151 紳士的なイケオジ竜人族
やはり彼は勘違いしていた。クリスは慌てて手を振った。
「わたしのは魔法系スキルじゃないです。だから登録もできないし、職人ギルドや建築ギルドにも門前払いされるぐらいで。つまり、フリーでイザドラの依頼を受けたの」
小声になったのは、ヴィヴリオテカのギルドが怖いからだ。
今回の依頼は違法ではない。一定金額を超えない場合、申告の必要がないからだ。子供のお手伝いに税金を取らないのと同じ感覚である。
イザドラから技術料はもらっておらず、家を作った報酬は食事と宿泊スペースの提供だけだ。地主にも話を通しているため問題はない。
それでも勝手に仕事をしたと噂されたらギルドに注意を受ける可能性があった。だから内緒話なのだ。
冒険者ギルドを通して指名依頼にしても良かったが、なにしろ技術料要らずだったため省いた。こういうことはご近所同士のやり取りでも多い。
ただ、大がかりな家だったため疑いを持つ人もいるだろう。それで小声になった。
クラフトは「ああ」と気付いて、頷いた。
「申し訳ない。しかし、あれだけの能力を門前払いとは……。ヴィヴリオテカはいよいよ変わった都市だね。能力ではなくスキル主義だし。そう言えば魔法ギルドではしつこくスキルを聞かれたんだ。変な感じだったよ」
「クラフトさんもそう思います? あたしも、なーんか気持ち悪いんですよね。空気も悪いと思いません? なんだか息苦しいというか」
「イザドラさんもか。実はここへ来てから、仲間が体調を崩していてね」
「あ、だから、痛み止めの薬だったんだ……」
「依頼も受けているし、本人は耐えられると言っているから滞在しているけれどね」
心配そうな顔のクラフトに釣られ、イザドラも眉間に皺を寄せている。クリスは二人の会話を黙って聞いていたが、ふと気になった。
「あの……」
そろりと声を出したクリスに、視線が集中する。
ドキリとしながらも、クリスは意を決して疑問を口にした。
「つかぬことを尋ねますけど。お二人って魔力量は多い方、だよね?」
「あたしは魔法士スキルがあるぐらいだもん。かなり、ある方だと思うよ~」
「自慢に聞こえては恥ずかしいのだが、わたしもかなりのものだと。そもそも竜人族は魔力が豊富にある種族なんだよ」
「あ、やっぱり……」
イザドラが、楽しいものを発見したかのように目を輝かせて、クリスの顔を覗き込んでくる。クリスは苦笑しながら、口にした。
「ほら、カロリンやカッシーも似たようなこと言ってたでしょ? あの二人はニホン組、ううん、ニホン族だからね。たぶん魔力は多いはずなんだ」
ニホン族と言い直したのは、カロリンたちが悪名高いニホン組だと思えなかったからだ。どちらかというと、彼等はそのニホン組に困っている側だった。だから同じ呼び方をしたくなかった。
イザドラはクリスの真意に気付かなかったようだ。でもこれはクリスの問題なので構わない。
それにイザドラもクラフトも、クリスの言いたいことに気付いた。
「そうだ、確かニホン族は魔力量が桁違いに多い……!」
「あたしも聞いたことある! そっか、つまり魔力が多い人ほど不調に感じてるんだね」
「あ、まだ、そうと決まったわけじゃないけど」
「いや、当たっているかもしれないよ。君はすごいな」
「いえ、あの」
「そうよ、クリスはすごいの! クラフトさん、あの家すごかったでしょ? 近くに馬車があったのを覚えてる? あれもクリスが作ったんだって。すごくない?」
大きな声で褒めるものだから、クリスは恥ずかしくなって真っ赤になった。
そんなクリスを、クラフトはどこか懐かしそうな顔をして眺めている。きっと、知り合いとやらを思い出したのだろう。
あわあわしているクリスを慮って、クラフトはイザドラを落ち着かせてくれた。それからディナーに行くと言っていたのを思い出したらしく、急いで受け取りのサインをする。
「痛み止めの件は諦めるけれど、もしかしたら別に代用できる薬の作成を依頼するかもしれないんだ。いいかな?」
「いいですよー。じゃ、魔法ギルドで指名依頼にしてもらえます? 指名だと点数がその分上がるの」
「そうだね。先に一度、仲間と相談させてもらってもいいかな? その上で問題なさそうなら指名依頼にするよ。代用品があるかどうかも調べなきゃならないしね。明日の朝、家の方に伺っても?」
「オッケーです。じゃ、これで。あ、その薬は危険だから使う時に出してくださいね。瓶から出さなければ一月ぐらいもちますけど、出したら半日が限度です」
「了解だ。これで岩蛇の巣を叩ける」
微笑むイケオジにきゅんとしつつ、クリスはイザドラに促されて立ち上がった。
今日、オシャレしてきて良かったと思う。もちろん、相手は年の離れたオジサンだ。別にどうこうなるつもりはないし、彼だってクリスみたいな子供を恋愛対象に見ないだろう。そうではなく、やはりクリスも女の子なので、ちょっといいなと思った相手に変な姿は見せたくなかった。
イザドラが「じゃあこれで!」と会釈すると、クラフトはクリスにもにこりと微笑んだ。落ち着いた様子が格好良い。
ドキドキしながらクリスは宿を出た。
出てすぐに、イザドラがクリスの腕を掴んだ。
「ね、格好良いでしょ!」
「うん」
「あんな冒険者もいるんだね~。チャラチャラしたのか、むさ苦しい男ばかりだと思ってたからビックリだよ」
「そ、それは偏見だね」
「えー。そう?」
「うん。ほら、カッシーはちょっと違うじゃない」
話している間も足はレストランに向かう。イザドラが聞いたお店は中地区にあるというから、クラフトの宿から近い。日も落ちて、街灯が仄かな明かりを付け始めた。ふんだんにある街灯は都市が裕福な証だ。村や町だと大通りにしかないし、ここまで短い間隔で立っていない。
「カッシーはまたちょっと別だよね~。ニホン組だからじゃない? カロリンだって変わってるもん」
「そうかも」
「そうだ、クリスの相棒はどんな人?」
ワクワク顔のイザドラに、クリスは苦笑で教えてあげる。
「鬼人族で大柄な人だよ。冒険者らしい冒険者かも。だけど――」
敬語が苦手でちょっぴり豪快だけど、彼は基本的にいい人だ。クリスは知らず知らず微笑んでいたらしい。イザドラがニヤニヤ顔で覗き込んで指摘してくる。
「いい人なんだね~」
「うん。すごく、いい人」
エイフとは何の関係もないのにクリスを助けてくれる。
どこまで一緒に行くのか、彼がどこまで考えているのかは分からない。けれど、きっとクリスが悲しまないように納得できるまで話を尽くしてくれる人だ。
エイフはそういう人だった。
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