111 原因もやっぱり虫だった!
異変はすぐに判明した。様子のおかしい水蜂が飛んでいたからだ。魔物化しており十数倍の大きさになっていた。
「巨樹の葉が枯れているのは彼等が見境なく水分を吸っているからかな?」
「それにしても変だろ。水だけで、あんなになるか?」
「そうだよねえ。あと魔物の割には動きがフラフラしてて変だね」
マリウスが矢を射って仕留めた水蜂の魔物をその場で解体する。クリスも顔を顰めなが
ら観察した。
「あー、こいつ寄生虫がいる」
「うわ、大きいね。寄生虫も魔物化しちゃったってことかな」
「そうかもな。いや、待てよ。クリス、お前さ、ちょっと普通の水蜂捕ってきてくれ」
「……はーい。ええと、方角的にあっちかな」
先日行った大型コロニーの場所を思い出していると、ククリがハネロクと交代した。転移する気だ。クリスは慌てて手で×印を作った。
「すぐに転移するの禁止! 心構えが必要なんだから!」
「ピッ」
「ほら、イサもこう言ってるよ!」
「分カッタ分カッタ。ククリ、※◇×※□※◇×」
「!!」
通訳係がちゃんと伝えたらしく、ククリが目の前で空中浮遊になった。細い糸の手足をぶるんぶるんと横に振る。体に巻き付けて、また戻すという姿に「?」となるが、誰も説明してくれない。
やがてぶるんぶるんが終わると同時に転移された。
ククリには「突然転移したら人間は心臓が止まる」から「絶対にやってはいけない」と、作業の間ずっと説教した。もちろん身に迫る危険があれば先にやってもらってもいいのだが。ククリにそうした違いが分かるのか、ちょっと不明だ。
そのため、一番常識的で話も通じるイサに従うようお願いしてみた。
ククリはこっくり頷いた。たぶん、頷いたはず。
さて、水蜂の採集は簡単に終わった。今度は「転移をお願いね」と頼んで転移してもらう。
マリウスは天辺の細い木の枝で待っていた。心細そうに見えたのは、彼の横にピクリとも動かないハネハチがいたからだろうか。クリスは急いで水蜂を差し出した。
一緒に拡大レンズを使って見てみる。
「寄生虫がいるのは半数ぐらいだね」
「こっちも同じだ。寄生虫の形も魔物の方についていたのと同じ」
「ということは」
「寄生虫ごと魔物化した、か」
顔を見合わせる。クリスはハネハチに視線を向けた。
「巨樹の、どこに違和感がありました? 最初におかしいと思った場所に案内してください」
「よし、行くぞ」
そう言った瞬間に、クリスもマリウスも周囲にいた全員がまとめてふわりと浮いた。瞬間にスッと移動していた。あっという間の出来事だった。
心臓がバクバク鳴る中、クリスは何か言おうとしてマリウスに止められた。天辺のわさわさした巨樹の葉の奥に、大量の樹液溜まりがある。彼の視線はそこに釘付けとなっていた。
「固まってない。垂れ流しじゃないか。普通は自然と止まるのに」
「そうなの?」
「ああ。水蜂のコロニーでも毎度、穴を開けて樹液を吸うはずだ。すぐに塞がるからな」
「へぇ。寄生虫が原因かな? あ、でも、元は生き物に着くんだったら違うか」
「いや、魔物化すると変異がしやすい。進化って言うんだったか?」
「そう言えばそうだった。あれ? じゃあ、この樹液溜まりは魔物化した水蜂が悪いとして――」
また二人して顔を見合わせた。
話している間にも虫が集まってくる。あまり近付きたくないが、クリスは溜息を漏らしてマリウスと共に樹液溜まりへ足を踏み入れた。
拡大レンズで見るまでもなく、樹液溜まりには魔物化した寄生虫がいた。噛み付かれないよう分厚い革で足を庇っているが気持ち悪い。クリスは薄目になって作業を続けた。
それで分かったのは、寄生虫が巨樹の中にも潜り込んでいるということだった。
「うぇー。これって血管に異物が入り込んでるのと一緒じゃない」
「こいつ、体液を吸うんだよな。樹液も吸ってる。水を与えたら水も飲んだぞ」
「何かやってると思ったら実験してたの?」
「狩りは観察から入るんだ。いいか? 一流の狩人になるにはな」
「あっ、それはいいから。わたしはそっち方面目指してないの」
「……とにかく、こいつは厄介だぞ。どれだけ入り込んでいるか分からない」
「そうだよねえ」
見えている部分についてはマリウスがあっさりと処理した。魔物化した水蜂やカナブンなども含めてだ。彼の弓の腕は一流だった。
問題は巨樹に潜り込んだ寄生虫だ。今はまだ巨樹全体に広がっていないと思われるが、更に進化して巨樹を食い荒らすようになったら終わりである。
そこまで考え、クリスはハッとした。
「ねえ、神殿にある泉って、巨樹の地下になるんだよね?」
「そうだけど」
「水が減っているだとか涸れかけてるとか言ってなかったっけ?」
「あっ!」
三度顔を見合わせて、クリスは立ち上がった。この情報は共有すべきだ。エイフの勘は当たっていた。
クリスは急いでククリを呼んだ。手紙を持ってエイフのところへ転移してもらうのだ。プルピと一緒に行って通訳してもらってもいいのだが、彼の言葉は慣れてないと聞き取りづらい。
クリスは急いで調べた内容を書いた。ついでに、紋様紙を持っていってもらおう。しかし、売り物の方の紋様紙を専用の容れ物に挟んで渡そうとして、無理だと気付いた。
蓑虫型の精霊ククリでは、B4サイズぐらいになる
思案していると、イサがピッピと鳴いてクリスの前でホバリングした。
彼の足には丸めた小さな紋様紙があった。
「……小さなサイズなら、イサが持てるってことか。わたしは彼等に会いたくないし、イサなら妖精だからで済むかもしれないね」
「ピッ」
「でもイサだって本当は苦手なんだよね?」
何故なら彼はいつだって、ニホン組の前ではおとなしかった。まるでいないかのように息を潜めていた。
もしかしてと思ったことが、何度かある。
「いいの?」
「ピッ」
「……ありがとう、イサ。じゃ、あなたの背中にもう少しだけ紋様紙を入れるからね?」
「ピピピ!」
クリス専用の紋様紙を取り出して軽く丸めて背中に差し込む。イサは問題なく飛べると示すためか、羽を大きく広げた。
「背中に入れたのは【腐食】、足に掴んでいくのは【爆炎】だよ。手紙にも書いたから大丈夫。前に【結界】を渡したから持っているはずだし、エイフなら上手く使ってくれると思う。ちょっと紋様紙使うのが苦手みたいだけど」
「ピピ~」
シエーロへ来るまでの間に、エイフは何度か紋様紙を使って魔物を倒そうとしたことがある。けれど、精度が悪くて上手く使えなかった。その時のことをイサも思い出したらしい。呆れたような変な鳴き声で笑ったようだ。クリスも笑った。
でもすぐにキリッとした顔になる。イサはククリを見た。ククリはぶるんぶるんと体を振って糸の手足を目一杯伸ばした。まるで大の字みたいに。それが合図だったようだ。
ふたりはクリスの目の前からスッと消えた。
残ったクリスたちは、これから巨樹全体の寄生虫対策を考えることになった。
まずは、樹液溜まりが他にもないかどうか調べる。そして寄生虫の入り口を消していく。マリウスは同時に魔物の討伐だ。
応援するかのように精霊たちが徐々に増えていた。
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ありがとうございます
とうとう本日、発売ですー!!✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。
家つくりスキルで異世界を生き延びろ 2巻
ISBN:9784047363861
イラスト:文倉十先生
書き下ろし番外編「精霊の加護」
どうぞよろしくお願い申し上げますー!
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