148 モップか何か不明な精霊




 クリスが目をパチパチさせていると、真ん前に浮かんでいたプルピが「はぁ」と溜息を漏らした。心なしか力が抜けている。けれど、左肩のイサはまだ緊張しているし、右頬のククリは手をくっつけたままだ。

 ぽかんとしたまま、クリスはひょいとプルピの体を避けてダスターの精霊を見た。ニウスの頭の上に浮かんだ状態で、彼は確かにクリスを「視」ていた。


(なかなか冷静ではないか。気に入ったぞ)


 また頭の中に声がしたが、被せるようにプルピが声を上げた。


「気に入ったダと? 先ほどは何やら偉そうな物言いをしていたがナ?」

(ふむ。さすがは人となれ合う精霊よ。加護を与えた娘がそこまで大事か)

「大事であればこそ、加護を与えるのだ」

(ほっ。よもや、人が精霊にした事実を忘れたか)

「笑止千万。個々を見ず、勝手な枠に填め込むなど、それこそ過去の悪人の所業と同じではないか」


 どうやら精霊同士で揉めているらしい。らしいのだが、クリスは正直「そういう会話はどこか別でやってほしいなー」と思った。

 クリスに関係があるのならともかく、全然関係ない。

 それにプルピの話し方がどんどん流暢になっていて笑い出しそうだ。

 クリスは適度に緊張を抜きつつ、紋様紙を片手に足を広げた。待機の格好だ。走り出して逃げる準備は止めた。

 とりあえず、ダスターの精霊にクリスをどうこうする意図はなさそうだと分かったからだ。



 クリスはまだ緊張しているイサを左手で撫で、ククリをそっと掴んだ。右手の中にククリが入り込むと、ぽそっと身を投げ出してくる。


「怖かったの? よく頑張ったね」

「なの!」

「イサ、イサもおいで」


 撫でていた手を広げると、イサが飛び込んできた。居心地良く収まろうとしてもぞもぞしている。


「よしよし。怖かったね。イサ、頑張って威嚇してたねぇ」

「ピルル」

「いちゃ、がんばる!」

「ピピピ」

「うんうん、ふたりとも偉かったよ。さ、大人げない精霊はほっといて、お茶の続きしようか」


 まだ言い合っている上位精霊は無視し、クリスは溜息交じりにデッキチェアに座った。

 その横にペルが移動してきたから、彼女も不穏な空気を察して身構えていたのかもしれない。もしクリスに何かあったら、きっと精霊相手でも戦ってくれたのだろう。


「ペルちゃんもありがとう。お砂糖、食べる?」

「ブルルル」


 お茶を淹れていると、ダスターを置いてニウスもやって来た。イサに通訳してもらわずとも彼の気持ちはなんとなく分かった。呆れているというか、疲れたような表情に見える。小さな羽も萎れたように甲羅に張り付いていた。ニウスの羽は、普段ならパタパタ動いているし機嫌の良い時は大きく動くのだ。



 クリスがお茶を飲み始めた頃になって、上位精霊たちは誰もいないことに気付いたらしい。ハッとした様子で見回し、プルピは寛いでいるクリスを見て肩を落としていた。

 不思議なことにダスター精霊の様子も分かった。ばつの悪そうな、そんな空気をクリスは感じた。


 こういう時、つまり「居心地の悪い空気」を一掃するには、何かの切っ掛けが必要だ。クリスは前世で学んだ社交術の一つとして、上位精霊をお茶に招いた。


「お茶をどうぞ。とっておきのペリン茶だよ。あ、そこのあなたに言ってるの。プルピももちろんね。早くおいで。お菓子も食べよう?」

「……うむ」

(……では、ご相伴に与ろう)


 そうしてテーブルに着いたふたりは、端と端に座った。プルピは彼専用の小さな椅子に。ダスター精霊はテーブルにそのまま着地した。

 プルピにはコップとお皿がある。それを客人(精霊)に使うと彼が怒りそうだから、クリスはイサの分を借りた。もちろん予備だ。


 しばらくは全員が静かにお茶をした。クリスだけがパクパクと普通に食べて、飲む。

 一々気にしていても仕方ない。揉め事なんて上手くいかない時は上手くいかないし、案外こうして食事を共にするだけで会話ができることもある。

 はたして。


(なかなか、良い茶だ。遠い昔を思い出すのう)

「爺めが。茶など、精霊は淹れはせん。さすれば、爺とて人の手を取ったことがあるのよ」

(ふむ。そうであったかもしれぬ)

「……調子が狂う」


 なんだかんだでポツポツと話をしながら、クリスが買ってきたクッキーにも手を伸ばしていた。




 さて、落ち着いたところで、クリスはダメ元でダスター精霊に声を掛けた。


「ところで、さっきから頭の中に声が聞こえるのは、あなた?」

(そうだ)


 人嫌いのようだから返事はあっても横柄だろうと思いきや、普通の声音だ。

 クリスはまだ緊張しているらしいイサを撫でながら、話を続けた。


「これって念話? 精霊の力なの?」

(精霊の、と断言してしまうわけにはいかない。使えるものもいれば使えないものもいる。念話は言葉が通じない相手に伝えるのに一番手っ取り早い方法だ)

「なるほどー。つまり万能通訳機かあ」


 いいなあ、とクリスは羨ましく思った。それがあれば、初期のプルピやククリともちゃんと話ができただろうし、イサとだって文字ボードを使わずに会話ができる。

 それに気付いたのか、イサがクリスを見上げてきた。うるうるとした瞳が何かを訴えているようだった。


「イサ、大丈夫よ。言葉が通じなくたって、わたしたちは友達になったじゃない。時間はかかったけどね。……まあ、大体わたしがトンチンカンなこと言って大騒ぎしただけだよね。うん、分かってるよ」

「ピルゥ」

「何よ。そのたびに突っついてきたくせに。でも、おかげで落ち着いたからプラマイゼロかな?」

「ピピピ」

(ふふ、そうか、そういうことかのう)


 ダスター精霊を見ると、体を揺らして笑っている。よくよく見ればモフモフの羽を大量に身に纏っているような姿だ。ダスターではなかった。でも彼は鳥でもないはずだ。プルピがそう話していた。


(古馴染みの妖精に会いに来て良かったようだ。可愛がっていた生まれたての妖精が消え、どこに行ったのかと探してみたが行方がとんと分からずでな。人里近くで気配を絶ったと聞いて、さては人間に捕まったのかと案じておった。妖精と契約を好むのは魔法使いに多い。そこで魔法使いの町に来てみたのだ)

「……もしかして、あなたイサの?」

「ピピ」

「イサったら、それなら親も同然なんだから感動の再会シーンがあっても良かったのに」

「ピル、ピピピッ!」


 何故かイサに怒られてしまった。軽く突かれて、プイッとそっぽを向く。すると、モフモフ羽の精霊が笑った。体を揺すって楽しげに。


(なるほどなるほど。甘えておるな。やれ、我が無粋であった)

「……爺は、無理矢理に契約されたのではないかと心配してもいたのだろうよ。クリスはそんな娘ではないと、わたしやククリが説明したというに、爺は頭が頑固なのだ。話を聞かないから、イサが怯えてしまってな」


 イサの様子が変だったのは、そういうわけらしい。クリスはようやく納得した。


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