間がいるのだから寂しくない。寂しくても、仲間がいるから耐えられる。
クラフトはクリスの提示した対価について、かなり悩んだようだ。けれど、クリスの意思が変わらないと知って諦めた。
その日、クリスは冒険者ギルドの依頼は受けず、休みにした。
昨日の件はカロリンが代表して手続きをしてくれるそうだから、家つくりに専念するつもりだ。とにかくワクワクして冒険者ギルドの仕事どころではない。
クラフトはギルドに向かった。昨日の依頼は無事終えたものの、やはりレアメタル坑が発見され調査班に任命された。レアメタル坑はかなり深い場所まで続いてるという。魔法ギルドからの応援がないまま、冒険者だけで確認に入るらしい。
クラフトには探査士スキルがあるので大丈夫だろうが、イフェという相棒がいないのだから気を付けてほしい。クリスはクラフトを見送ってから材料を買い集めに回った。
イザドラの家を作った時と同じ、クラフトの家も軽さがポイントだ。今回の方がシビアでもある。なにしろ空を飛ぶ。
「空を飛ぶ家って、考えたらすごくない?」
「ピピピピ!」
「イサは自力で飛べるからそうでもないかな」
「ピッ? ピピッ!」
「クリスよ、イサはな『家が飛ぶのは最高にカッコイイ』と言っているようだぞ」
「そうなんだ! ありがとう、イサ。あ、プルピも通訳ありがと」
「文字ボードとやらを取り出すのは面倒であろう」
「……ピピピ」
「ん?」
「『デレ期が来た』とはどういう意味だ。まったく、どうせ良くない言葉だろう?」
「ピピピピピ~」
「でれ!」
「む、ククリが真似をしたではないか。オヌシら、言葉に気を付けるが良い」
「はーい」
「ピー」
そんなやり取りをしながら、買ってきた材料を空き地の隅にせっせと積み上げる。
が、そこである事実に気付いた。
「……プルピ様、問題発生です」
「どうした?」
「ここにイザドラの家とわたしの家馬車があります。更にペルちゃんもいて、どこに作業スペースがあると思う?」
「む」
「ど、どうしよう!?」
思わずプルピを掴んで揺さぶった。プルピからは「やめんか」という声が上がったが、それを上回る声でククリが「あー」と喜ぶ。
ククリはプルピの頭上に転移して、彼の頭にくっついた。糸の手だけがくっついた状態は、まるでロデオのようだ。いや、風の強い日に揚げる凧だ。
クリスは急いで手を止めた。ククリはしょんぼりとし、プルピは怒った。
「ええい、動揺をわたしにぶつけるな!」
「はい」
「……ともかく、対策を考えようではないか」
「うん!」
やはり持つべきものは精霊様だ。
「くるくるー!」
「もうやらん。ククリよ、オヌシは一人で回っているがいい。それが好きで蓑虫型であったのではないか?」
「にゃい!」
「分からないのか、そうか。はぁ……」
持つべきものは、プルピ様だ。クリスは微笑みながら考えを改めたのだった。
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