131 家つくりに必要な段取り




 クリスがザッと描いた設計図を見て、イザドラはゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして改めて、クリスに家を作ってほしいと依頼した。

 金額は必要な素材一式にかかる費用+エイフが戻ってくるまでのクリスの滞在費を請求する。滞在費とは、家馬車の預け賃とクリスたちの食費だ。これならクリスは全然足が出ない。

 イザドラはそういうわけにはいかないと言い張ったけれど、彼女がいなければクリスたちは明日にでもヴィヴリオテカを出るところだった。

 そうなればもっと費用はかかっていたはずだ。

 渡りに船だし、合間に何か依頼を受けられたら御の字である。

 家を作るだけならさほど時間はかからない。むしろクリスの方がもらいすぎな気もしている。なにしろ短くて一週間、長いと二週間近く滞在するのだから。


「いいよぉ、それぐらい。全然問題ない。建築ギルドで頼んだら時間とお金が何十倍もかかるもん」

「だったらお互いに得しかないよね」

「うー。分かった。あたし、美味しいものいっぱいクリスに貢ぐから!」

「その言い方やめてー」

「あはは!」


 イザドラはニウスの上にうつ伏せになって大笑いし、転げ回って地面に落ちた。黒いローブを着ているとはいえ泥だらけだ。

 ニウスは「やれやれ」といった様子で彼女を優しい目で見ていた。




 翌朝、クリスは朝のうちにペルと家馬車を空き地に移動させ、早速素材の仕入れに向かった。イザドラは昨日のダメになった仕事の関係で冒険者ギルドだ。


「ククリ、ちゃんと髪の毛の中に入ってる?」

「くっつく!」

「くっつくのも大事だけど、ちゃんと隠れててね」

「あい」

「プルピはフードの中かな。軽いから全然分からないなー」

「隠れテイロと言ウカラ、黙って静カニしているトイウノニ。全ク、オヌシとキタラ」

「あれ? プルピ、言葉が変じゃない?」

「……変トハ何だ」

「ところどころ滑らかというか。通じてるというか」

「馬鹿者。元から通じてオルワ」

「あ、うん」


 ――もしかして、練習しているのだろうか?

 想像すると面白く、しかも隠れてやっているのかと思ったら可愛く思えてきた。クリスは笑いが漏れるのを必死で押さえながら、町を歩いた。ただ体が震えていたためプルピにはバレたようだ。背中をぽかぽか叩くのが伝わってきた。……ひょっとすると蹴っていたのかもしれないが。



 プルピたちはヴィヴリオテカ近辺の精霊や妖精と挨拶を終え、珍しい場所がないかと飛び回っていたそうだ。残念ながら収穫はなかったらしく、クリスが面白い家を作ると聞いて喜んでいる。今日はクリスといるのを選んだようだ。

 ククリはクリスの髪の毛の中に押し込んで、プルピはフードの中、イサはいつも通り肩に乗っての移動だ。

 イサは姿が小鳥なので、大抵の人は「可愛いペット」として見ているようだった。妖精だと気付く人もいるが、なにしろ魔法使いの多い都市だから妖精や使い魔も多くて目立たない。


 使い魔とは、獣を召喚して契約したものを指す。上級の召喚士スキルなら魔物だろうと妖精だろうと「使い魔」にできるらしい。イサの場合は誰とも契約していないため、レベルの高い召喚士スキル持ちに「強制」されたら危険だ。幸い、プルピの庇護下にあるためはね除けられるらしいが。


「イサ、上司に精霊がいて良かったね~。上司っていうのは責任を取るためにいるんだもんね。精霊様々だよ」

「ピッ」

「馬鹿者。ただの精霊デハない。ワタシヲ何と心得ル」

「プルピ様でーす」

「……」

「イタタ、ちょっと加減してー。いくら頑丈だからって、わたしだって痛いんだからね!」


 今度こそ間違いなく蹴ったらしい「上位精霊の」プルピに文句を言いながら、クリスたちは下地区の木材販売所までを歩いた。

 ちなみに今のプルピはじゃれているのであって本気ではない。彼が本気で怒ったなら、こんな程度では済まないだろう。そしてプルピは心の狭い精霊ではないから、こんなことぐらいで怒りはしないのだった。



 まずは荷車の土台となる車輪や軸を購入し、お店に頼み込んでその場で組み立てた。あまりに早く組み立てるので、店にいた大工たちが驚いたぐらいだ。家つくりスキルを発動せずとも、家馬車を作った経験が生きたようだった。

 部品で購入したのは、完成品を購入するよりも安く済むからだ。また使い勝手の良い形に仕上げられる。荷車は最終的にイザドラの家を積む。どれだけ軽くしようとも、家は家だ。その重さに耐えられる仕様にしなければならない。

 よって、ただの荷車とは思えないほど足回りは立派になった。


 それから、必要な素材を買い集めては荷車に乗せた。木材だけではない。軽魔鋼も仕入れる。金属としては弱いが、その分軽くて扱いやすい。仕組みを考えさえすれば女性が触れる分には問題のない強度だ。

 木材も軽いものばかりを選んだ。その分、長持ちはしない。しかしイザドラが欲しいのは「ヴィヴリオテカにいる間の家」だ。十分に利用は可能だった。

 また木材にきちんとした処理さえすれば、持ちは良くなる。処理に必要な薬剤のレシピは頭に入っている。素材はイザドラも集めてくれるというから、クリスの作業に時間はかからない。


「一つ目岩の素材が余っていて良かった。これを窓ガラスに使うとして、あとは――」

「スライムパウダーと汚物タンクがイルノデハナイカ」

「あ、そうだったね。その前にヴィヴリオテカで汚物を処分する方法を確認しておかないと」


 最終的にトイレから出た汚物は処理する必要がある。都市によって明確なルールがあるため、勝手はできない。薬草ポットと一緒にゴミ処理ができる都市もあれば、ゴミ処理施設に直接持っていく場合もある。


「公営トイレの様子だと下水道はきちんと管理されてるんだよね。個人宅のも地下に流してるみたいだから、厳しいかもね」


 というわけで、荷物を一度置いてから役所に向かう。

 その役所で確認したところ、下水道に直接流せない家の場合は、都市専用の簡易薬草ポットを設置する必要があると分かった。また、スライムパウダーを入れて使用するよう指導された。登録すれば月に一度、回収業者が来てくれる。スライムパウダーにも指定があった。冒険者が買うタイプではダメらしい。ゴミ処理施設の火力と相性が良い配合というのがあるそうだ。


「聞いて良かった……」

「うむ。ソウデアロウ?」

「プルピ様、ありがとうございます」

「またオヌシは――」

「ぷるしゃまー」

「ククリ、頭の上から出てない? 隠れててね?」

「あい」


 編み上げた三つ編みの中にもぞもぞ潜る。その感触に笑いながら、クリスは後ろに手を回してプルピの入ったフードをポンポンと叩いた。


「本当に感謝してるんだよ」

「ム……」


 静かになったプルピがどんな様子だったかクリスには分からなかった。

 ただ彼がククリと同じようにもぞもぞとしているのだ。問題はない。


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