155 見付けた何か




 クリスは果樹園の周囲を魔物避けの薬で念入りに囲んだ後、急いでククリたちの下へと向かった。

 騒がしいのですぐに分かる。


「なんで騒がしいのよ。プルピ急ごう!」


 ほぼ果樹園の中央になる作業小屋の前で、ニホン組の冒険者たちが騒いでいた。揉めているようだ。ククリがどこにいるのかと見回せば、上手く小屋の上に隠れている。クリスはホッとした。

 おいでと手招きすれば、ククリを乗せた状態でイサが飛んできた。彼の背にはククリが隠れていて、ローブのおかげもあってか誰にも気付かれていないようだった。


 そして、揉めている原因だが――。


「ここに埋められていたのを見付けたのは、の仲間のカイトだ。探査スキル持ちが見付けた。どうだ、俺たちの実力が分かっただろう?」

「それとこれとは関係ないって言ってるでしょう? あなたたちは『変な魔道具』を見付けたと報告すれば良かっただけよ。何故、勝手に動かそうとしたの」

「はん! 魔物を呼ぶ呪術具だぞ。さっさと壊さなければ被害がもっと広がるだろうが」

「それが呪術具だなんてどうして分かるのよ。専門家に見せるべきよ」

「ユウト、お前、これが変だって言っただろう?」

「変な気配がするね。僕の錬金術士スキルで外側を変形させようとしたけど無理だった」

「ほら!」

「何が、ほら、なのよ。専門家でもなんでもないじゃない。結界士と鑑定士が必要よ」


 とまあ、割り込む隙もない。お互いに食い気味で話しているものだから、カッシーも止められないでいる。


「大体、勝手に小屋の中に入るなんてどうかしてるわ!」

「小屋の地下に埋められていたんだから仕方ないだろ!」

「果樹園のオーナーの了解を得るべきでしょう?」

「悠長なこと言ってんじゃねえよ!」

「まだ切羽詰まった状況じゃないじゃない。少なくとも、その魔道具に関してはね! それより急ぎの案件があるでしょう? 土鼠を退治しなさいよ!」

「そんな下っ端の仕事、他の奴等にやらせたらいいだろーが」


 彼の仲間たちが「そうだそうだ」と応援している。見るからにやる気のなさそうなユウトという名の少年など、座り込んでしまった。「ゲンキ、頑張れー」と気の抜けた掛け声である。



 クリスは後退って、彼等から少し離れた場所にある木の陰に入った。


「イサ、お疲れ様。ククリ、あれが変なもの?」

「へんー」

「どう変なのか分かる?」

「んー?」

「分からないんだね?」


 ガクッと力が抜けたところに、プルピがポンとクリスの頭を叩いた。顔を上げると、ちょっぴりドヤ顔になっている。


「……分かったの?」

「うむ。目の前にあるのだからな。それに、わたしを誰と思うておる」

「プルピ様です」

「……」

「あ、えっと。んーと、あっ、物づくりの精霊だ!」

「うむ。その通りだ」


 腕を組んで益々ドヤ顔になっているプルピに、先を促していいものか迷う。けれど、クリスも暇ではない。というより、離れているとはいえ、彼等の言い合いをもう聞きたくなかった。

 プルピを掴んで目の前に引き寄せると、早く言え、とばかりに強く見つめた。


「クリス、顔が怖いぞ。だが、まあ、分かった。教えてやろう」

「二倍速でお願いします」

「……。あれは、魔力素を受け取って排出する分散装置のようだ」

「分散装置?」

「ある場所から、小屋の下に向かって流れができておる。届いた魔力素を、本来ならば・・・・・緩やかに放出していたはずだ。魔道具としてはなかなかの出来だろう」

「じゃあ、呪術具ではない?」

「ない。だが、かなり古い。今は取り外してしまっているので詳細は分からぬが、魔力素を貯め込んでいるようだ」

「つまり?」

「暴走するかもしれん」

「危ないじゃない!」

「埋めたままでいれば飽和状態になって危険だったかもしれぬが、取り出したのだ。このまま静かにしていれば、いずれ自然に――」


 その瞬間にぞわっとした力の流れを感じた。

 あっと思う間もなかった。

 めまいを感じて地面に座り込んだクリスは、必死でイサを掴んだ。彼を抱いて顔を伏せる。本能的な動きだった。

 次の瞬間、クリスたちは転移していた。ククリがやったのだ。



 ククリは果樹園の外に転移した。彼なりに考えたのだろう、木々の間で他に人はいない。


「ククリ、ありがとう」

「あい!」

「プルピ、他の人の様子、分かる?」

「小屋の付近にいた者どもなら昏倒しておるな」

「た、助けないと!」

「待て。先に対処が必要だ」

「他の冒険者!」

「そやつらも倒れているが、幸い外側に近い場所で作業をしていたようだ。ふむ、一人連れてくるか」


 プルピはククリに一人だけ連れてくるよう告げた。ちょうど、ククリとクリスが別行動を取った場所に近いらしく、転移できるはずだ。ククリは少し迷った様子だったけれど、クリスが「お願い」と頼んだらすぐに消えた。

 一分も経たずに戻ってきたククリを「えらいえらい」と撫で、ローブの中に隠れてもらう。


「起きて、ねえ、お兄さん!」

「う、うう……」

「起きて! みんなが大変なの」

「な、なんだったんだ」

「魔力が暴走したみたい。誰かが小屋の下に設置してあった魔道具に触れたんだと思う」


 魔力が溜まった魔道具を壊したのだろう。クリスは見ていなかったが予想は付く。

 あれだけ騒いでいたのだ、たぶんゲンキという少年が何かした。

 膨大な魔力素が噴出したら大抵の人は当てられる。昏倒して当然だ。ひどければ死ぬ可能性だってあった。


「誰がそんなことを……。それより俺の仲間は?」

「大丈夫。だけどわたし一人じゃ引っ張ってこられなくて」

「あ、ああ、そうだよな。お嬢ちゃんみたいな小さい子には無理だ」

「うん。だから、お兄さん、冒険者ギルドに行って応援を呼んできてくれる?」

「よし、分かった!」


 子供らしさを出して頼んでみたら、青年は快く引き受けてくれた。立ち上がる時はフラフラしていたけれど、すぐに小走りで向かう。

 まだ混乱しているのだろう。我に返ったら、クリスが呼びに行った方がいいと気付くはずだ。クリスの言っていることが本当なのだとしたら、小さな子を現場に置いていくのはまずい。


「とにかく、これで救助要請はできたね」

「オヌシが残ったからには何かやる気でおるのだな?」

「うん。だって大量の魔力素が溢れたんだよね。だとしたら、退治しきれてない土鼠が出てくるかも」

「周辺にも淀んでいるな」

「わたしには分からないんだけど、すごい?」

「噎せ返るほどにな」

「精霊でも噎せるの?」

「……こんな時でも冗談が言えるというのは、クリスの良いところでもあるな」


 冗談ではなかったのだが、プルピの言い分を聞くともしかして大層な事態なのかもしれない。クリスは今更ながらにゾッとした。皆と一緒に昏倒していたらと思うと怖い。助けを呼ぶ人間がいないということだからだ。

 しかも、まだ討伐できていない土鼠がいる。昏倒したまま、土鼠に囓られていたかもしれないのだ。自分のその考えにゾッとする。クリスは後ろに倒れそうになって、慌てて踏ん張った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る