133 お茶の話題から打ち合わせへ




 シエーロで手に入れた高級茶葉の煎れ方はナタリーから教わった。

 茶葉自体は、巨樹の問題を解決したお礼として受け取ったものだ。ほとんどはエイフの収納袋に入っているけれど、すぐに使えるようにと家馬車にも置いていた。クリスのポーチにも、ほんの少し取り分けてある。

 こんな風に物をあちこち分散するのはクリスの癖だ。万が一を想定している。これは魔女様の薦めたサバイバル術でもあった。彼女はよく「いつ何時、事件に巻き込まれるか分からないからね」と苦々しく語っていた。どうやら過去に何度も「事件」に巻き込まれたらしい。

 幸いにして今回は物騒な事件ではなく、平和なお茶会に役立った。



 ペリン茶は大好評で、特にエルフのカッシーが喜んだ。


「これ、シエーロ産なんだね。すごいな~」

「カッシーさんはダソス国の出身なんですよね?」

「カッシーでいいよ。僕はダソスの王都に近い町の出なんだ。割と栄えてたけどシエーロほどじゃなかったし、そもそも王都よりシエーロの方が人気はあったんだよね。みんな憧れてた。ただ、森の中にあるから気軽に行ける場所ではなかった。僕も結局、行かなかったなぁ」


 どこか懐かしそうに言う。彼は王都から直接ペルア国に出てきたそうだ。その方が安全らしい。街道も立派で隊商もひっきりなしに通るらしい。

 実はシエーロ産のものは一度王都へ運ばれてから、各国へ輸出するという。

 森の中を運ぶため輸送費だけでも高くなる。

 ましてや、ペリンの茶葉は高級だ。


「シエーロ産のペリン茶なんて夢のまた夢だよ。庶民じゃ買えない値段になってたんだ」


 新芽ではない二番手三番手の茶葉でもまだ高い。そのためダソス国の王都で流通していたペリン茶は、同系統の葉から作られていたそうだ。それでも滅多に飲めなかったというから、いかにシエーロ産が高いかが分かる。

 クリスは思わず「ヴィヴリオテカで売ったら幾らになるか」を考えてしまった。それが伝わったのか、フードに隠れていたプルピが背中を叩いた。

 分かってる、という意味でクリスは肩を上げ下げする。ほんのちょっと考えただけだ。売るつもりはない。気に入っているし、もう二度と手に入らないかもしれないのだから。

 羨ましそうなカッシーには、カロリンが「贅沢させてもらったわね。偶然に感謝しましょう」と上手にフォローを入れてくれた。



 お茶の話で盛り上がった流れのまま、何故かクリスも同席することになった。

 一応、席を立とうとはしたのだ。けれど、三人とも「一緒にお茶を飲もう」と止めてきた。そして誰も気にせず、唐突に打ち合わせが始まった。

 そもそも、イザドラが薬の素材集めで外に出るから護衛を依頼したという。しかし、クリスが見る限り、近くの森なら一人で行っても問題ない。不思議に思っていたら、気付いたカロリンが説明してくれた。


「最近、この辺りが物騒なのよ。小さいけれど魔物がよく出てくるの」

「あんなに手入れされた森なのに?」

「そうなの。ヴィヴリオテカの魔法使いが巡回しているというのに、変よね?」

「それだけどさ、最近は外壁の外にまで巡回は出てないって噂だよ。僕調べだから、完璧な情報じゃないけど」

「頼りないわねぇ、カッシーの情報」

「君は何一つ情報を集めないんだから、偉そうに言わないでくれるかな?」

「あら、そんな顔で言ってもわたしには効かなくてよ?」


 カロリンはお嬢様みたいな上品な笑みでカッシーに返す。カッシーは微笑んでいるから怒っているわけではない。嫌味のつもりだったかもしれないが、クリスの目には二人がじゃれているようにしか映らなかった。

 イザドラも同じだったらしい。呆れた表情で頬杖を突いて眺めている。


「あなたたち、仲が良いのね~。男女二人の冒険者パーティーって大変そうなのに、上手くやってるんだ?」

「わたしたちはちょっと特殊かもしれないから、比較対象にはならないわよ?」

「そうそう。だけど、確かに男女のパーティーは揉めるって聞くけどね」


 二人の話を聞いて、クリスはエイフと自分を目の前の二人で「比較」してみた。

 ポンポンと言い合いながらも、カロリンとカッシーには深い信頼関係が見える。どちらも互いの力量を理解しているようだった。もちろん、パーティーを組むのだから互いにスキルを公開しているだろう。けれど、そうではない「理解」が透けて見えるのだ。

 きっといろいろあって二人で乗り越えてきた。だからこその信頼関係であり対等な関係なのだろう。

 クリスが少し前から抱いている焦燥感のようなものが、彼等には一切感じられない。


 クリスはエイフとの力の差に焦っていた。

 離れている今、少しでも差を縮めたいと思って動き回り、打ちのめされたばかりだ。

 だからカロリンとカッシーの関係が眩しい。


「僕らの間には恋愛感情がないから上手くいってるのかもね」

「それもあるわね!」

「えぇー、男女二人のパーティーなのに何もないの~?」

「ないない。僕はこんなお嬢様系、好みじゃないもん」

「あらぁ、わたしだって自分より細い腰の男は好みじゃないわ。ふふ。わたしはね、しっかりと筋肉の付いた男らしい男が好きなの」


 そう言った時のカロリンは妖しい雰囲気で、クリスは思わずビクッとしてしまった。何故だろう、若く美しい女性だというのに老獪な気配を感じたのだ。

 たとえるなら魔女様に近い。長く時を生きた、魔女の重みに似ている。


 もっとも、クリスの知っているあの・・魔女様に、妖しい雰囲気はなかった。若い頃はさぞかし綺麗だったのだろうと思うが、妖艶というタイプでもない。たぶん、甘い言葉を一切使わなかったから、クリスの中でイメージが固まってしまったのだ。

 とにかく厳しい人だった。

 ただ、魔女様は結果として、クリスのためを思って扱いてくれたと思う。生きるのに役立つ情報を叩き込んでくれたし、収納袋のポーチまでくれた。

 言動がきつかったためにイマイチ有り難みを持てなかっただけで。今ならお礼もちゃんと言えるだろうが、当時は「あの、ありがとうございます?」みたいな曖昧な言い方しかできなかった。子供だったというのをさっ引いても、ひどい返事だ。とても反省している。

 もしまた会えるなら、ちゃんとお礼を言いたいが、会えるとは思っていない。どこに行ったのか何をしているのか、何も分からないからだ。

 そしてクリスは、あの村に戻るつもりはなかった。


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