145 折りたたみの家の説明




 気遣われながらもクリスは立ち上がり、そのままになっていたシートや道具類を片付けた。ある程度まとまっていたのはカッシーがやってくれたかららしい。お礼を言っていると地主が来て、見せてもらいたいとワクワク顔で言う。

 イザドラは心配そうだ。昏倒する勢いで寝てしまったクリスが心配なのだろう。でも、クリスもイザドラに家を見てほしい。触れて、ちゃんと動かしてもらいたかった。


「大丈夫です。イザドラに実践してもらいましょう!」

「おおー!」

「わたしたちも見学させてね」

「僕はクリスが倒れないよう後ろで見てるよ」


 近所の子供たちも空き地の外から柵越しにキャッキャと応援している。

 イザドラは苦笑しながらも「じゃあ、組み立てましょうか!」と頬をバチンと叩いた。



 クリスの指示で、イザドラは全てを一人でやり遂げた。

 ニウスにレールの土台を付け、ワイヤロープも引っかけて固定するところまでは、こわごわとして時間もかかった。

 けれど、クリスと地主やカロリンが土台を力一杯引っ張っても動かなかったのを見て、安心したようだ。後の作業はクリスの言うまま、流れるように設置までできた。

 荷車や家の留め具を外して広げると、子供たちから歓声が上がる。

 その後、レールをセットして家を移動させていく。


「すごい、ウインチで簡単に引っ張り上げられるんだ!」


 勢い良く巻いてもストッパーがあるから行き過ぎない。彼女ならやりそうな失敗だと思って、安全対策として付けたのだ。それに気付いたイザドラは目を輝かせた。

 更に家をレールに固定し終わると、家自体の外側と内側から固定を行う。折れていた屋根は付属の棒で押し上げガチャンと填め込み、折れ戸の横壁を広げ、フックを使ってロックを掛ける。

 屋根や横壁は折りたためるため、隙間ができてはいけないと折れる部分にカバーを貼り付けていた。広げた時にピッタリと張り付くそれは、七色飛蝗の後翅を粉々にして糊状にしたものを、薄く伸ばしたヴヴァリの皮に塗ったものだ。

 七色飛蝗の後翅は綺麗な色が付いており、討伐するとガラスのように硬くなる。あまりにも美しいため高価な素材だ。けれど、クリスは迷宮都市ガレルで加工後の端材を大量にもらっていた。タダだ。そして家馬車の隅とはいえ使い道がないまま置いておくのは、端的に言って邪魔だった。

 これも家つくりスキルが発動している間に思い付いた使い方だ。

 当初はヴヴァリの皮だけでカバーするつもりだった。


「わぁ、こんな風になるんだね。吸い付くように重なったよ! それにロックが簡単だわ。なるほどなー、出っ張りに引っかけてから下に引き下ろす二段階ロックなんだね」

「イザドラ、もう少しで終わりだから頑張って。次はカバー板を外して、オープンクローゼットのポールを引き出してね。終わったら調合室だよ」

「うん!」


 調合室は外の壁側にたたまれていた内壁を引っ張り、小さな隠しレールに沿って広げる。

 徐々に広がり、床に仕込んでいたストッパーで固定した。作業台も水洗い場も棚ごと持ち上げて固定し、外から引き込む蛇腹ホースを通す小さな丸窓を開ける。


「蛇腹ホースを引き込んで、取水口に繋げたら終わり。ガチャッと音が鳴るから――」

「分かった、これだね。あっ! 赤い印同士が重なると完了ってことか。すごいよ、クリス」

「大事なところだからね」


 イザドラは細かな部分にも気付いて感動してくれる。クリスは嬉しいやら恥ずかしいやらで照れ臭くなってきた。

 でもまだ説明が残っている。トイレの前の目隠しカーテンやベッドの引き出し方などなど。小さいことだけれど聞いてないと分からない部分ばかりだ。


「荷物は少ないって言ってたけど、調合室じゃない側には家を折りたたんだ時に隙間ができるから、その分の棚を作ってみたよ。折りたたむ時に引き出しが飛び出さないようになってるからコツがいるんだ」


 一番下がベッドになっており、引き下ろす格好だ。上にある幾つもの棚はそのままだと引き出せない。上下に揺すって左に一度寄せるとロックが解除される仕組みだった。元に戻す時は奥まで押し込めば自動で填め込まれる。

 調合室側には廊下のような形のデッドスペースがあり、折りたたみテーブルを壁に設置している。椅子も填め込める。

 テーブルを引き下ろして、折りたたまれていた椅子を開いて置く。


「簡易なものだけど、ものすごく大柄な男性じゃなければ座れると思うよ」

「……すごいよ、クリス」


 イザドラがクリスの手を掴んで強く握った。感動した様子なのは見ていて分かる。クリスは照れながらも、どうだと胸を張った。


「設計通りにできたと思う。細かい部分の仕様は変えちゃったけど……。イザドラの希望は満たしたよ。どうかな?」

「完璧、最高だよ! ううん、想像以上だった!」


 そう言うとイザドラはクリスに抱き着いた。後は声にならない叫び声だ。耳が痛いし力が強いから大変だけど、我慢できる大変さだった。



 イザドラの興奮を止めたのはカロリンだった。カッシーと二人でおそるおそる玄関から覗き込み、慌てて止めてくれたのだ。地主も「いいかな?」と声を掛けて入ってくる。

 地主は中を見て回り「ほう、ほうほう!」と楽しそうだ。

 彼は荷車に家が乗っていたのを見ているから、ニウスが引っ張って動かせるのも知っている。

 だから元に戻すまでもなく問題なしと言ってくれた。


「役人にもちゃんと報告しておくよ。これなら税金も今まで通りだ。いや、それにしても素晴らしいね」

「でしょう~? ふふーん!」

「ははは。よほど嬉しいんだな。気持ちは分かるけどね! 本当に、女の子一人で積み下ろしができるなんてすごいよ」


 地主は外も見て回ると「自分が宿を建てる時にも頼みたいよ」と嬉しい世辞まで言って帰っていった。

 するとイザドラがクリスを振り向いて笑顔になった。


「クリス、おめでとう!」

「え? めでたいのは家ができたイザドラじゃないの?」

「ううん。あ、もちろん家ができて嬉しいよ。でもね、建築ギルドの会員じゃないクリスが作った家を認めてくれる人がいた、それが嬉しいの」

「だけど、あれはお世辞だから……」

「お世辞でも、この都市でそんな風に言える人がいると思う? あたし、クリスの話を聞いてから魔法ギルドでちょっと聞き込みしたんだよね。なんか、それでちょっと嫌だなって思って」


 イザドラにも思うところがあったようだ。クリスは泣きたいような気持ちで彼女を見た。


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