150 謝罪のハパとイザドラの依頼者




 ハパは神妙な様子で縁から見下ろし、小さな声で(念話だけれど)謝った。


(人間にとってそれほどまでに大切な場所とは知らなんだ。申し訳なかった)

「うん。知らないのなら仕方ないね。謝ってくれたし、もういいよ」

(良いのか? 我を許してくれるのか?)

「悪気があったわけじゃないからね。すぐに分かってくれた。だからいいの」

(……良い子だ)

「あのね、ハパ爺さん。口にしないと通じないことって世の中には多いと思う。そのために言葉があるんだよ。ハパ爺さんの念話もそうだよね。伝えたいから生まれた能力なんじゃないのかな。だから、わたしが精霊にとって嫌なことをしたら、ちゃんと伝えてね?」

(娘よ、お前という子は)


 羽を震わせるハパの近くに、プルピが飛んでいった。


「名を呼ばぬか。名乗ったはずだ」

(我の声には力が宿る。名を呼べば繋がりも深くなるのだ)

「なればこそ、尚更、名を呼ぶがいい。礼も言えぬ爺は物忘れがひどいようだが、名前とは呼ばれることで馴染んでいくものだ」

(ああ、そうであった。精霊の理はこちらの世界でも通じるものであったな)


 ハパは身を乗り出すようにして、しかし決して中には入らないように踏ん張った。そんな大変そうな格好で、クリスに伝える。


(クリス。クリスよ、我の可愛い妖精を助け、ここまで無事に守ってくれたことを感謝する。見守っていた大事な命だったのだ。数々の無礼を許してほしい。その上で、我が友となってはくれぬか)

「えっ?」


 ――なんで?

 そう思ったのが伝わったらしい。ハパは体を起こして、空を見上げた。プルピは肩を振るわせている。


「あ、違うの。そういう意味じゃなくて。だって、いきなり突然すぎない? え、ちょっと待って。それとプルピは笑いすぎ!」

「くくく。久しぶりに心の底から笑った気がする。さすがはクリスだ」

「えぇー」

「ま、あの爺のことはわたしが教育してやろう。それより、クリスは出掛けるのではなかったか?」

「そうだった! 着替えないと。あっ、プルピも出ていってね。イサも下に行っててよ」

「やれやれ。騒がしい。ああ、ククリよ、オヌシも席を外せ」

「やー」

「爺は出ていったのだ。もう、クリスを守らなくてもいい。それにクリスは裸を見られたくないそうだ」

「じー、も、ない?」

「ああ。だから早くしなさい。クリスがそろそろ暴れ出すぞ」

「あーい!」


 ククリが説得されて出ていった。その姿を見ながら、クリスは「暴れ出すで通じたの?」と呆然としてしまった。

 家馬車の外からはイザドラが呼びかけてくるし、クリスは服を選ぶ間もなく適当に着替える羽目になった。




 イザドラに仕事を依頼したクラフトは、立派な角を持つ竜人族だ。薄褐色の肌に白髪という姿に加え、鍛え上げられた筋肉が美しい。年齢は三十代半ばらしいから、髪の色は老化現象ではなさそうだ。かさついた感じもない。

 クリスはぽかんとしたまま大男を見上げた。

 クラフトには尾もあった。ワニのような立派な尾だ。地面に先が付いている。角は、頭の横から生えているエイフと違って、眉山の上の生え際近くから後方に向かって伸びていた。真っ直ぐな角だ。それが格好良く見える。

 何よりもクラフトは紳士的だった。



「わざわざ持参していただけるとは……。ああ、まずは座ってください」


 宿の一階は食堂になっており、食事だけの客も入っている。クリスたちは端の席に案内されて座った。


「申し訳ない。急ぎと言ったばかりに、このような時間に持ってきてくれたのだね」

「ええ。でも、あたしたちオシャレなディナーを楽しもうと思って、寄り道気分だから気にしないで。それにクラフトさんは冒険者でしょ。昼間に持ってきても渡せないし、他人に預けられるような代物でもないから」

「取りに伺ったのに」

「ついでですから。さ、品を確認してください。ギルドで鑑定済みです。これがその書類。ヴィヴリオテカの魔法ギルドって、こういうところはきちんとしてるから安心なの」


 とは、クリスに向かって言ったものだ。クリスも話に参加させようと思ったのかどうか、話し掛けてくれる。しかし、ずっとクラフトを観察していたクリスは、慌ててしまった。

 すると、クラフトがクリスに視線を向けてきた。


「君は……」

「あっ、すみません、部外者なのに!」

「いや、それは構わないのだが」


 じいっと、まるで観察するように見つめられてクリスは焦った。

 なにしろクラフトときたら、すこぶる格好良い。彫りの深い外人顔なのに切れ長のスッキリとした目元や、ほんの少し口元に縦皺が入っている部分がセクシーに見える。

 もちろん、変なフェロモンが出ているわけではない。そういうタイプでもない。むしろ全体として見るならば、真逆の硬派さが垣間見える。きっちり着込んだ服もそうだし、髪の毛は乱れていない。

 つまり単純に彼の見た目が好みなのだ。


 クリスは自分でも顔が赤くなっているという自覚を持ちつつ、チラリと横のイザドラを見た。彼女は微笑ましそうにクリスを見ていて、からかう様子はなかった。が、会話を助けてくれるつもりはなさそうだ。

 諦めて、何か話そうと口を開いた。


「クリスといいます。イザドラとはヴィヴリオテカで知り合って。わたし、本当は冒険者をしてるんです。ただ、受けられる依頼がなくて……。そんな時に彼女が依頼を出してくれたから、一緒にいるようになって――」


 しどろもどろで自己紹介をしていると、クラフトが机の上で指をトントンと弾いた。

 ハッとして顔を上げると、クラフトは無意識に机を叩いていたようだ。彼もハッとした顔で頭を下げた。


「すまない。君が話しているのに。これはわたしの癖なんだ。気になることがあると、つい出てしまう」

「あの?」

「……ふとした仕草が知り合いに似ていたものだから、いや、悪かったね」


 クラフトの言うことは本当らしい。彼はクリスを見ながらも、どこか遠い目になった。

 しかしすぐに表情を改めた。


「クリスさんが家を作っている姿を見たよ。途中からだったが、とても素晴らしかった。イザドラさんも魔法ギルドで能力が高いと紹介してもらったが、ここは本当に能力の高い人が集まる都市なんだと実感したよ」


 イザドラから受け取った品を眺めながらクラフトが言う。けれど、彼の言葉には間違いがあった。


「あの、わたしは魔法ギルドの会員じゃないです」

「うん? でも、あんなにすごい家を一気に建てていたよね。大工や建築スキルで、あれほど早く作るのは無理だ。何故、魔法ギルドの会員にならないんだい?」


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