112 気付いてしまったクリス
広い巨樹の天辺をしらみつぶしに探すのは大変な作業だ。だからか、あるいは人間だけに任せているのはさすがに気が引けたのか、精霊たちが手伝い始めた。まあ、ほとんどの精霊や妖精は遊びか何かと間違えているようだったが。
キャッキャと楽しそうに「ここに樹液溜まりがあるよー」と教えてくれる。もちろん言葉はほとんど通じない。電子音がひどすぎる。けれどプルピという通訳係と、お暇らしいハネハチがいるので大体なんとかなった。
作業の合間、クリスはふと閃いた。
それは、流れっぱなしの樹液を止めるために斧で穴を大きめに抉り取るという荒治療をしている時のことだ。
「んん? もしかして寄生虫が巨樹にとっての病気の元や怪我、異常事態だったなら、あれが使えるんじゃない?」
あれ、すなわち
ふらふら立ち上がると辺りは暗くなり始めていた。もう夕方だ。
クリスは少し、いや大いに、落ち込んでしまった。何故これに気付かなかったのか。
「この巨樹は世界樹の孫だっけ、傍系だっけ。なんでもいいや。とにかく同系統の木なんだよ」
ぶつぶつ呟くクリスに気付いたのはハネロクだった。精霊たちは段々飽きてきて、あっちこっちで休憩しては遊んでいた。けれどハネロクだけは常に傍にいてくれた。
クリスに加護を与えたプルピでさえ、どこかに行ったというのに。
あと「人間なんとかして」と助けを請うたハネハチも、見事に姿を見せない。
どこにいるんだとキョロキョロ見渡せば、巨樹の葉を集めてベッドにした天辺も天辺で横になっている。
「※※?」
「ううん。あのね、ハネロクは世界樹に行ったことある? 始祖の方の」
精霊界と人間界に跨がって存在していると噂の世界樹だ。前世で言うなら聖地になるのだろうか。
ハネロクは首を傾げ、それからプルプルと横に振った。
「じゃあ、分からないか。でも、体に悪いわけないよね。人間が蘇生できるんだもん。精霊の体だって癒やすわけだし」
「※※※※?」
「よし、やってみるか。一応プルピに聞いておこうっと」
勝手にやって怒られるよりも事前に報告だ。これも前世で学んだ報連相である。
結果、やってもいいと許可が出た。ハネハチも前向きだ。ワクワクしている。
ただし、プルピは最初いい顔をしなかった。
じゃあ、もう一度行って汲んできたらどう? と聞いても首を横に振るだけ。
何がダメなのか分からず困ったけれど、使う自体に問題はないと言うから半ば強引にやってみた。
一番ひどい樹液溜まりだった場所に、もう一度斧で穴を開ける。
「豪快だのう」
「本当にクリスは遠慮がないよな」
見ていたハネハチとマリウスが後ろでゴチャゴチャ言うが、気にしない。
クリスはポーチから取り出したアンプルを割って、穴に流し込んだ。といっても数滴だけれど。
「効いてるのかな? 劇的な変化がないから分かんないね」
「ていうか、普通は吸い上げるものだから根っこの方がいいんじゃないか?」
「……あっ」
青くなっていると、マリウスが慌てて手を振った。
「いや、大丈夫だろ。だって寄生虫だって、こんなところから入り込んでいくんだぞ?」
「そ、そうかな?」
――どうだろう。どうかな?
目に見えて結果が分からないと不安だ。
しばらく待っても何もない。クリスが段々焦り始めた頃、目の前にククリとイサがポンッと現れた。
同時に振動を感じる。
「えっ、何、どうしたの?」
「ピッ」
「え?」
またドンッと振動が来た。今度は遠くから音も聞こえてくる。
何が起こっているのか分からず、クリスはマリウスを見た。彼も不安そうだ。
「俺たちも、地下神殿へ行くか? ククリの力があれば入れるだろ?」
「無断侵入で怒られないかな」
「……神殿の奴って、融通きかねえんだよなぁぁ!」
融通がきくなら、ナタリーの問題が起こったときに匿うとか間に入るとかしてくれただろう。そう言えばそうだった。
クリスは頭を抱えた。
またドンッと音がする。振動は絶え間なく続いており、不安しかない。これがクリスの入れた
……あともう一つ怖い想像がある。クリスが渡した紋様紙だ。使いどころを失敗した、もしくは上手く使えなかったか。
「ど、どうしよ」
「気になるのなら見てみるかい?」
「え、見えるの?」
「転移はできないけれど、巨樹には長く住んでいたからシンクロできるんだ」
そう言うとハネハチは手を大きく振った。暗くなった頭上に水鏡ができる。そこにエイフたちの姿が映った。
「おおー!」
「すげぇ、っていうか、何だアレ」
「うへぇ……」
荘厳だったであろう神殿内部は滅茶苦茶だ。なんというか、巨大ミミズの死骸があちこちに見える。【腐食】の紋様紙を使ったのだろうが何とも気持ち悪い。それに焦げた跡もあった。綺麗な床は一面真っ黒焦げだ。
「ひでぇ」
「うん」
「あー、切っても切っても倒れないのか。それで紋様紙を使って攻撃? 火を使うのをよく許してくれたな」
「許可は取ってないんじゃないかなー」
「……だよなー」
「あれ?」
「あん?」
中央でニホン組と連携して戦っているエイフたちの他に、水鏡の端に何かすごい大きな刃物を持った人がいた。
水鏡はまるでドライブシアターみたいだ。外で見る大迫力の画面は、臨場感たっぷりである。そこに見知った顔の人がいれば尚更、興味深い。
しかも、美しい姿の女性が活躍していれば。
「ナタリーさん……」
――なんでいるの?
クリスが目を丸くしていると、マリウスが疲れたように座り込んだ。細い枝の上に跨がって、それから寝転んでしまった。
「あいつ、解体のレベル上げするのに魔物を生きてるうちに剥ぐって技を覚えてさー」
「……は?」
「それと珍しい魔物に目がないんだよな~」
「す、すごいね」
「だろ? たぶん、あいつが一番度胸はあるんだよな」
「だね」
どういう経緯で合流したのかは不明だが、地下神殿に行って魔物退治をしているナタリーは格好良かった。
到底、人間が持てるとは思えないような大型の刃物を片手で振り回し、楽しそうに魔物を剥いでいる姿はどうかと思うが。
「あ、また【爆炎】使った」
「ニホン組は後衛か。炎が広がらないように水スキルと、盾士スキルかな」
「だね。女の子はナタリーさんに強化を付与してるのかも」
「強化されてるようには見えないけどな。あ、あの野郎は何もしてないな」
「ヒザキって人? だって収納スキルがメインだったよね?」
「けっ」
悪態を吐くマリウスに、クリスはヨイショすることにした。
「やっぱりマリウスの方がナタリーさんに断然合うよね!」
「……そうか?」
「弓の腕だってマリウスの方が上だもん。それに今日の活躍すごかったよ。魔物を倒すのも素早かったし、マリウスって実力あるよね」
「……まあな」
へへっ、と鼻の下を擦る。今時、そんな仕草をする人がいるのかと思うが、彼は永遠の少年なのだった。得意げにクリスに向かってドヤ顔になるぐらいの。
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