159 たまに落ち込むクリス




 ゆっくりと帰宅したクリスたちを出迎えてくれたのは、たくさんの料理だった。

 イザドラが「皆、疲れてるだろうから」と、作って待っていてくれたのだ。クリスだけでなく、カロリンとカッシーも喜び、まずは食べようと早い夕食を共にした。

 それから今日の出来事を皆で語り合った。イザドラはびっくりして「えー、すごい!」と何度も叫んでいた。


 カロリンとカッシーはこの日も、イザドラの家を間借りして泊まった。カッシーは家の中に入れてもらえた。玄関側の隅で寝るらしい。テントじゃないから嬉しいと喜んでいた。どこか興奮した様子なのは、魔力素のせいだろうか。

 クリスは夕食後にペルと十分に触れ合ったから、気持ちは落ち着いていた。でもなかなか眠れない。

 何か作業しようとゴソゴソしていたら、夕方から姿を消していたプルピが戻ってきた。


「あの魔道具のせいかどうか分からぬが、魔力素の流れがおかしくなっているようだ」

「そっか。やっぱり、問題が起きてるんだね」

「領主が何か知っているだろうと見に行ったのだが、あそこは精霊避けが多くてな」

「無理しちゃダメだよ!」

「分かっておる。あれは、間諜避けでもあるな。王都には精霊スキル持ちがいたはずだ。魔法使いと仲良くなる精霊もいる。その対策だろう」

「いろいろあるんだねえ。とにかく危ないところに行っちゃダメだからね」

「ふん。危なくはない。ただ気分が悪くなるので、そこまで行く必要はないと思ったまでよ」

「うんうん」


 クリスは笑って、おいでおいでとプルピを呼び寄せた。イサは鳥籠に戻っている。クリスが作業を始めようとしていたからだ。ククリもイサにくっついて鳥籠に入っていった。

 今はクリスとプルピだけである。

 やって来たプルピを掴んでぎゅうと抱き締めると、彼は「むぐ」と変な声を上げた。


「プルピ、いつもありがとうね」

「なんだ、一体どうした?」

「ううん。有り難いなーって思ったの。そういうの、ちゃんと口にしなきゃって」

「そうか」

「いつかね、いつか、お別れしなきゃいけない時がきたら早めに言ってね?」

「どうしたのだ」

「……わたし、一人でも大丈夫だってずっと思ってた。人はいつか離れていくものだって。だからもしエイフと別れても、イサがお嫁さん見付けて出ていっても、笑顔で別れられるって」


 でも、それは強がりだった。

 クリスは自分で自分が騙せないほど、彼等に依存していたようだ。


「やっぱり、離れるの寂しいなって……」

「クリス、クリスよ。泣くな。わたしがオヌシを置いて勝手に消えることはない」

「うん、うん」

「イサも同じだ。ククリだってそうだろう」

「うん」

「……ハパが来て、考えたのだな? イサを迎えに来たのだと」

「うん」

「あやつめ」

「いいの。それに、ハパだけじゃないから」


 カロリンとカッシーの強い信頼関係や、なんだかんだで仲の良いゲンキたちのパーティーを見て、クリスはとても羨ましかったのだ。

 今日、クリスは自分にできることを精一杯やったつもりだ。けれど、最良ではなかった。もっとやれることがあった気がする。

 何よりも、エイフと一緒に過ごしていた安心感を求めていた。依存していると悟ってしまった。

 同時に、イサはもちろん、プルピやククリにも頼りすぎていた。

 一人で大丈夫だなんて、よくも言えたものだ。それが恥ずかしかった。

 自立していたいと望んでいたはずなのに、全然自立していなかった。


「オヌシはなんでも考えすぎる。もう少し力を抜け。大体わたしを掴む時にも力が入りすぎだ。中身が飛び出たらどうする」

「……精霊の中身って何?」

「クリスよ、オヌシ、今妙な想像をしたであろう?」

「う、ううん」

「間違っても解剖などしようと考えるなよ」

「そんなこと考えないよ! って、誰かやろうとした人いたの?」

「前に話したことがあるだろう。大魔女だ。精霊を捕まえて、中がどうなってるのか気になると言い出したらしい」

「そ、それは……」


 ――魔女様?

 本当に魔女様の話だろうか。クリスは挙動不審になった。


「精霊を助けた人なんだよね?」

「そうよ。だからまあ、冗談であったのだろうが」


 それがもし魔女様だったら、冗談じゃなかった可能性もある。いやいやまさかね。クリスは頭を振った。


「……ふむ。暗い気持ちは飛んでいったな?」

「プルピったら」

「クリスは好きなように過ごしているのが一番いいぞ。そう、自分で言っていたではないか」

「何を?」

「自慢の家つくりスキルがあるから頑張る、とな」


 クリスは微笑んだ。


「夜、こんなところで一人で作業をするから滅入るのだ。しかも今日は興奮したろう?」

「うん」

「そんな日は人間はおかしくなるのだ」

「ふふ、プルピは物知りだね」

「その通り。だから、わたしの言う通りにすればいい。まずは――」


 プルピの提案は楽しいものだった。興奮して眠れないのなら、眠りたくなるまで自分の好きな作業をすればいい。そう後押しされて、クリスは前々から気になっていたものを作ることにした。もちろんプルピにも手伝ってもらう。


「フラルゴの実を保護するガラスが作りたいんだ。封を開けると膨張するように」

「ほほう」

「普段は保管しておくの」

「封を開けたら爆発するのだな?」

「膨張です」

「ふふ、よし分かった。オヌシの万年筆に使うコンバーターを作ってから、次は何をしようかと考えていたのだ」


 プルピが納得のいくコンバーターもでき、クリスの万年筆は完成した。

 それからもちょこちょこと紋様紙描きに必要な物を作っていたが、これという楽しい物づくりはなかったようだ。


「あのね、実はクラフトさんたちの家についての相談もあるんだ」

「ほう? 家について相談とはまた、珍しい」


 いつもはクリスが一人で、施主の希望を聞いて作り上げる。

 プルピは面白そうだと作業机の上に座った。足を組んで、クリスを見上げる。


 じっくり話を聞こうという姿に、クリスは笑った。

 でもまずは。


「先にガラスを作るよ。あとね、意識のない人に薬を飲ませる方法なんだけど――」


 目薬はどうかなと提案すれば、プルピは「それは面白い」と乗ってくれる。

 浸透率が悪いので即効力はないだろうが、飲ませるよりは楽だ。他にも方法はないかと話し合いながら、楽しい物づくりの夜は更けていった。


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