132 イザドラの縁
残りの材料を買い集め、イザドラがテントを張っている空き地に戻ると、家馬車の前に誰かが立っていた。一人が手前に、もう一人が家馬車の裏側にいるようだ。念のためにと【防御】の紋様紙を使っていたけれど、クリスは急いで駆け寄った。
「何か御用ですか?」
「あ、ごめんなさいね。ここってイザドラさんが住んでるのよね? ええと、あなたはイザドラさんのお友達かしら?」
振り返ったのはゴージャスな女性だった。金髪の巻き毛が綺麗にセットされており、それだけでも目立つのに、美人かつスタイル抜群だ。お化粧ばっちりのため少々見た目がきつく見えるけれど、言葉付きや態度は嫋やかである。
彼女に敵意はなく、むしろクリスの方に何かあるのではと様子を窺う気配だった。
クリスは警戒を隠して自己紹介した。
「友人のクリスです。イザドラから依頼を受けています。その作業のために戻ってきました」
「まあ、そうだったのね。もしかして同業者かしら。繋ぎ服が素敵ね」
「あ、これは――」
揶揄したわけではないだろう。それは分かっているが、美女の台詞にクリスは気後れしてしまった。
今日の格好は冒険者服でもあり作業服でもあった。つまり、動きやすくて汚れても構わない服装だ。女の子らしくはない。
対して、美女は白をメインとした生地に白のレースや小さなフリルが付いたドレス姿である。ところどころに黒の差し色があるけれど、ほぼ白の美しい服装だ。ドレスは膝下十センチメートルの丈が絶妙で、野暮ったくもない。きっと自分がどのように見えるのか完璧に分かっていて誂えている。
革靴もつま先が丸く、紐はオシャレに編み上げられた素敵なデザインだった。クリスが履くような安全靴タイプではない。
思わずカーッと赤くなったクリスに、美女は「あら」と素っ頓狂な声を上げた。
「いやだ、わたし、変なことを言ったかしら」
「カロリン、また何かやったの?」
「やってない、とは言い切れないわね。ダメねぇ、わたしったら」
「カロリンは令嬢癖が抜けてないんだよ。ごめんね、お嬢ちゃん」
話し掛けてきたのはエルフの男性だった。すらりとした背の高い美男子だ。服が燕尾服のような形をしているものの全身が黒くて細部が分かりづらい。不思議な格好だった。
それよりも顔だ。とても美形だった。エルフならこうだろうと思えるような、繊細な美しさだ。天空都市シエーロで友人になったマリウスも美形ではあったが、少年らしい性格のためかどうも「美人」とは思えなかった。
けれど、目の前の男性は明らかに美人だ。しかも、バサバサとした豊かで長い睫毛だというのに、全くおかしく見えない。男装の麗人と言われても納得の、美しさだった。
ただ、彼には胸が全くなく、腰にもくびれがない。
二人組の美形に内心でおののきながらも、クリスは確認のため口を開いた。
「あの、あなた方はイザドラの?」
「あら、ごめんなさい。名乗るのを忘れていたわ。わたしはカロリンよ」
「……カロリンさん?」
なんだ、その名前。と思ったクリスだけれど、頑張って心の中で留めた。
しかし相手は分かっているとばかりに笑った。
「本名じゃないわよ? 事情があって仮名なの。ごめんなさいね」
「いえ」
「僕はカッシーだよ。一応、本名だからね。エルフ名もあるけど、そっちは捨てたんだ」
「あ、はい。わたしはクリスです。冒険者もやってます」
「ほら、やっぱり同業者だったわ」
「……カロリンさんも冒険者なんですか?」
ついでにカッシーにも視線を向ける。二人とも頷いた。それから互いに互いを指差して話し始めた。
「カロリンがそんな格好してるから信じてもらえないんだよ。毎回毎回」
「あなただってエルフなのに変な格好してるじゃないの」
「エルフだからって薄いピラピラした服は着ないって言ってるだろ。好きな格好して何が悪いんだよ」
「悪くないわ! 好きな格好、とても大事よね!」
そう言うとクリスに向かって微笑んだ。
「わたしたち、こんな格好をしているけれど冒険者よ。金級のね」
「よろしく、クリスちゃん」
「あ、はい」
クリスは唖然としたまま、美形二人組に頷いていた。
困惑したのは束の間で、事態を解決に導いたのは暢気に戻ってきたイザドラだった。
「あれー、もう来てたんだ! ごめんごめん」
「イザドラさん、遅いわ。ご友人にびっくりされちゃったじゃないの」
「あっはー。ごめんねー! クリスも驚いたよねぇ。この人たちが依頼した冒険者なの」
説明されてようやく納得した。確かにイザドラは冒険者に仕事を頼むと話していた。打ち合わせをするなら自宅に招くこともあるだろう。自宅といってもテントだが。
そこで、クリスはちょっぴり嫌な予感がした。おそるおそるイザドラに確認する。
「イザドラ、まさか打ち合わせをテントでするなんて言わないよね?」
「するよ? ていうか、ニウスをテーブルにして、椅子はそのあたりの石を――」
「イザドラ?」
低い声で名前を呼ぶと、イザドラは口を閉じた。
「こっちが仕事を依頼するとはいえ、相手はお客様だよ? お客様に、そんな対応は良くないんじゃないかな?」
「……はい」
「テーブルと椅子は持ってるから、わたしが用意する。待ってて」
「はい!」
イザドラの横ではカロリンとカッシーが笑いを堪えていた。全く堪え切れていなかったけれど。
家馬車には外で食事するためのテーブルや椅子を一式積んでいる。後ろの開き扉から入ってすぐのところに物置があり、片付けていた。
クリスは、折りたたみ式のテーブルや椅子を下ろした。その間にこっそり、イサとククリを家馬車の中に隠す。何かやらかしそうなククリを止めるのはイサに任せた。プルピはローブから出たがらなかったのでそのままだ。
「お茶を入れるね。上手じゃないけど」
「飲めたらいいよ~。うちには茶葉なんてないもん。ありがとう、クリス!」
というイザドラの言葉で、彼女はお茶すら出す予定がなかったのだと知った。
カロリンたちは相変わらず笑いを堪えて真顔を作ろうとしていたけれど、クリスが簡易コンロでお茶を入れたあたりから表情を変えた。
「あら、とても良い香りだわ」
「本当だ。爽やかな匂いがするね」
「わぁ、綺麗な緑! 美味しそう~!」
三人に煎れたのはクリスのとっておき、ペリン茶だった。
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