140 ダミー紋様紙と愚痴




 クリスが提案したのは紋様紙【探知】の使用だ。クリスも使った経験がある。その時は人や獣に絞って探したけれど、今回は違う。


「これを使って地面にある光を探すの」

「そんな細かい設定ができるものなの? あたし、探査魔法も覚えたけどそこまで精度良くないよ」

「逆に絞れるから探しやすいんだよ。漠然と探すと魔力だけ食ってダメなんだって」

「そうなんだー。って、なんで知ってるの?」


 魔女様を思い出してつい答えてしまったクリスだったが、慌てて手を振った。


「魔法使いの人が話してたのを聞いたの。それより、やってみる?」

「うん、やるやる。銀貨五枚なら全然オッケー」

「じゃあ、使うね。集中したいから離れててくれる?」


 クリスの言葉を受けてイザドラが後退った。ついでに話し合いに気付いて近寄ってきていたカロリンたちも離れてくれる。

 彼等を遠ざけたのはもちろん言葉通り、集中したいからでもあった。

 けれど一番の理由は――。


「ピッ」

「ありがと。そこで壁になっててね」


 イサが空気を読んでクリスの手元に飛んできた。クリスが紙挟みポートフォリオから紋様紙一枚を取り出して屈むのに合わせて、わざと膝に止まり直す。そのままバサバサと羽を動かすのはクリスの手元を隠すためだ。

 クリスが紙挟みポートフォリオから取り出した紋様紙はダミーである。遠目には何が書いてあるか分からないだろう。もし荷物を奪われた場合、惜しくないように紙挟みポートフォリオにはダミーも入れていた。

 全く意味のない、クリスが趣味で描いた迷路の模様だ。

 その上に、ポケットからクリス専用の小さい紋様紙を取り出した。

 魔力をほんの少し乗せる。指向性を持たせた紋様紙は、クリスの指令を受け取ると魔法を発動させて消えた。


 どこにあるのかはクリスだけに分かる。けれど、上級の魔法士スキル持ちなら魔法の動きを捉えられるだろう。

 イザドラもなんとなく分かったらしい。


「あっ、あそこ!」


 イザドラが走って向かった先に、とても小さな光がある。

 クリスはその間にカロリンとカッシー、イサを次々と指差しながら叫んだ。


「手伝って! あっち、そこ、ここ!」

「分かったわ!」

「う、うわ、待って」

「ピッ」


 一度に覚えるのは限度がある。範囲も広いため、クリスは近場の分かった場所だけを指差し続けた。その間、みんなが走り回って目印となるものを置いていく。石だったり、近くの草を折ったり。

 イザドラは何も考えずに採取を始めていた。



 笑い茸は赤ちゃんの小指の爪サイズだった。

 カッシーが「これならマツタケの方が探すの簡単じゃない?」とぼやき、カロリンは「まるで探したことがあるみたいな言い方ね」と笑って返している。

 イザドラは「マツタケってなーに?」と特に知りたいわけでもなさそうな、適当な問いかけをしている。カッシーが「地元に自生してた茸」と答えているのに、相槌さえ打たない。カロリンは笑ったままだ。

 クリスは指示が終わったので、イザドラの助手として採取用の紙を濡らして笑い茸を一つずつ包んでいた。

 イザドラが質の良い笑い茸を選び、受け取ったクリスが包むという役目だ。


「クリスは丁寧だから助かるわー。よし、これで終わり。十分採取できたよ」

「それなら、とりあえず馬車まで急いで戻りましょうか」

「そうそう。もう、夜だよ。危険だからね」

「あ、そうだった! ごめんね、二人とも。それにクリスも」

「ううん。提案したのはわたしだから」

「さあさ、そういうのも後回しよ。遠いけれど魔物の気配がするわ。急ぎましょう」


 カロリンに背中を押され、クリスたちは急いで馬車がある野営地まで戻った。




 夕飯はクリスが作った。イザドラがそわそわしているから「作業しておいでよ」と促した。採取した品があれば早く手を付けたい、その気持ちは分かる。クリスも自分用に採取したものなら、さっさと片付けてしまいたい。

 幸い、料理の下処理は昨日のうちにイザドラがしてくれていた。焼けばいいだけの肉の塊と、あとはシチューを作ればいいだけだ。

 ただ、昨日のイザドラほど美味しくないだけで。


 クリスが落ち込んでいたからか、カッシーは「大丈夫、食べられるよ」と笑顔で慰めてくれた。全然慰めになっていなかったが。

 そしてカロリンはといえば。


「安心して? わたしも料理はさっぱりなの。だけど、こうして生きてるわ」

「そこまでひどい料理ではなかったですよね!?」

「ふふ。元気になったわね」


 どうやらカロリンなりの慰めらしかった。クリスは肩を竦め、シチューの残りを平らげたのだった。



 翌朝は印を付けていた花火草を採取してから帰路に就いた。

 最短だと二泊で戻れる予定ではあったが、こうも上手くいくとは思っていなかった。ホッとしたいところだが、まだ気は抜けない。都市に戻るまでが仕事だ。

 それはカロリンとカッシーも同じで、気楽に話をしながらも警戒はちゃんとしていた。カロリンはペルの上から、カッシーは御者台からだ。

 見付けた土鼠もすぐさま倒す。カッシーが狙い撃ちして、逃げた分をカロリンが追いかけてペルの足で踏み潰していた。


「馬車には近寄ってこないだろうけど、村が近いからね」

「あんなに遠くの小さな魔物まで弓で射るなんて、カッシーはすごいね」

「スキルがあるおかげだよ。とはいえ中級の大弓スキルじゃないから、この程度だけど」

「そうかなあ。わたし、大弓スキル持ちを知ってるけど、そんなに差があるように思えないよ」

「うーん。あ、もしかして、弓はこんな大きさだった?」


 カッシーが持っているのは一メートルぐらいの大きさだ。クリスが頷くと、彼は笑った。


「大弓スキル持ちだと精度も良くなるけど、一番は大型の弓を持てることなんだ。飛距離も異常だし、人間業じゃない。その人は大型弓を持つ必要がないから通常の弓で狩りをしていたんじゃないかな」

「そうかも。森の中だったし」

「森の中で大型弓は要らないからね」

「そっか」

「だけど、大型を持てるんだから力も相当なものだと思うよ。体の芯もしっかりしていたんじゃないかな」


 クリスが首を傾げると、御者台に座っていたカッシーが立ち上がった。


「こんな風に動いてるものの上でも片足で立てたり」

「わっ」

「不安定な場所を走って行けたりするんだよ」


 言われてみると、そうだったかもしれない。シエーロで仲良くなったマリウスは、巨樹の上という枝ばかりの場所をひょいひょいと走って魔物を狩っていた。クリスが足下を気にしながら魔物退治していたのとは全然違った。


「そう言えば身軽だったね。木の上も飛ぶように進んでたもん」

「スキルって身体にも影響するからね」


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