144 大亀の上に乗せる家
ニウスの上に乗った家を固定し、手で押したり引いたりと動かしてみる。更にニウスにも少しだけ歩いてもらった。レールの下のサスペンションが動きを吸収するものの、やはり揺れる。移動時には家の中にはいない方がいいかもしれない。
様子を見て、クリスはニウスの頭の近くに座れる御者台を作ることにした。元々玄関を作るつもりでいたが、両用できるように作り替えるのだ。玄関から折りたたみ式の階段を繋げて、地面まで下りられるようにする。
完成後に階段を上り下りし、ニウスが動く様子を外側からも確認した。問題ないと分かったクリスは最後に家を下ろすことにした。今度は地面ではなく荷車にだ。
荷車は縦半分に割れる。ニウスの上で家を折りたたむよりも、下ろしてからの方が楽だと考えたからだ。折りたたんだ時に荷車も一緒に横移動する。専用の車輪も付けた。横移動だけなので簡易なものだ。ターンテーブル式と悩んだ末に車輪を選んだのは、簡単な作りだからだ。簡単だとメンテナンスが手軽になる。あとは単純に部品の重さで決めた。
レールに沿って地面に固定された荷車へと下ろす。六メートル近い長さの家だから、さすがに迫力があった。
家の中の留め具はすでに外しており、荷車の上に置いた家は外側の最後の留め具を外せば折りたためる。
ゆっくりと押せば片手で動いた。悪路でない限り、イザドラでも動かせる重さだ。難しければウインチもある。
荷車がピタリと元に戻れば、家も最小幅で折りたたまれた。これが外れないよう、固定すれば完了である。
トイレより広い幅ではあるけれど、高さがあるため横風を受けると不安定だ。それを解消するために、付属品を荷車の空いた場所に詰めていく。ニウスの上に設置したレールやワイヤロープに、取り外し可能な玄関周りと階段。水タンクも乗せられる。
ニウスが食事する際に使う桶も、イザドラが使っていたテントだって隙間に置けるようになっていた。固定用ジャッキも外して荷車に全部乗せれば、完了だ。
ニウスに三メートルサイズになってもらい、彼専用の軛と轅を設置し荷車と繋げた。
ゆっくりと歩いてもらう。荷車の上の家は揺らぐことなく安定していた。
「問題なさそうだね。ニウスはどう?」
「キュ」
「ピピピ!」
やはり大丈夫だと返ってくる。クリスはホッとした。
その瞬間にスキルは切れたのだった。
ぺたりと座り込んだクリスに駆け寄ってきたのはイザドラと、途中から見学していたカロリンとカッシーたちだった。
実は他にも見学者がいた。
カロリンが冒険者ギルドで知り合った人を連れてきていたのだ。彼等こそがイザドラに依頼した相手でもあった。
「あら、今日が期限でしたっけ?」
「別件で相談したいことがあったのでね。ギルドで彼等の話が耳に入ってきて、採取がもう終わったと知ったから、それならと声を掛けたんだ。ついでに作業状況も分かる。押しかけて悪いと思ったが、彼等に頼んで家まで案内してもらったというわけだ。君が魔法ギルドにしょっちゅう顔を出すようなら待っていたのだが」
「あは。あそこ、なんだか居心地が悪くてぇ」
「確かに。妙な気配はある」
イザドラが小声で「そういう意味じゃなかったんだけどなー」と言いながら、クリスの背を撫でた。座り込んでいるため心配なのだろう。でもクリスのこれはただの疲れだ。
大丈夫だと笑顔で返した。それよりも。
「仕事があるんでしょ? そっちを先にどうぞ。後でイザドラ自身で設置と取り外しの工程をやってみて。それで完了になるから」
「分かった。ありがとね、クリス。感動で騒ぎたいところだけど、先に話を聞いてくるよ」
と、クリスの背の方にいるであろう依頼者の下に向かった。入れ替わるようにカロリンとカッシーが横に座る。
「途中から見てたけど、クリスのスキルってすごいね!」
「ところどころ手の動きが見えなかったわ。大工スキルか建築スキルを持ってるの?」
「えーと、あはは」
笑って誤魔化すと、カロリンは頷いて微笑んだ。
「ごめんなさいね。普通はスキルについて聞いてはいけないのよね。女性に面と向かってスリーサイズを聞くようなものだと窘められたばかりなのに。いやだわ、わたしったら」
「でもさ、職業として登録してたら分かるものだし、何より目の前で使ってたらバレると思うんだけどなー」
「嗜みよ。あなたもわたしも現代の毒にさらされすぎたのよ。なんでもかんでも見せればいいってものではないわ」
「カロリンが言うと、いかがわしく聞こえるんだけど?」
「そう言えばカッシーは奥手だったわね!」
チラリズムがどうとか小声で呟いているのを、カッシーが急いで止める。しかしカロリンは興奮すると話が止められないらしい。諦めたカッシーはクリスの耳を塞いだ。教育に悪いと怒鳴っているため、よほどのことを口にしたのだろう。
手が退けられると、カロリンはお嬢様風ににこりと微笑んだ。
「つまり、奥ゆかしさを表現してるのよ」
「はあ」
「クリスは体現しているのね。素敵よ。わたし、あなたの少女らしい恥じらいを応援してるわ」
「だから言い方! カロリンは濃厚な気配を漂わせるの禁止! 僕だって慣れたとはいえ、たまについてけないんだからねっ?」
「はぁい」
相変わらず夫婦漫才みたいな二人の会話だ。クリスは呆れ笑いでシートの上に寝転がった。心地良い疲れで痺れている。イサがパタパタ飛んできて心配そうにおでこの上から覗き込んでいた。何故そこに立つのか問い質したいが、クリスの口はもう開きそうになかった。
すうっと眠りに就いていたからだ。
クリスが起きたのは昼過ぎだった。騒がしくて目が覚めた。
起き上がるとお腹にタオルケットが掛けられており、使用感や匂いからイザドラのものだと分かった。見回すと、少し離れた敷地内でイザドラやカロリンたちが話をしていた。
近くに空き地の所有者もいて、どうやら家を見にきたらしい。作業中、近所の子供が騒いでいたし、ニウスが大きくなって家も出来上がれば噂は回るのだろう。
「あ、クリス! 起きて大丈夫なの?」
「うん。集中しすぎて疲れただけだから。もう大丈夫だよ」
「クリスのスキル発動って大変なんだね」
「いつもこんなだから、大変って思ったことはないな~」
魔法士スキルを持っているイザドラからすれば、たった一度の発動でこれほど疲れるのは効率が悪いと思うかもしれない。上級スキル持ちには、そのスキルが使えるだけの魔力が備わっている。クリスも増やそうと努力はしているが、彼等ほどではない。
だからこそ短期決戦で集中してやるしかないのだ。全力でやったからこその疲れでもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます