149 お話し合いとお話し合い
目の前の精霊は、噂話を仕入れようとヴィヴリオテカに来たようだ。そこで以前の知り合いであるニウスを見付けた。そこに偶然イサがいて、近くに「人間」であるクリスがいたものだから、ついカッとなったらしい。
彼はクリスに謝った。けれど、彼がカッとなって何か言ったらしいそれを、クリスは聞いていない。別にいいよと答えてから「ただし」と続けた。
「イサは驚いていたし、怯えてもいたから、彼のフォローはお願いします」
(うむ。もっともだ)
なんだかんだでずっとクリスの手にくっついているイサを、促す。
「感動の再会じゃなくてもいいからお話しておいでよ」
「ピル」
「何か嫌な役目を言い付けられるとかだったら、助けてあげるから」
「ピッ」
「あはは、それはないの? プルピの方が大変だったのかな」
「ピポピ!」
慌てたイサが何度もクリスの手を突くものだから、痛いし面白いしで困ってしまった。クリスは急いでイサを掴むと、モフモフ羽の精霊にずずいっと差し出した。
「うちの子、怖がらせないでね」
(我がそのようなこと、するわけがなかろう)
「するかしないかなんて、わたしはあなたを知らないもの。名前だって分からないんだよ?」
(我としたことが。ふむ、人の子よ。光栄に思うがいい。我の名を教えて――)
「早く言え、爺」
(やれやれ。これだから最近の精霊は……。良いか、そこの生まれたての精霊も聞くがいい。我が名はハパ※◇×△※○□×だ)
久々の電子音は、脳内に直接届くものだから黒板を引っ掻いた時のような不快感で伝わった。クリスは顔を顰め、手を前に出して「ストップ」の合図をした。
(どうした?)
「な、名前がちゃんと伝わってこないの。止めて、頭が変になりそう。ハパしか分からなかった」
(ふむ、人間には難しい発音であったかもしれぬ。許せ。では、我のことはハパと呼ぶがいい)
「う、うん……」
「大丈夫か、クリスよ」
「だーじょぶ?」
「ピピピッ」
「うん、もう、大丈夫。あー、でも気持ち悪かった」
(気持ち悪いとはひどいではないか)
「爺、人の子相手に容赦がない真似をするな」
(我はそんなつもりはなかった)
「思いやりを持てと言っている。人は簡単に死ぬのだぞ?」
「ちぬ? ちぬの?」
「ああ、待て、ククリ。騒ぐんじゃない」
「やぁ!」
「ピピピピピ!!!」
カオスだ。そう思ったけれど、クリスはもう諦めた。思い出しただけでも頭の中がおかしくなりそうでテーブルに突っ伏した。何も考えずにボーッとする必要がある。これは休憩だ。脳の休憩である。
クリスは騒がしい皆をスルーして、顔を横に向けた。ニウスがこちらを見ていて目が合う。彼は目を細め、羽をパタパタと楽しげに揺らしていた。
イザドラが戻ったのは昼過ぎだった。
「ニウスのお昼ご飯用意してくれたんだね。ありがとー。ごめんね、遅くなって」
「いいよ。それより結果はどうだった?」
「問題ないって。夕方、クラフトさんたちの宿に持っていこうと思うんだけど、いい?」
もちろん、と答えて、イザドラにも食事を出す。クリス作だから普通の味だ。不味くはないけれど美味しくもない。そんな味でもイザドラは喜んで食べてくれた。
「食事係するって言ってたのに、ごめんね~」
「いいってば」
「じゃあさ、夕方納品した後、どこかでご飯食べようよ。依頼料も入るしさ~」
「そんな無駄遣いしていいの?」
「何言ってるの。あたし、魔法士スキル持ちだよ? ふふーん」
あまりに分かりやすいドヤ顔で言うものだから、クリスは笑った。
「あは。それにさ、フラルゴの実も高値で売れたんだ~。他の素材もそこそこ買い取り額高くて、しばらく働かなくても平気なぐらい」
「それはすごいね」
「でしょ? だから家を作ってくれた技術料も払いたいんだけど」
「それはいいよ。うん、じゃ、その代わりに晩ご飯は美味しいものを奢ってもらうね」
「オッケー。いいところ教えてもらったんだ。ね、オシャレして行こうよ」
「うん!」
女の子同士でオシャレをして食事をするというシチュエーションに、心が躍る。
クリスは急いで家馬車に戻った。
服は寝室のある二階にある。屋根裏的な狭さだけれど、寝るだけの部屋だからデッドスペースが意外にあるのだ。
そのベッドの上で、どういうわけかハパが我が物顔で寛いでいた。
イサはクリスの肩に止まったままだから、彼もビックリしたらしい。「ピァ?」と変な鳴き声だ。
「見るがいい。驚いておろう。クリスは乙女ぞ。爺が乙女の寝床に潜り込むとはなんたる不埒な」
(やれ、若造はせっかちでいかん。我はこの居心地の良い綿が気に入ったのだ。つい腰を落としてしまうのも致し方ない)
「爺め。何が腰だ。蜥蜴のどこに腰がある。大体、上位の精霊ならば姿など関係ないであろうに。さっさと退かぬか。わたしの愛し子が困っているであろう」
(やれやれ。娘よ、お前は本当にこんな精霊の加護をもろうて良かったのか?)
クリスは呆れてしまって、もう何も言えなかった。このふたりは言い合いするのが楽しいのだ、きっと。
プルピはクリスのためを思ってだろうが、そこに「ハパが気に入らない」気持ちも入ってるのが透けて見える。
一方、ハパは突っかかってくる若造(?)をからかいたくて仕方ない。こういうタイプのオジサンは前世でもいた。その対処方法も大体分かっている。
スルーだ。彼等は相手をするから喜ぶ。暇な時は構わないが、忙しかったり精神状態がイマイチだったりするとイライラする。
プルピは、勝手に入り込んできたハパに苛ついているのだろう。この家馬車は彼にとって第二の家だ。長く過ごした愛着のある家に、他人が入り込んで我が物顔で座っていたら腹立たしい。
だから、クリスはプルピに伝授した。
「プルピ、こういうお爺さんはね、ほっとくのが一番なんだよ。でもその前に」
むんずと掴んで、天窓から放り投げた。
(何をする、娘!)
「わたしはクリスって名前なの。そしてここはわたしの家。大事な家に勝手に入り込む輩を、人間社会では不法侵入者と呼ぶの」
別に入るのは構わないのだ。精霊に家の概念はないし、ふらふらとどこにでも現れるから、半ば諦めている。ただ、プルピではないが、偉そうにしていたハパにちょっぴりイラッとしたのは確かだ。
クリスの言葉を受け、ハパは落ち込んだ様子で天窓の縁に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます