154 合同依頼は土鼠退治
クラフトたちとはギルドで別れ、クリスは早速臨時パーティーの届けを出した。それから、昨日カロリンが愚痴を零していた依頼を一緒に受ける。
「一応、昨日の畑はなんとかなったの。でも所詮は地続きでしょう? ちゃんとした対策を全体でした方がいいとギルドに進言したら――」
肩を竦めるカロリンの視線の先には、ニホン組の冒険者パーティーがいた。
「あの子たち、昨日の依頼で邪魔をしてきたのよ。なのにどうしてまた同じメンバーを寄越すのかしら」
「まあまあ、落ち着いて。カロリンはクリスを守る担当でしょ。僕が前に出るから」
「分かったわ。でも舐められないようにね?」
「はいはい。お嬢様は偉そうだなー」
カッシーはどうも苦労性のタイプみたいで、クリスは同情めいた気持ちになった。かといって、カロリンが本当に偉そうだとか我が儘には思えない。不思議な二人だった。
クリスはカッシーが挨拶するのを眺めながら、そっとフードに触れた。今日はそこにプルピとククリが隠れている。イサはクリスの髪に身を寄せるようにして、肩に乗っていた。隠れたいという気持ちの現れだろう。
果樹園のフェンスの中には、先に来ていた地元の冒険者パーティーもいた。ニホン組のパーティーとは離れて立っており、妙に険悪な雰囲気だ。揉めたのかもしれない。
そんな中、カッシーが穏やかに話し掛ける。
「じゃあ、昨日に引き続き土鼠の退治を行うってことで、いいね?」
「なんでお前が仕切ってんだ」
「……一応こちらが先に対策を提案したわけだし、金級だからね」
「へっ。たかだか数年先にプレーヤーになったからって偉そうに」
「プレーヤーじゃなくて冒険者だね。さ、土鼠は見付け次第討伐。その合間に薬剤の注入だ。果樹の根元に注してしまうといけないので、必ず根元から二メートル離れたところに等間隔で注すこと。君たちもいいね?」
とは離れた場所にいた冒険者だ。若いパーティーだったけれど、カッシーの言葉をちゃんと聞いて頷いている。そして、そそくさと鼠避けの薬を受け取って散らばっていった。
ここにいると面倒事に巻き込まれると、分かっているらしい。
「んなもん、一網打尽にしたら問題ないだろうが。うちには追跡や探査スキル持ちがいるんだ」
「僕は土魔法も使えるから、巣穴を広げて炙り出すのも簡単だよ」
「巣穴は俺が探査で見付ければいいだろうし」
三人が意気揚揚と語る。最初から飛ばしているのがリーダー格の少年で、ものすごく偉そうだ。
こういうのを、クリスは前世でも見た。深夜のコンビニ前にたむろしていた、ちょっとイキがってる少年たちだ。あの時は気にもせずスルーしていた。相手をするのも面倒だった。
今ももちろん面倒だけど、幸いにしてクリスの担当ではない。
この場の指示者はカッシーである。彼は曖昧な笑みで「まあまあ」と少年たちを宥めた。
「そんなことしたら果樹園が滅茶苦茶になるよね。依頼者は土鼠の対策を望んでるんだ。果樹をそのままに、ね。昨日の畑みたいにボコボコにしたら、整地も大変なんだよ。依頼者のことを考えよう」
「んなこと言ってダラダラしてたらもっと増えるんじゃねえのかよ! このあたりの畑はヴィヴリオテカにとって大事な、なんだ、あれだろ? とにかく、食いもんがなくなったらどうすんだ!」
「いや、だからね」
「あー、うるさいわね! さっさと働きなさい!」
結局我慢しきれなかったカロリンが怒って、その場は終わった。
美人が怒ると迫力があるので少年たちがビビってくれたのが良かったようだ。
クリスが参加したのは紋様紙を当てにされてのことだった。
全員が果樹園内に入っていったので、早速取り出す。【浸透】という初級の紋様紙だ。
昨日、カロリンが愚痴を零していたので、クリスは適当に相槌を打ちながら「【浸透】を使ったら満遍なく薬を行き渡らせることができるね」と話した。彼女はそれを覚えていたのだ。
朝になって改めて説明を聞いたカロリンは「紋様紙を正確に使える自信がないから」と、クリスを誘った。クリスも依頼を受けられるのなら受けておきたい。ギルドに異動届を出したというのに、依頼を受けられないままだったからだ。
本当は結界士のスキル持ちが全体を囲んでしまえばいいのだが、これまで定期的に行っていた作業が滞っているらしい。
「じゃ、始めようか。イサは周囲の警戒をお願いね」
「ピッ」
果樹園の周囲を歩きながら、鼠避けの薬を【浸透】させていく。
経費とはいえ何枚も使いたくないので効率よく、集中して作業したい。だから警戒はイサに頼んだ。
こうして果樹園を囲むように薬剤を注入することで、ある意味結界と同じような力が発揮できる。結界士に頼むよりもずっと遙かに安上がりだ。その代わり、結界を張った途端に中の悪しき存在を吐き出すというような作用があるわけではないから、人海戦術で内側に生息している土鼠を駆逐しなければならない。
今も果樹園の奥から「あっちだ」「こっちだ」と声が聞こえる。
「この規模だと巣は十箇所以上ありそうだね~」
「いや、もっとあるようだゾ」
「そうなの? って、プルピ、出てきて大丈夫?」
「近くに変な奴はおらん。だが、ククリは隠れていろ。こら、出てくるでない」
「やー」
「全く、オヌシときたら」
「くりちゅ、へんにゃ!」
「えっ、わたしが変なの?」
「へんにゃ、いる!」
「変なのがいるってこと?」
聞くとククリがペチペチ糸の手で叩く。糸の手だからクリスの頬は全く平気だけれど、顔の近くに蓑虫がいるという状況は……。そちらの方が変ではないだろうか。
クリスは飛んでしまった思考を慌てて取り戻した。今はそんなことを考えている時ではない。
「変って何が?」
「あっち!」
「ほう。ククリよ、オヌシは地中の気配が探れるのか。偉いぞ」
「えらいー!」
「うんうん、偉い。だから落ち着こうね。痛くはないけど、叩くとそれなりにペチペチ音が鳴るからね」
「あい」
「イサ、悪いんだけどククリと一緒に見てきてあげて」
「ピルル」
「わたしも後から追いかける。先にこっちを作業しておかないとダメだからね。プルピはこっちで警戒してくれる?」
「ふむ、そうだな。ククリよ、その変なものはクリスにとって良くないと感じたのだな?」
「……あい?」
「曖昧だな。だが、直感は大事だ。イサよ、乗せていってやれ」
「ピルルル」
腕を組んで見送るプルピは親のようだ。蓑虫型精霊の親がドワーフ型の精霊? そう考えると面白く、クリスは笑いを堪えて作業を再開した。
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