157 救助




 小屋の中には小さいが荷車があった。クリスは少し改良させてもらって、まずはカロリンとカッシーを乗せて運んだ。

 同じように残りの少年三人も運ぶ。整備された果樹園だから簡単だ。森の中を小さな荷車で子供を乗せて運んだこともある。これぐらい平気だった。

 しかし、そんなクリスの行動は、普通の人からすれば驚くものらしい。


「き、君がここまで運んできたのかい?」


 応援に来てくれた冒険者たちが口々に驚くので、クリスは拳を握って腕を見せた。


「ドワーフの血を引いてるので力持ちなんです!」

「おおー、そうなのか! そうなのか?」

「ドワーフでも小さな子は力なんてないよな?」

「いや分からんよ。珍しいからな」


 がやがや話す彼等に、クリスはお願いした。


「まだ外周沿いで倒れてる人がいるの。ええと、連絡に行ってくれた人の仲間――」

「俺の仲間なんだ!」

「そういや、仲間がまだ残ってるって言ってたの、お前だったか。よし、俺たちも行こう」


 そう言うと何人もが果樹園に入っていった。

 残ったのはギルド職員だ。たぶん、偉い人だろう。白髪交じりできちんとした格好をしている。


「お嬢ちゃんは、こっちで話をしてくれるかい。問題の魔道具はまだ小屋にあるんだね?」

「はい。一応、魔力素を遮断できる布を被せてきました。皆を助けに行く時もそれを被って行ったんです」

「機転の利く子だね。だが、とても危険な行為だった。魔力の遮断にまで発想が及ぶなら、それがもたらす危険性にも気付いていた。そうだね?」

「……はい」

「人命を助けようと頑張ったことは褒められるべきだ。けれど、君の命を疎かにした事実についても言及しないといけない。分かるね?」

「はい」

「よし。じゃあ、お小言は終わりだ。よくやった。クリスと言ったかな。感謝する」

「え?」


 叱られ萎れていたクリスはこわごわ顔を上げ、職員の顔を見た。彼は先ほどまでとは打って変わった笑顔でクリスに手を伸ばし、豪快に頭を撫でてきた。

 頭がぐわんぐわんとする中、職員は声を上げて笑った。


「ははは! さすが冒険者だ! 自分の命を顧みず、仲間を助けに向かうとはな!」

「あ、あの」

「うん? さっきのアレか? 一応、建前があるからな!」


 周囲には一般人も集まってきた。畑や果樹園のある地域だから住居区画と違って元々人は少ない。けれど、大勢の冒険者が果樹園に集まっているのだ。気になったのだろう。農家らしき格好の人も集まってきている。不安そうな彼等に説明するためにも、ギルドの職員はクリスから詳細を聞きたいらしい。

 クリスは小声であらましを説明し始めた。


 白髪頭の職員はグレアムという名で、ギルド本部長だった。彼はクリスの説明に口を挟まず、最後まで静かに聞いてくれた。こういう時、途中で質問を入れたくなるものだが、グレアムは違った。まずはクリスの話を聞こうという態度だ。

 クリスは特に、カロリンたちが同じニホン族ということで仲間扱いされてはたまらないと、魔道具を勝手に触っていたのがゲンキたちのパーティーだと念を押した。

 カロリンがずっと止めていたこともだ。

 思い出せる限りのやり取りを話し終え、更にクリスがどう動いたのかも説明した。

 グレアムは時々顔を顰めていたけれど黙って耳を傾けていた。



 続々とやって来る応援の冒険者は、他の職員が指示して果樹園内に入っていく。魔物が凶暴化するのも怖ろしいが、普通の獣まで変異する可能性があるからだ。

 一気に討伐しようと十数人が入っていったところで、クリスの話は終わった。


「……分かった。いろいろ見逃せない話があるようだ。まずは、よくやった。お疲れだったな。それと、先に果樹園の外周に薬を撒いていたのはさすがだ。紋様紙を使ったと言ったが、君の考えかい?」

「は、はい」

「さっき紋様紙は自作だとも言っていたね?」

「あっ、はい。……あの、売るのは禁止だって聞いてます。ヴィヴリオテカでは専用スキル持ちじゃないと登録すらできないって。でも、自分で使うのなら問題ないですよね?」


 一応、それは魔法ギルドで確認している。自己責任になるとも言われたが問題はないはずだ。クリスは責められているのだと思い、これまでの実績を説明すればいいのではないかと、慌てて付け足した。


「あの、今までも魔法ギルドや冒険者ギルドで買い取ってもらいましたが、誤作動や不発はなかったです。どこも褒めてくれて、ちゃんと正規の値段で取り引きもしました。だから、あの」

「いや、怒っているわけじゃない。むしろ――」


 グレアムはそこで言葉を切り、微笑んだ。今度は優しくクリスの頭を撫でる。その手が意外と大きいことに気付いた。ゴツゴツしている。もしかすると、グレアムは事務方ではなく、現場で働いていた人なのではないだろうか。


「偉いと、褒めるつもりだったんだ」


 クリスは面と向かっての言葉に顔を赤くした。


「よしよし、疲れたろう。少し休みなさい」


 後は任せていいからとの頼もしい一言に、クリスはホッとした。

 治療院に運ばれていったカロリンたちも気になるため、クリスは先に上がらせてもらう。

 帰り支度をしているとグレアムが集まった人に説明していた。おおむね、クリスが話した通りのことを平易に言い換えている。また断定した言い方はしていなかった。埋められていた魔道具についての経緯が分からないのだから当然だ。

 でもそれを聞いて、クリスはグレアムが信頼できる人だと思った。安心して果樹園を後にした。




 畑や果樹園があるのは下地区になる。下地区にも治療院はあるが、カロリンたちが運ばれたのは中地区の方だった。すぐ近くに冒険者ギルドがあるため馴染みなのだろう。

 顔を出すと、カロリンとカッシーはすでに意識を取り戻し、起き上がっていた。


「良かった、もう大丈夫?」

「ええ。治癒士のスキル持ちがたまたま常駐する日だったみたいよ。すぐに診てもらえたの。だけど残念だわ。カッシーを先に治してくれてたら、わたしは彼に治してもらったのに。二人分の請求が来ちゃうから怖いわ」

「カッシーは治癒スキル持ちだったの?」

「そうだよ。言ってなかったっけ。あー、でも、僕が持っているのは中級の方だからなぁ。今回のような状態だと一度で治らなかったよ。やっぱり診てもらって良かったんだって」

「そうかしら」

「そうそう。それより、クリス。僕たちに応急処置を施して、外まで運んでくれたんだってね」

「それよ! クリス、本当にありがとう」

「ううん。……それより、あの時、わたしだけ先に逃げちゃってごめんなさい」


 気になっていたのだ。彼等を見捨てたも同然で、本当はここへ来るのが怖かった。


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