130 家の希望を聞く




 クリスの大きな溜息を聞いて、イザドラは唸った。


「あ、ごめんね。こんな話」

「ううん。違うの。あのね、もし良かったら、うち来る? テントだけど」

「えっ、いいの?」

「うん。ていうか、冒険者だったらテント持ってるよね。それを張ってくれてもいいし、なんだったら家馬車持ってくる?」

「……えっ?」


 クリスは目を見開いた。それを見て、イザドラは「ふはっ」と声を上げて笑う。


「クリスったら、さっきと全然違う顔してる」

「だって!」

「あはは。とにかくさ、聞いてよ」


 と言って語り始めたイザドラの話は、クリスにとって嬉しいものだった。


「あたし、クリスと別れてからずっと考えてたんだよ。家を作ってもらおうって。でもさ、地主に聞いたら家を建てるのはまずいって言うのよね」

「もう聞きに行ったの? 昨日の今日で早くない?」

「善は急げだよ。でね、家を建てちゃうと税金がかかるらしいんだわ。数年後には宿屋をやろうと思ってるらしいんだけど、まだ資金が貯まってないんだって。だからって更地にした実家の土地を遊ばせておくのも嫌だから、こうして貸し出してるってわけ。今の状態だと税金はほとんどかからないらしいよ。テントだとか馬車置き場なら一番安い税率でいいんだって~」

「じゃあ、ダメじゃない」

「チッチッチ」


 片目を瞑って人差し指を振る。イザドラがやると可愛く見えるから不思議だ。クリスは改めてイザドラを観察した。緩やかにうねる茶色の髪の毛と茶色の瞳はありきたりだ。けれど、いつでも笑っているような朗らかな表情や明るい性格がとても魅力的だった。

 そんな可愛らしい顔で、イザドラは前のめりになって告げた。


「移動式の家ならいいよ、って言ってもらったの。据え付けちゃうとダメみたいね」

「移動式? 家馬車みたいな?」

「家馬車だと馬が要るから無理よぉ」

「えー。まさか折りたたみの家を作れって言うんじゃないよね?」

「それよ」

「えっ」


 まさかの「それ」発言に、クリスは唖然としてしまった。



 イザドラはまずはテントに戻ろうと、まだ食べ終わってないクリスを急かした。

 追い立てられながらランチを済ませたクリスとイサは、半ば速歩でイザドラの住む空き地まで行った。

 広めの空き地にはテントがぽつんと張られており、その横でニウスが日光浴をしている。

 イザドラはクリスをぐいぐいと引っ張って、ニウスの前に立たせた。


「この子。この子の上にさ、折りたたみの家を建ててほしいの」

「は?」

「だーかーらー! ニウスの上に、家を建ててほしいの!」


 クリスはポカンと口を開けた。でも徐々に顔が緩くなっていく。


「あは、はは。なにそれ、イザドラってば」

「えー、ダメ? 一階がニウスで二階はあたし、そしたらいつでも一緒って思ったんだけど。やっぱり無理かなぁ」

「……ううん。そうじゃない。そうじゃなくて」


 その発想にびっくりして、しかしクリスは「すごい」と思ってしまった。まさかそんな発想があるなんて思いもしなかったのだ。

 でも、できると思った。

 考えてしまったのだ。


「イザドラってすごい」

「え、そう? やだ、褒められてる? いやーん! どうしよ、ジェマの再来って呼ばれちゃうかもー!」

「いや、大魔法使いとは別でしょ、これ」

「……そこは『いよっ、大魔女誕生!』って手を叩くところじゃない?」

「叩きません。それよりさ」

「それよりって……ひどい……」


 落ち込んでるらしい姿も面白く、クリスは大いに笑った。

 笑いながらも、頭の中では家についての計算が始まっている。どんな家にすればいいのか。どういう家がいいのか。

 ニウスという動く生き物の上に置ける仕組みを考えなければならない。

 ――ああ、時間が足りない!

 クリスは自分でも分かるぐらい、顔がにやけていた。楽しかった。


「打ち合わせ、しよう!」

「おー! それでこそだよ。クリス、ありがとう。引き受けてくれるんだよね?」

「もちろん。そうだ、家馬車を持ってきてもいいんだよね?」

「いいよー。その代わり預け賃はかかるからね」

「うん。今日はもう支払っちゃってるから、明日移動させる。あとで地主さんのところに案内して」

「オッケー」


 話は決まった。

 クリスはイザドラの家を作る。その間、家馬車を置いて寝泊まりしてもいいとの許可も得た。これでエイフが戻ってくるまで問題ない。ニホン組が気になるけれど、下地区の端の端にある空き地のことだ。知り合う可能性は低い。


 そうとなったら打ち合わせである。


「どんな家がいいの? 希望を聞いておきたい」

「希望、言ってもいいの?」

「当たり前じゃない。自分の家だよ? 安心して過ごせる家を作るのに、希望を伝えなくてどうするの。そりゃ、なんでもできるわけじゃない。制限があるもん。でもさ、叶えられるようになんとか工夫するのが、家を作る者の務めじゃないかな」

「……おお、クリスって格好良いね」

「茶化してないで、ほら、何かないの?」

「うーん、そうだなー」


 数分悩んだイザドラがようやく口を開いたと思ったら、機関銃のように希望が溢れ出た。


 まず、トイレが欲しい。

 外食派なので台所は要らないけれど、調合室は必要。

 水や火を使った処理も多いため、防水防火耐性がいい。

 寝室は狭くてもいい。板張りでも平気。その代わり、薬草などの素材置き場を確保したい。

 更に、一メートルサイズの時の小さなニウスでも引っ張れるような台車が欲しい。これに折りたたんだ家を置ければなお良し。


 以上がイザドラの希望だ。


「いっぱい希望出しちゃったけど無理なのは分かってるんだ。あたしだって馬鹿じゃないからね。さすがに折りたたみの『家』なんて難しいもんね。組み立てなら大丈夫――」

「できるよ」


 脳内に設計図が出来上がっていく。家つくりスキルが勝手に動いているようだった。いつものスキル発動ではない。もしもスキルが発動していたら、クリスはこれほど冷静に話せていなかっただろう。集中して、誰の声も聞こえなくなるからだ。

 けれど、今は話せてる。話せているのに頭の中で設計図が何パターンも「同時に」展開していた。

 まるで家つくりスキルが常時発動タイプになったかのような感覚だ。


「本当にできる、の?」

「できる。言っておくけど、元のサイズのニウスに乗せるんだからね。で、移動の時は小さくして荷車で引く。うん、できる。幾つか、魔法を仕込む必要があるかもしれない。魔道具でなんとかするか、そこは要相談だけどね」

「……本気なんだ」

「イザドラは冗談で話していたの?」

「まさか! でもクリスがそこまで本格的な家を作るつもりだとは思ってなかった。単純に、何か馬車の土台みたいなのを乗せるのかなって」


 本物の家になるとは思っていなかったようだ。

 けれど、クリスはやれると胸を張って言える。だからハッキリとイザドラに告げた。


「わたしは家をつくれる。イザドラは家が要るの、要らないの、どっち?」


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