153 竜人族の事情とイザドラの薬




 よくよく聞けば、竜人族が飛ぶのを禁止している、というのは正確ではなかった。

 正しくは、竜人族が単体もしくは複数でウロウロしていると、一般人が驚くので止めてほしいという「お願い」らしい。

 もっとも、紛争地帯では完全に禁止される。その前に未確認飛行物体は問答無用で撃ち落とされそうだ。クリスは想像してブルッと震えた。


「それで、特殊配達便のように籠を下げていたら問題ないと言われたんだ」

「特殊配達便ですか……?」

「ワイバーンに荷籠を付けて飛んでいるのを見たことはないかな? 輸送代が高いので田舎では見かけないかもしれないが、都市間ならば意外と多いそうだよ」

「そうなんですか、知りませんでした」

「大抵の人は馬車便に頼むし、簡単な内容ならギルドの実水晶を使って連絡ができるからね。知らないのも無理はないよ」


 転移ができる人は少ないから、荷運びは案外時間がかかる。それなら空を飛んで運ぶという方法は「特殊」だ。

 そう言えば魔女様の家にも時々荷物が届いていた。クリスは見なかったけれど、空から荷物が下ろされていたのを知っている。村長が腰を抜かしたこともあって、たぶんあれがワイバーンだったのだろう。

 あんな辺境の地に特殊配達便を頼むなんて、一体幾らぐらいかかるのか。

 またしても想像で震えてしまった。が、すぐに気持ちを切り替える。大事な話の最中だ。


「その籠を作るんですか? それなら職人ギルドを通して依頼できると思うんですけど」


 何もクリスに頼む必要はない。ただの籠なのだから。特殊配達便と同じ籠でなくとも、似たようなものを作れる工房は見付かるはずだ。


「いや、ただの籠ではだめなんだ。居心地良く作ってほしい」

「居心地良く、ですか?」


 ダミーとして持つのならこだわる必要はない。荷物があっても、それこそ籠に入れておけばいい。何故なのか、その理由も聞いておかないとクリスは作れない。依頼者が本当に望む形で作らねばならないと思うからだ。

 チリチリと頭の隅で感じるそれは、物づくりの加護の声かもしれない。


 クラフトは少し躊躇った後に、声を潜めた。


「イフェの体調が悪いから寝かせたい、という言い訳は通じないようだね」


 そう言うとクラフトは「本当の理由」を説明してくれた。

 彼等は消えた親族を捜しているそうだ。里帰り中だった親族の馬車が襲われたらしく、一人が遺体で発見された。もう一人は賊に攫われたまま消えてしまったという。

 クラフトには上級の探査士スキルがあり、かつ種族特性の竜化スキルと合わせると空から仲間を見付けられるそうだ。そうやってあちこちを旅してきた。

 ところがペルア王都の近辺に来ると苦情が出た。配達便や飛行船なら人々は見慣れているが、竜の姿で飛んでいると「攻撃される」と思うらしい。

 それはフォティア帝国のせいでもあった。フォティア帝国ではワイバーンは戦争の道具になっている。竜化したクラフトも、一般人からすればワイバーンと変わりない。

 魔物化したワイバーンもいることから、人々がパニックになってはいけないと咎められた二人は困った。

 竜化は体の一部だけ、という使い方もできるそうだが、空から見下ろすとなると飛行しなくてはならない。飛行は完全な竜の姿でないとできない縛りがある。


「イフェが心配なのも本当なんだよ。ヴィヴリオテカに来てから徐々に体調を崩している。わたしも気分が良くない。しかし、捜索を行わず去るわけにはいかないんだ」


 今の姿で探査士スキルを発動しても、狭い範囲でしか視られない。もっとも有効で、深く視えるのは竜化した状態のまま空から見下ろすことらしい。

 そして、居心地の良い籠を欲したのは、見付かるであろう捜し人を労るためだった。

 きっと苦労しているだろう。弱っているかもしれない。だから、その人を休ませながら、里に戻りたいのだ。


 クリスは泣きそうになった。


「ぞ、ぞういうごどなら、やります~」

「クリス、あなた泣いてるの?」


 苦い薬を飲み干したカロリンが目を丸くした。イザドラはサッと立ってクリスの横に屈んだ。カロリンも後を追うように来て、背中からクリスの頭を抱き締める。


「クリスはいい子だね! 泣かないで!」

「泣いてないもん……」

「そうね、泣いてないわね」


 テーブルの向こう側にいたクラフトとイフェは顔を見合わせ、それから静かに頭を下げた。




 忙しない朝は、カッシーの「取り敢えず仕事に行こう?」で更にドタバタになった。

 カッシーやカロリンのパーティーだけでなく、クラフトたちも依頼があるからだ。

 クラフトとイフェは、昨日の薬を持って外壁の外にある森の中で岩蛇の巣を退治する。強力な巣が出来上がっていて手こずっているそうだ。


「地上まで盛り上がるほどの巣になっているんだ。岩蛇の中には魔鋼だけじゃなくて紅花鋼を纏った大物もいるから、地下に大きなレアメタル坑があるんじゃないかな」

「それは期待できそうね。他のパーティーも参加したがるでしょう?」


 歩きながらカロリンが聞く。皆で冒険者ギルドに向かっているからだが、実はクリスも一緒にいた。

 カロリンに臨時でパーティーに参加してほしいと頼まれたからだ。

 興味を持ったクラフトたちも一緒に付いてきている。彼等も毎回ギルドで受付を済ませてから外に出ているそうだ。というのも。


「いや、レアメタルがあるかもしれないと分かった時点でギルドが制限を掛けたよ」

「あら」

「報告したわたしたちだけで処理してほしいと、指名依頼に切り替わったんだ。それもあってイザドラさんに相談し、薬を作ってもらったというわけでね」

「ああ、そうだったのね。確かに、討伐の目処が立っていない以上、大勢を投入するわけにもいかないわ。ましてやお金の成る木が出たとなれば、冒険者が戦利品を奪う可能性もあるものね」

「我々は信用されたらしい。ま、竜人族が盗みをするとは思わなかったのだろうが」


 竜人族は希少種族なので存在が目立つ。売り捌いていたら足が着くというわけだ。

 クリスはふむふむと頷いて、顔を上げた。


「イザドラの作った薬って結局どういう使い方をするのか、聞いても?」


 ずっと気になっていたのだ。あの素材の組み合わせで何を作るのだろうと。

 クラフトは特に隠すことはないとスラスラ教えてくれた。


「あれは衝撃発破剤という薬だ。環境破壊を最小限に抑え、しかも衝撃が広がらない。小さな範囲で爆破するという優れものなんだよ」

「あー、紅花鋼カルタモこうって、火属性でしたね」

「そうなんだ。しかも魔力に反応しやすい。だから火魔法は厳禁でね。元々、岩蛇自体も魔法の効きが悪いそうだ。そこで物理による破壊をとなったわけなんだが――」

「頑丈すぎたってことですか」


 竜人族のような強い力を持ってしても、岩蛇の巣を破壊するのは厳しかった。

 ならばと他の方法を模索した彼等が辿り着いたのが、今回の薬だ。薬師スキル持ちなら作れるレシピだけれど、魔力を練り合わせる時にもっとも向いているのは魔法使いだ。

 魔法ギルドに照会したところ、一番向いていたのがイザドラだった。

 クリスは友人が褒められるのを誇らしい気持ちで聞いた。





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コミカライズ版の第7話が本日公開予定です

ComicWalker様→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19201890010000_68/

ニコニコ静画様→https://seiga.nicovideo.jp/comic/49971?display=all

ネタバレ恐いのでどことは言いませんが「クリスそれは…」って言いながらも笑ってしまった作者一押しのシーンがありますので、ぜひご覧になってみてくださいです!(他にもお気に入りシーン多いので困るけど今回はここで一番笑ったのだw)



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出版社 : KADOKAWA (2021/4/26)

発売日 : 2021/4/26

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著者 : 日向ののか先生


よろしくお願いします!

特典もあるそうです(置いてない場合もありますので事前に確認を…)

近況ノート、またはTwitterの固定ツイートにぶら下がったツイートをご確認ください(_ _)


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