152 イザドラの過去と竜人族の頼み
食事の間もイザドラとはいろんな話をした。クリスはエイフやイサについて話し、イザドラは故郷の友人や恋愛の話まで。
成人の儀で、魔法士スキルを得たと分かった時のことについても教えてくれた。誕生の儀では薬師と採取スキルしか出なかったらしい。成人して初めて、上級スキルがあると知ったのだ。
「だから人より勉強が遅かったんだよね。国は上級スキルだなんだってチヤホヤしてくるし、その割には問答無用で学校に放り込むの。こっちの意思なんて関係なしだよ。でも皆がおめでとうって祝ってくれるから、良いことだと思うじゃない? 仕方ないから必死で勉強したのに、二十歳になったら帝国に行けって命じるの、おかしくない?」
表向きは「技術提供」という名目で、魔法使いを人身御供に差し出していた彼女の母国は、そんなやり方で戦争国家の進出を食い止めていたそうだ。
「ランダムに選ぶって言ってたけど、選ばれるのは大抵、庶民からなんだって。あとはすごくできる子。あたしはどっちにも当てはまってた。……あたし、すごく頑張ったんだよ」
「うん」
「頑張り過ぎちゃって学校で『優』を取ったの。何も知らなかったから素直に喜んで、家に帰ってママに話したら泣き出して……。それで初めて選出基準を知ったんだ」
次の日、父親はイザドラに収納袋を買い与えたらしい。イザドラも先生の勧める攻撃魔法より、自分のやりたい勉強を始めた。そして二十歳になるずっと前に、両親と誕生日のお祝いをしてから、そっと町を出た。
「もう二度と会えないかもしれないって、いっぱい泣いたよ。ニウスがいなかったら、あたし絶対ダメになってた」
「うん。分かる。大変だったね」
「ありがと。クリスも大変だったのにね。一人で辺境を旅するなんて、すごいよ」
「わたしにもペルちゃんがいたから。それに一人旅は今となっては良い経験だって言えるよ。……でもまあ、もう一度やれって言われたら断るけどね」
「あは」
お酒が入って泣き上戸になっていたイザドラは、愚痴や泣き言を吐き出した後、スッキリした顔になった。
「ヴィヴリオテカに来て、魔法使いの知り合いはできたけど友達って感じじゃなくて。どうしよーって思ってた。変な感じだし。でも、来て良かった」
「うん、命あってのものだからね」
「……クリスに会えたからだよ。やだなー、もう! ここはそういうシーンだよ?」
「イタタ、ちょ、今度は絡み酒? イザドラ、もう飲むの止めようね」
「えー!」
クリスはまだ飲めないのに、一人でカパカパ飲むイザドラを見るのも辛くなってきた。さっさと切り上げようとグラスを取り上げたら、クスクスと後ろから笑い声がする。
振り返るとカロリンが立っていた。着替えたのか、シックなドレス姿だ。体のラインが分かるのでセクシーとも言うが。
「カロリン、お仕事終わったの?」
「そうなのよ。むしゃくしゃして、ストレス発散にオシャレして外で食べようと思ったら、外からあなたたちが見えたってわけ」
ウインクするのも様になっている。
これはどうやら合流する気らしい。クリスは酔っ払いを止めるのを諦めた。それにカロリンがいれば、万が一イザドラが酔い潰れても運ぶのを手伝ってくれるだろう。
クリスはまた席に座り、新たに注文を取ることにした。
更に後から来たカッシーは、テーブルの様子を見て肩を竦めた。
「ごめんね、クリス。カロリンはこんな見た目だけどお酒に弱くて」
「そうみたい。まさか一杯でダウンするとは思わなかったからビックリだよ」
「だよねー。飲むなって言ってたんだけど」
「そう言えば、むしゃくしゃしてるって言ってたね」
クリスが水を向けると、カッシーも溜まっていたらしい。怒濤の愚痴が始まった。
途中でカロリンも起きて話し始めるし、結局この日はクリスが三人の愚痴を聞く羽目になった。
翌朝はボーッとした女性二人をカッシーが叱るところから始まった。
クリスは朝食を作る係だ。買ってきたパンにハムや野菜を挟むだけの簡単朝食なので、失敗はない。
昨夜は乗合馬車で下地区まで行き、そこからクリスがイザドラを背負って家まで戻った。カロリンはカッシーが運んだ。絵面的に良くないと、カッシーが一人ずつ運ぶと言ってくれたのだが断った。なにしろクリスの自慢は力持ちであることだ。重い荷物も運べてしまう。
カッシーに驚かれながらも成人女性を運びきった。ただ、可愛いワンピース姿の少女が大人を運ぶというのは目立つらしく――。
「後で近所の人に怒られるだろうから、それも覚悟しておくように」
「はぁい……」
「申し訳ありませんでした……」
イザドラも、ついでにカロリンもしょんぼりとカッシーのお叱りを受けていた。
そんなぐだぐだした朝に、クラフトが仲間と思しき男性と尋ねてきた。
似たような角を持つ中年男性だが、やはりイケメンである。竜人族はイケメンばかりなのだろうか。いや、エルフはそうでもなかった。たまたまだ。クリスは頭を振った。
皆で挨拶し終わると、役に立たないイザドラの代わりにクリスがお茶を用意した。
イザドラとカロリンには二日酔い用の薬草茶にする。苦いが我慢してもらおう。カッシーが気付いてニヤニヤ笑っていたから、彼も飲んだ経験はあるようだ。
「今日ここに伺ったのは、イザドラさんに薬の代用品についての相談をしたかったのと、実は君にも頼み事があったからなんだ」
「え、わたしですか?」
苦いお茶に悪戦苦闘しているイザドラとカロリンを横目に、クラフトは苦笑しながらクリスに話を始めた。
ちなみに一緒にいる男性はイフェと名乗り、クラフトとは従兄弟になるらしい。軽い説明で席に座ってから、ずっと黙っている。話はクラフトが担当なのだろう。
「薬については後で説明するとして、君に頼みたいというのは荷籠のことなんだ」
「荷籠?」
「先日、見学したから腕は分かっている。どうだろう、受けてくれないかな」
もちろん、ギルドを通すのなら冒険者ギルドから指名依頼にすると言う。しかし、その前に、何故クリスに依頼するのかが気になった。
それを問うと、クラフトはイフェと顔を見合わせてから、意を決したように口を開いた。
「失ったものを取り戻したいんだ。我々は空から見下ろして探すのを得意としている。これまでもそうして旅をしてきた。けれど、ペルア国や他国の一部では上空を竜人族が飛ぶのを禁止しているんだ」
「……ん? 竜人族が空を飛ぶんですか? 竜じゃなくて?」
どうやら竜人族は空を飛ぶらしい。クリスは目を丸くして二人を凝視した。
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