113 事後について




 エイフと合流したのは夜中のことである。その時に教えてもらったが、水鏡で見たシーンは、どうやら後半戦だったようだ。

 大きくなりすぎた寄生虫が次々と泉から這い上がってくるのを延々と倒す作業は、大変だったらしい。

 また、当初、紋様紙を渡されても使うのを躊躇っていたのは神官に止められていたからだった。けれど、途中で急に這い出してきた寄生虫の数を見て皆が逃げ出した。

 これ幸いと(?)エイフが紋様紙を使って対処したのだが――。

 

「俺は制御が苦手だからな」

「だよねー」


 エイフがあちこち外すものだから、ニホン組は気が気じゃなかったそうだ。そこに助っ人としてやって来たのがナタリーだった。彼女の指示を受けて発動させると当たるようになったらしい。ついでに、戦況が変わり始めたのも彼女のおかげだ。

 真っ二つに切っても死なない魔物も、皮を剥がれたら徐々に動かなくなった。

 以上が、真夜中にエイフから聞いた話である。


 ちなみに魔物化した寄生虫が突然泉から這い上がってきたのは、たぶん、クリスが世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオを巨樹に与えたからだ。浸透するのが早すぎる気もするが、なにしろ素材が世界樹関連である。クリスの想像を超える働きをしたのだろう。

 それに気付いたクリスは、静かに白状した。しおしおと謝る姿を見たからか、エイフは笑って許してくれたのだった。




 *****




 皆が疲れていたため、事後処理に関する話し合いは翌日の昼となった。

 関わった全員がギルドに招集される。クリスも仕方なく、エイフの背後霊みたいにくっついて会議室へと入った。

 プルピはハネハチに呼ばれているといって巨樹の天辺へ向かったから、クリスと一緒なのはイサとククリだけだ。ふたりは仲良くなったそうで、イサの背にククリが乗っている。小鳥ライダーっぽいけれど、乗っているのは蓑虫型の精霊で……。クリスは何も口にしなかった。

 ちなみに、イサはあえてエイフの頭の上に座っている。クリスを目立たせないために、その場所を選んだようだ。有り難いのだけれど、見上げるとおかしい図が目に飛び込んで腹筋が試される。クリスはなるべくエイフを見ないようにしてソファに座った。


 ニホン組パーティーは先に来ており、役人たちの姿もある。ギルドの関係者に神殿からは数人の神官も来ていた。一人だけ神官服が豪華だ。お腹が出ており頭部も年齢相応で、役職が上だと思われる。

 最後に到着したのはマリウスとナタリーだ。

 ヒザキもいるというのに大丈夫か心配になったクリスだったけれど、杞憂だった。


「……っ!」


 ニホン組全員が息を呑んで、まるでナタリーから離れたいと言わんばかりに身を引いている。

 何故そこまでドン引きなのか。クリスには思い当たることがあった。

 なにしろ、憧れていたエルフそのものの女性が、大きな刃物を振り回していたのだ。思い込みの激しいヒザキだけでなく、他のメンバーも毒気を抜かれたらしい。


 最後の二人が座ったところで報告会が始まった。

 昨日の地下神殿の様子については、ほぼ想像した通りだった。また、神殿のあちこちが爆炎によってボロボロになったが、復旧はできるとのこと。クリスはホッとした。

 その件で偉い神官さんがチクッと嫌味を言っていた。でもエイフは素知らぬ顔で、ニホン組に至っては「あれがないと倒せなかった!」と言い張ってくれたため嫌味だけで済んだ。

 勝手に参戦したナタリーだったが、両親ともどもお咎めはなかった。巨樹のためにやったことだと真摯に告げたのが良かったようだ。しかも、膠着状態だった寄生虫の魔物討伐を進展させたのが彼女だったと分かり、大変褒められていた。


 問題はクリスの動きだが――。


「俺が頼んでマリウスと一緒に行ってもらった。クリスは俺と一緒に巨樹上部での活動経験がある。対応策も授けていた。それにマリウスは精霊に好かれているからな。彼と一緒なら天辺まで行けるだろうと着いていってもらったんだ。もちろんマリウスは一流の狩人だ。安心して任せられた」


 エイフが自分の手駒として動かしたと説明してくれた。同時にマリウスを立てるのも忘れない。実際、彼は狩人としての腕は確かだ。一人で行動するため狩人仲間からは少し遠巻きにされているようだが。それも精霊に愛されていることが嫉妬を生んでいるのだろうと、クリスは思っている。


 エイフの報告に、神官たちは顔を見合わせた。しばらく話し合っていたけれど「クリスが勝手に巨樹の天辺へ行った罪」は問わないと決まった。

 そもそもエイフに調査を依頼して、その彼がパーティー仲間に依頼内容の補完を「命じた」。事前の説明告が足りなかった部分については問題があるけれど、時間がなかったのも事実だ。

 当然、マリウスも不問とされた。それに「精霊に愛されている」のは神殿側からすれば「素晴らしい」ことだ。

 なんだったら今からでも神官にならないかと言い出したところで、満を持してハネロクが登場した。


「※※※※!!」


 ピカッ。

 たぶん、ドヤ顔をしているに違いない。クリスは横目でマリウスの頭上を眺めた。光りすぎて、もはや形すら見えない。

 そんなのでも神官たちは嬉しいらしく、ははーっと跪いてしまった。ニホン組はポカンとしている。ギルド側も半数はぼんやりしていた。ギルド長など上の人だけ神官に倣うように膝を突いている。


「……そろそろ光るの止めた方がいいんじゃない?」

「※※!」


 一向に話が進まない気がして小声でフォローした。ハネロクはそれもそうかと光を徐々に薄めていく。そうしてみると、胸を張って大の字に立っているのが分かった。偉そうなのに可愛い。

 クリスが笑いを堪えていると、エイフが咳払いした。


「このように、マリウスは精霊に愛されている。だからこそ、彼の気持ちを大事にしてほしい。俺はあちこち回ってきて精霊というものを見知っているが、あれらは気に入った人間が不幸になるのを厭う」

「そ、そうなのですか。……残念です」

「マリウスは狩人が天職だ。精霊たちも森で彼と遊ぶのを楽しみにしている。奪うような真似はしない方がいい」

「分かりました……」


 しゅんと肩を落とす偉い神官さんが可愛く見えてきて、クリスはとうとう笑ってしまった。その横でエイフがふと力を抜いたのが分かった。でも、ツンと肘で突いてくる。

 クリスは急いで真面目な表情を取り繕った。


「それから、ここにいるのはハネ……。あー、ヌシの子だ」

「ヌシ?」

「巨樹に住み着いている大精霊の、分身のようなものだ。力を分けた子供だな。このヌシの子に、マリウスはとても好かれている」

「なんと!」

「マリウスと仲の良いクリスや俺にも時折くっついていたから、知っている奴もいるだろう。基本的にはフラフラしているが、マリウスを気に入っているようだ。これから何かあれば、彼を通して聞いてみるといい」


 人の言葉は通じないけどどうやるんだろう。クリスは首を傾げながら、エイフの話を皆と同じように真面目な顔で聞いた。






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