143 家の土台
イザドラの家で一番大事なのは調合室である。彼女は採取と薬師スキル持ちだから、自分で調合まで行える。魔法士スキルも主にそちら方面に伸ばしているようだった。たとえば調合や探知、洗浄などもそうだ。
薬が上手く作れるかどうかは丁寧な作業ができるかどうかでも違ってくる。
屋根のある密閉空間というだけでも作業は捗るはずだ。
もちろん、それだけで終わらせはしない。
素材の下処理には水も火も必要になる。それを踏まえて簡易キッチンとしても使えるような汎用性を持たせた。洗い場は軽魔鋼で作った浅めの四角い形にし、蝶番とステーで固定する。排水溝には開閉式の穴を付けていて、外側に蛇腹ホースを取り付けられるようにしていた。穴にも蓋を付けているから、蛇腹ホースをたたんで仕舞ったあとは蓋をすれば隠れる。
水はタンクで汲んできて外側の台に乗せてホースを繋げればいい。
タンクは高い位置に置くため、折りたたみ式の階段を壁に填め込んだ。直置きしてポンプで汲み上げる方式も取れるが、両方用意したのは都市を出て野営する可能性を考慮したからだ。
クリスの家馬車の場合、水タンクは馬車の下に吊っている。調理場やお風呂が地面に置くタイプなのでそれで良かった。
とはいえ、普段は動かさないイザドラの家に、毎回階段を上がってタンクを運ぶのは手間だ。そのため直置きもできるようにした。
家の天井は低めで、住むのが大柄な男性だと圧迫感があるだろう。それでも、家馬車よりは広くて過ごしやすい。仕切りがほとんどないから部屋が広く感じられるのだ。
調合室とトイレ以外は生活空間になるが、全てが折りたたみ式のためフラットにすると広かった。
ベッドも机も椅子も全て備え付けで折りたためる。服はオープンクローゼットでハンガーに掛けてもらう。壁際に可動式のポールを設置しており、家を折りたたむ際には斜めに倒れる寸法だ。
調合室にテーブルやら水回りの桶、簡易コンロがある分、どうしても幅ができてしまう。その分を調合室がないスペースに集めた。
ベッドも折りたたむから布団やシーツを固定する紐を付ける。とにかく、荷物という荷物全てを固定し、最小の形になるべく配置した。おかげで不自然に空いた空間もあるが、そのあたりは仕方ない。寝転がっての休憩や友人を招いた時の宿泊場所にしてもらおう。念のため壁際に細長いテーブルを備え付けた。もちろんこれも折りたためる。
トイレは個室になっているものの、クリスが気分的に気になることから壁代わりとしてカーテンを引いた。レールを付けており、トイレだけでなくオープンクローゼットも隠せる仕組みだ。お客様が来た時のための目隠しである。
もっとも、折りたたんでなければベッドも丸見えの部屋だから、そこまでこだわる必要はないのかもしれない。
とにかく中は簡素に、荷物も極小になるよう壁に全て設置した。
素材も全部とまではいかないが調合室の棚に置けるようになっている。その分の幅はトイレの幅とで相殺になるよう計算した。トイレだけは折りたためなかった。
トイレのポットは外から簡単に取り外せるようにし、浄化の魔道具を設置する。幸い、ヴィヴリオテカは魔法都市だ。使い勝手のいい魔道具が多数ある。イザドラは魔法ギルドの会員なので安く買えるだろう。
屋根も貼り終わり、各部位が折りたたみと固定ができていることを確認すると今度は土台作りだ。
クリスはニウスを呼んだ。
のそのそ近付いたニウスに、クリスは小型化大型化を何度も見せてもらった。
「レールを乗せても大丈夫そうだね。甲羅に痛覚はないんだよね?」
「キュ」
「ピルル」
イサが通訳してくれる。しかし、何故かクリスにはニウスの言葉が分かった。
ニウスの甲羅は痛みも重みも感じないようだ。甲羅の上にレールを設置したままでも問題ないという。
家を乗せる土台は魔鋼でできたレールだ。甲羅に引っかけて固定する。
最終段階としてニウスに確認するが、大丈夫との答えだった。
魔鋼のレールは真っ直ぐで、甲羅は緩くカーブを描いている。下にサスペンションを合わせながら設置し、端は甲羅に引っかけた。これだけだと横には弱い。そのための固定を軽魔鋼で作ったワイヤロープで補強する。横と斜めにも引っかけるというわけだ。
最終的にイザドラが一人で家を折りたたんで下ろさなければならないため、できるだけ早く設置と取り外しができるように家は簡素化したが、土台だけは別だ。きっちり引っかけてもらう。
レールは長いため二つに分割できるようにし、後で困らないよう凹凸の形にした。ちゃんと右と左で色分けもしてある。そのレールを取り付け、固定のワイヤロープを引っかけると土台は完成だ。ここまではそれほど時間がかからない。
最大の難所はレールを曲げることだ。
既存のレールを、少しずつ曲げていく。さすがのクリスでも力業では曲げられないため、紋様紙【熱】を使った。このために用意していた大きな円状の鉄に魔鋼を沿わせながら、ゆっくりと押していく。熱が当たってない端の部分にワイヤロープを引っかけ、ペルにも引っ張ってもらうが、クリスは大量の汗を掻いた。
本来なら、馬や人の力では曲げられなかったろうそれを、クリスは「紋様紙が的確に作動したおかげ」だと勘違いしたまま終わらせた。使うべき紋様紙は初級の【熱】ではなく、上級の【錬金】だった。なのに出来てしまった。クリスはそれに気付かないまま、緩いカーブの付いたレールを作り上げた。
レールの下にはサスペンション付きの台を置き、ちょうどいい部分で切り落としたレールを繋ぎ合わせる。
これで家の移動が可能になった。
地面、ないし荷馬車から移動させるのにレールを使ったのは、人力でできるからだ。しかし、下から上へ引っ張り上げるのだけはどうしたって重すぎる。逆だって危険だ。
ここで魔道具が活躍する。ウインチだ。手動のウインチでも、ひょっとするとクリスなら引き上げられたかもしれないが、イザドラは普通の若い女性だから難しい。そのための魔道具だった。
これなら下ろす時も安心である。
早速引き上げてみたが、家はゆっくりとニウスの上に持ち上がった。
「うわー、すごい」
「あれは一体……?」
「クリスって何者なの?」
「そう言えば変わったスキル持ちだって言ってなかったっけ」
「君たちの知り合いじゃないのか?」
クリスの後ろから声が聞こえる。けれど、どこか遠い場所のようにも感じた。
まだスキルは切れない。
家がまだ出来上がっていないからだ。
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