134 脱線の後に突然のパス




「分かった分かった。君の男の好みについてはまた聞いてあげるから、話を進めよう」

「あら、そうね」

「あたしが余計なこと言ったからよね! ごめんね~」


 クリスが魔女様を思い出している間に、脱線していた打ち合わせが再開した。

 カッシーが進行役となって、護衛上の問題点を説明している。


「東の森まで行くなら途中の村で休んだ方がいい。慣れていないと野営は疲れるよ。その後で採取をするなら尚更、万全の態勢で挑んだ方がおすすめだけどね」

「うーん。分かったわ。できれば早朝から晩まで採取したかったんだけどなー」

「夜の森で野営は危険だけれど、イザドラさんは経験あるの?」

「ここへはギュアラからの定期便を使って来たの。だから一応、野営の経験はあるよ」

「それじゃあ、ダメね。定期便の野営場所なんて街道沿いの専用休憩場じゃない。安心安全だわ。他にも隊商がいたでしょう? みんなそうして危険を回避しているのよ。カッシーが言う通り、森の近くでの野営は素人さんには危険だわ」


 イザドラは二人に窘められ、計画を考え直そうか悩んでいるようだった。彼女はどうしても早朝に森へ入りたいらしい。カロリンとカッシーが理由を聞いた。


「依頼の品を作るのに花火草が必要なんだけど、ちょっと危険なものなんだよね。だけど早朝なら安全に採取ができるの。笑い茸は夕方の方がいいし」

「うーん。そういう事情なら仕方ないかなぁ」

「カッシー、早計よ。イザドラさん『安全に採取ができる』というのはどれぐらいを指すのかしら?」

「花火草の実って、衝撃を与えると火花が飛び散るのね。そうならないように普段は水分の多い葉で守られてるんだ。だから採取する時は葉を剥いて取り出すの。繊細な作業だから保護用の手袋は付けられない。だけど失敗すると火傷を負うぐらいは危険。ところが、朝なら自然に葉が開いていて、朝露もあるから火花は出ないって寸法なんだ~」


 イザドラの説明に二人の冒険者は唸った。護衛として頼まれた以上、火傷を負うような採取はさせたくない。かといって慣れない素人を一人抱えての野営は危険だ。

 するとイザドラが、ついでとばかりに他の素材の採取について語り始めた。


「土糊は東の森の湿ったものじゃないとダメだし、フラルゴは森の奥にしかないと思うよ。フラルゴって魔力素を吸い上げた野生の綿花だからね。森の浅いところにはないもん。あと、笑い茸は夕方しか見付けられない。だから、やっぱり森の近くじゃないと難しいよ~」


 本当は森の中で野営したいぐらいだと言い出して、カッシーは頭を抱えた。

 カロリンは細い指で顎をトントンと叩いている。そんな姿を見ていると本当にお嬢様に見えた。カッシーの言葉はあながち嘘ではないのだろう。

 それに先ほどまで品のある仕草でお茶を飲んでいた。

 クリスが美しい所作のカロリンを眺めていると、彼女が急に視線を向けてきた。


「あなた、冒険者と言ったわよね?」


 フードの中が揺れた気がした。背中を蹴ったのではなく振動だ。

 プルピが笑っているのだろうと気付いて、クリスは溜息を漏らしかけた。


「……冒険者ですけど低ランクです」

「ランクは何かしら?」

「……銀級です。最近昇級したばかりで全く実力不足の銀級ですけど」

「ふふ、そうなのね」

「カロリン、まさかと思うけど、こんな小さな子を誘う気?」

「その、まさかよ」

「止めなよ。可哀想じゃないか。小さい女の子に野営のある依頼を受けさせるなんて、いい大人のやることじゃない」

「あら、でも彼女は旅をしてきた冒険者よね。そこにある家馬車とやらも、彼女のものでしょう?」


 ついでに馬もいる。カロリンの視線が家馬車からペルに向かうのを見て、クリスは今度こそ溜息を漏らした。


「うふ。どうかしら。イザドラさんの依頼のためにも一緒に頑張ってみない?」

「カロリンさんは悪い大人ですね!」

「まあ! それは褒め言葉よ」

「カロリン、悪趣味な言い方するの止めなって。本当にごめんね、クリスちゃん。カロリンはこんなだけど、根は良い奴だから。あと、実は当てにしてしまう気持ちは僕も同じでさ」


 カッシーは直球で頼んできた。さっき家馬車を眺めてみて、これほどしっかりした作りの馬車はないと感心していたのだそうだ。

 そして、これがあれば森の近くで野営するのも楽だと思ったらしい。

 確かにそうだろうとクリスも思う。彼等の話を聞いていて、自分の家馬車なら問題ないなと考えたのだから。

 けれど、他人を家馬車に泊めたくない。

 エイフでさえ、最近ようやく居間で休むようになったぐらいなのだ。


 そんなクリスの気持ちが伝わったらしい。

 カロリンとカッシーは視線だけで会話し、諦めたように頭を振った。

 けれど、諦めきれなかったのはイザドラだった。


「クリス、一緒に来てもらうのはダメ?」


 しょんぼりした上目遣いのイザドラに、クリスは言葉に詰まってしまった。

 すると、これ幸いと思ったカロリンが後押しを始めた。


「わたしたちは、あなたの家馬車に泊まらないわよ? 中にも入らないと誓うわ。自前のテントもあるもの。収納袋だってあるわ」

「僕たちは見張りも兼ねて起きてないとダメだからね」


 カッシーまで参戦してきた。

 イザドラも目をキラキラさせて頼み込んでくる。


「あたしも絶対に中のものに触らないから。寝袋も持参するよ。あっ、御者台を貸してもらえたら、そこで寝るから!」

「……それじゃあ家馬車で行く意味ないじゃない。だってテント泊の野営が大変だから問題になってるんでしょ?」

「そう言えばそうだったね!」

「第一わたしは戦力にならないよ。それに仲間が馬に乗って出掛けてるから、ペルちゃんだけじゃ家馬車を動かすのは厳しいと思う。そこに追加で三人も乗せるなんて無理だよ」


 ここまできたら受けてもいいかもと思い始めていたが、懸念事項を潰しておかないといけない。クリスが問題点を口にすると、イザドラがそわそわした様子でサッと手を挙げた。


「はいはい! 提案がありまーす!」


 残りの三人がイザドラに注目した。クリスのフードの中はもはや隠す気のない振動だ。プルピはきっとイザドラが何を言うのか分かっていたのだろう。

 イザドラは得意げに、こう言った。


「うちのニウスに引いてもらえばいいんだよ!」


 そうだと思った。クリスは納得し、カロリンとカッシーは顔を見合わせてから笑い出した。

 背中の振動も楽しそうだった。


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