142 折りたたみの家を作ろう




 さて、ニウスの本来の大きさは三メートルほどだという。それを、スキルで小型化したり大型化したりする。今のところ最小は一メートル、最大なら七メートルにまでなれるという。スキル発動の時間は長く、数日なら余裕で平気らしい。

 そして、家は折りたたみ式にする。となれば、最大のサイズに家を乗せることが可能だ。最大七メートルの幅の上に建つ。ということは、庶民の家なら十分に立派なサイズと言えるだろう。

 とはいえ、土台となる甲羅は本体より小さい。また、支えや重さを考慮すると、一戸建ての家そのものを建てるというわけにはいかなかった。一回りか二回りは小さくなってしまう。

 けれど、設計図を見たイザドラは満足そうだった。むしろこんなに広くていいのかと半分信じていない様子だ。そんなイザドラを驚かせたくて、クリスはそわそわしてしまった。とにかく早く作りたい。


 家馬車とペルは敷地の端に移動させた。地主がゆくゆくは宿をするというだけあって、庶民の家より広い土地だ。ニウスが最大サイズになってもまだ家馬車を余裕で置ける。

 ニウスには後ほど土台として頑張ってもらうつもりだが、まずは彼がいなくても作れるものから始める。


 クリスはすうと大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。

 家つくりスキルの発動だ。



 最初に手を付けるのは荷車だ。荷運びに利用した荷車を作り直す。頑丈な車輪や軸はそのままに、細長い荷台へと変更する。ニウスが小さくなった時に、折りたたんだ家を置いておくためのものだ。もちろん、ニウスに繋いで運べるようにする。

 七メートルサイズのニウスが家を乗せたまま移動するのは、都市では難しい。まず、道幅が問題になるだろう。そのため、小さなニウスでも引けるようにするのだ。

 ようはトレーラーのようなもので、ニウスが運転席のあるトラクター部分だとすれば、荷車がトレーラーになる。慣れないと運転は難しいかもしれない。

 幸い、空き地は下地区にあって、都市の南門までが近かった。南門から続く大通りへは真っ直ぐ繋がっているから曲がり角は一つだけ。そこさえクリアすれば外へ出る分には問題なかった。

 中地区や北門近くに引っ越ししたいなら、専門職の御者に頼んでもいい。とにかく大型の荷馬車だと思えば運転はできる。

 クリスは頑丈に足回りを作り上げればいいだけだった。


 荷車にジャッキとストッパーを付けて荷重の確認を終えると、次は家本体に取りかかる。空き地にシートと板を置いて作業場を作り上げてから始めた。

 最初に、土台となる頑丈な魔鋼の鉄骨を敷く。車輪を付けたもの、付けないものと分けて置いた。太い魔鋼は土台の軸となるため車輪付きだ。軸が縦だとすれば、横の部分は細めの魔鋼になる。最終的に横部分を折りたたむため、M字になるよう組んで固定だ。ステーを調整しながら設置した。広げた時に、魔鋼が勝手に折りたたまれないよう補強しなければならない。

 これらの構造は、設計の段階では折りたたみ作業テーブルを思い出して描いたが、どういうわけか細かい部分までするすると「想像」できている。

 家つくりスキルが発動している今、クリスは不思議にも思わず集中していた。


 土台が終われば次は床面だ。板材を張っていくが二重にはしない。その代わり床板には断熱効果のある薬剤を施している。素材はイザドラにも用意してもらった。

 フォキャという魔物の脂から作られるものだ。海に棲む魔物のため、大陸中央にある都市では高価な素材となる。が、そこは魔法ギルド所属の魔法士スキル持ちだ。値切りに値切って手に入れてきた。

 本当は皮の方が防水防熱効果は高い。が、とてもではないが手の出せる金額ではないため脂で手を打った。クリスなら魔女様に教えてもらったレシピで、少量でも伸びる薬剤を作れる。

 使うのは真正スライム粉だ。本物のスライムを乾燥させて粉にしたもので、特殊な効能があった。上手に「合成」すれば増殖してくれるのだ。今回ならフォキャの脂と混ぜることで同じ性能のものをコピーしてくれる。

 もちろん制限はある。それなりの魔力を要求されるし、特殊効果の高いものまでカバーはできない。あくまでも「スライムが擬態できるレベル」までだ。

 元々スライムは何かに擬態して脅威から逃れる性質があり、その能力を残しているのだろうと言われていた。

 魔女様が「レベルの低い生き物ならほとんど擬態できるはずだよ」と言っていたため、選んだ方法だ。


 そこでクリスは中級の紋様紙【合成】を使うつもりだった。

 しかし、ふと考えた。考えてすぐに可能だと思った。不思議な感覚だが、それについて考える余裕はなかった。


「ククリ、お願いがあるの!」

「あい!」


 ポンッと目の前に現れたククリは、心なしかワクワクしていた。一緒に転移してきたプルピも何やら楽しそうだ。彼等は家馬車の屋根からクリスの作業を見ていた。ここにいないイサは屋根に取り残されたのだろう。

 クリスはククリに頼んだ。


「この脂とスライム粉をくっつけてほしいの。分かる? 脂と同じ成分にするって意味だよ。『合成』できる?」

「できゆ!」

「うむ、ククリよ、やるがイイ!」


 プルピが偉そうに指示した途端に、ククリがくるっと回転した。クリスの両の手の上にあったガラス瓶の中身が片方は満杯に、片方が消えてしまった。

 クリスが成分を確かめる間もなくプルピが断言する。


「完璧ダ」

「ぺき!」


 クリスは一瞬気が抜けるのを感じたけれど、気合いで力を込めた。スキル発動中だ。決して気は抜けない。ククリには簡単に「ありがとう」とだけ告げ、作業を再開した。

 ククリは気を悪くした様子もなく、プルピに促されて家馬車の屋根まで飛んで戻ったようだった。


 断熱効果のある薬剤には防水防熱効果も含まれている。残しても仕方ないため、薬剤は細かい部分にも全部使い切るつもりだ。


 イザドラの家は、亀の上に乗せるという性質上、折りたたみと軽さを重視している。そのため壁が少ない。壁があるのはトイレと調合室のみだ。その調合室の壁は折れ戸タイプになっている。

 家全体を折りたたむため、それぞれ嵩張る部分は互い違いとなる設計だ。家具類も同じく折りたたみ式になる。全て押し引きできる形だった。

 窓も作るが、折りたたまない側にだけだ。その窓には外側に雨戸板と戸袋を作った。頑丈な一つ目岩の目玉ガラスで作るとはいえ、万が一倒れたら危険だ。折りたたむということは、不安定になるということでもある。念には念を入れる。

 外側には余ったフォキャの脂から作った薬剤を入念に塗り直した。


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