141 カッシーの愚痴と入市




 カッシーは肩を竦めると、すとんと座って溜息を漏らした。


「どうしたの?」

「体だけじゃなく心にも影響するんだろうなって思ったから」

「スキルが?」

「そう。実は僕、逆恨みされて呪いを受けちゃったんだけど」

「の、呪い?」

「その相手のスキルが厄介でさ。心にも影響してるんだろうなって、今、気付いたというか」


 その後、カッシーは怒濤の愚痴をクリスに零した。


 カッシーはニホン組の女性から呪いを受けたらしい。その理由はあまりにも呆れたものだった。


「僕の見た目が好みドンピシャだったらしくてさ。断っても付き纏われるし、一緒にいるカロリンも散々嫌がらせされたんだよね。それでハッキリ分かってもらうために他の人もいる中でキッパリと断ったんだ。そしたらさ――」


 恥を掻かされたと思った女性が怒り狂って呪いを発動させた。

 女性は上級スキル「呪術師」に中級スキル「巫女」まで持っていて、カッシーでは防げなかったそうだ。

 しかも、女性には取り巻きがいた。それまでチヤホヤされていたカッシーに恨みがあった彼等は、これ幸いとカッシーやカロリンに嫌がらせを始めたのだ。


「元々、物見遊山でペルア国の王都に出てきただけだしね。ギルド本部の空気も悪い。だからもういいやって、逃げてきたんだ」

「大変だったね」

「そうなんだよ~。で、ここで解呪ができる魔法使いを探すつもりだったんだけどさ」

「まだ見付かってないの?」

「それだよ! クリス、聞いてくれる? あのさ、情報料だけですっごく取られる上に、紹介料もバカ高いんだよ! あとご新規さんに厳しい!」

「あー。だよねえ」

「僕、全然悪くないのに、なんであいつのせいでお金貯めなきゃならないんだろ」


 ぶつぶつ言い出したカッシーに、併走しているカロリンが苦笑した。


「あれは災害よ。ああいうのがいるから、ニホン族ってだけで変な目で見られるのよ」

「二人はニホン族なんだね」


 クリスが確認として問うと、二人は気にすることなく頷いた。


「話していなかったかしら?」

「イザドラさんには話していたよね。それで伝わっていると思い込んでたんじゃない? 君って時々抜けてるから」

「言ったわね?」

「わー、ごめんごめん!」


 また二人がじゃれ合うので、クリスは話が流れてホッとした姿を見られずに済んだ。

 ここで「自分も転生者だ」とバラせるほどクリスは開き直っていなかった。いくらプルピたち精霊や妖精のセンサーが「問題なし」としていても。


 ともかく、彼等がニホン組に嫌な目に遭ったのは確かだ。積極的に関わりたくないと思っているのもよく分かった。


「王都から大挙して来るなら、絶対ニホン組もいるわよねぇ」

「どうしよう。彼女もいるかも」

「あの子は来ないわよ。冒険者の下っ端がやるような依頼、受けるはずないわ」

「あ、そっか」

「それより取り巻きの男たちよ。顔だけは上等だけど、なよなよして弱っちいったらない」

「カロリン、地が出てる」

「あら。おほほ。クリス、気にしないでね? いやだわ、つい前世の地が出ちゃうのよ」


 カロリンが取り繕う。どうやら彼女の「お嬢様」は今生で鍛えたもので、前世は違ったらしい。


「せっかく転生したのだから、前世の記憶なんて忘れてしまえたら良かったのにね」

「……そう、なの?」

「ええ。わたしはね。カッシーは記憶があって良かったらしいけど。わたしは嫌だわ」


 クリスはどうだろう。記憶があったからこそ、あの村を逃げるという選択ができた。ならば、あって良かったのだ。

 カッシーもクリスと同じような理由らしかった。もっと自由に生きたかったのに、エルフの町は閉鎖的だったようだ。両親ともギクシャクしていたらしい。


「ニホン組の話になると、ダメねぇ。やっぱり、わたしのお金を使って紹介してもらいましょうよ。解呪を済ませて、早めにヴィヴリオテカを出ましょう?」

「それは嫌だ。そのお金は君が戦って得たものだ。絶対に手を付けたくない」

「我が儘ねぇ」

「そこ、線引きしないとパーティーは組まないって約束したろ? 僕はヒモみたいな男になりたくないし、君とは対等でいる」

「あら。イケメンの発言ね!」

「ちょっ、僕は嫌だからね?」

「あなたの趣味は分かってるわよ。安心して。それにカッシーはわたしの好みから大きく外れてるから」

「はいはい」


 結局、またいつもの二人の会話に戻った。なんだかんだで仲良しの二人に呆れながら、クリスは家馬車を走らせ続けた。




 クリスたちが都市に入る列に並んでいると、王都から来たと思われる冒険者の馬車が次々と入っていった。クリスたちのように依頼を受けて戻ってきた冒険者は、初めて入る人よりは早く入れる。それでも十分優遇されているが、更に優先されるのだから、まるで貴族の扱いだ。

 事情を知らない一般列の人からは不満の声も上がっていたけれど、門兵が一声「あれはニホン組だ」と上げれば、皆が黙った。王都に近い場所なので、ニホン組に対する噂が多く出回っているのだろう。


 ヴィヴリオテカに戻ったのは遅い時間だったから、ギルドには翌朝向かうことにした。

 カロリンたちは宿を引き払っており、予約も入れていないという。今回の依頼は数日かかる予定だったので失念していたらしい。早く終わって良かったのはイザドラとクリスだけで、カロリンとカッシーは宿無しである。数日前のクリスのような状態なのに、二人は気にもしてない。あっけらかんと話すからクリスは唖然とした。

 適当にするという二人を引き留めたのはイザドラで、仲良く空き地にテントを張って休むことになった。

 クリスだけ家馬車で寝るので申し訳ない気持ちになるが、三人とも「町中でテント!」と楽しんでいた。



 翌日は朝から大忙しだ。クリスはまずギルドに行って依頼完了届けを出した。イザドラのサインが入ったものだ。カロリンたちとはそこで別れた。彼等も依頼を見付ける係と宿を探す係で別れるようだ。どうしても宿が見付からない場合はまたお世話になりますと伝言を頼まれた。

 クリスは急いで空き地に戻った。後回しになっていたイザドラの家を作るためだ。

 イザドラ自身はテントの前に置いてあるテーブルの上で依頼の薬を作成する。危険な素材もあるため、ニウスが壁になっていた。ニウスに危険はないのか心配になるが、本妖精いわく「頑丈だから」問題ないのだそうだ。

 そもそも頑丈だからこそ、彼の甲羅の上に家を置くと決めたのだろう。

 そのあたりについては深く追及しなかったクリスである。

 ふたりが納得しているのならいい。クリスは家を作るだけだ。


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