110 巨樹の天辺で




 用意が済んだマリウスとクリスは、精霊ククリの力を借りて巨樹の天辺に転移した。


「ギャーッ!」

「うっ、うるせぇ」

「だって! ここ、ホントのホントに天辺なんだもん!」

「おい、抱き着くなって。こっちだって、足下がっ」


 わあわあ騒いでいると、ハネロクが飛び上がってクリスの目の前にやって来た。眼前でくるりと宙返りするや、にこにこと笑う。


「あ、浮いてる……」

「マジだ。すげぇ」

「ピッ」

「あは、イサまで浮いてる~」

「ピピピィー」


 巨樹の葉の上でクリスたちはふわふわと浮いていた。イサは体が斜めになってぷかぷか浮かされ、情けない声で鳴いている。普段の自分の飛び方とは違うから落ち着かないのだ。それを見てクリスとマリウスが笑っていると、ふわっと何かが降りてきた。

 柔らかい光だ。

 クリスだけでなくマリウスも言葉を失った。

 イサはピッピと鳴いている。ハネロクは普段通り。ククリだってプルピだって平気な様子だけれど。

 それでも震えながら目の前の大きな存在を指差し、なんとか言葉を振り絞る。


「……羽が八枚ある!」

「そこじゃないだろっ!」


 バシッと叩かれてしまった。でも最初に気になったのが「そこ」だったのだから仕方ないではないか。

 クリスはハネロクの親(?)と思われる巨樹のヌシを前に、神々しさで思考回路がぶっ飛ぶという経験をした。



 さて。巨樹のヌシである精霊は、落ち着いてよくよく観察すると胡散臭い見た目をしていた。

 人型なのはハネロクと同じ。けれど大きさが全く違う。ハネロクはプルピと同じで小さなサイズをしているが、ヌシは人間と同じぐらい大きかった。

 身長もマリウスより大きい。

 そのため男性型にも見えるが、顔は非常に整っており女性的だ。それがどうにも落ち着かない。まるで人形のようなのだ。

 服は薄布を何枚にも重ねたような様子で体型が分からない。どのみち相手は精霊だ。男女の別など関係ない。考えるだけ無駄だと、クリスは頭を振った。


「こ、こんにちは」

「やあ。君たちが来てくれたんだね」

「……あ、言葉が通じる!」

「俺もだ。何言ってるのか分かるぞ。すげー!」


 無邪気に喜ぶマリウスを見て、ヌシはハネロクと同じような笑み顔になった。まるで貼り付けたようだ。

 クリスがそんなことを考えていると、ヌシがずいっと近寄った。しかもクリスの方に。


「わ、わ、なんです?」

「やはり、人間らしく見えないのだね?」

「あ……。えっと、その」

「ハネロクの方が人間らしく見えると言われて勉強してみたが、難しいね」


 クリスはポカンとしてヌシを見上げた。今「ハネロク」と言っただろうか?

 するとまた、貼り付けたような笑みでヌシが頷いた。


「ハネロクが人間の名前を喜んでいた。わたしにも名付けておくれ」

「いや、あの」

「付ケテヤルトイイ。ココニ居座ルグライノ変ワリモノダ。頑固ダゾ」

「わあ……。プルピってば、もう」


 呆れてしまったが、更に呆れることにヌシがワクワクした様子で待っている。この感じはハネロクにそっくりだ。

 分身とはいえ親子だなーと、クリスは笑った。


「じゃあ、ハネハチで」

「ふむ」

「ハネロクに合わせてみました」

「おお! それはいい」


 ハネロクも喜んだ。ヌシの周りを飛び回って楽しそうである。

 ただ、マリウスは絶句していたし、プルピは呆れた様子であったが。



 それはそうとして、何故ヌシ、もといハネハチが現れたのかというと――。


「最近、この辺りの居心地が悪くてね。人間よ、見てくれない?」

「はぁ……。えっ? わたしっ?」

「プルピが君ならできるって推薦したよ?」

「はあ? プルピ、どういうことなの」

「嘘ハツイテナイ」


 キリッとした表情で答える。付き合いが長いのでクリスにはそう見えた。


「ハネロクも君を殊の外気に入ったようだからね~」

「※※!!」

「そうなの、そんなに面白いのか。良かったね、ハネロク」

「えっ、待って。面白いって何が? プルピ、通訳してー!」

「マアマア。落チ着ケ、クリス。ソンナコトヨリモ大木ノ危機デアルゾ」

「そうそう、人間。木の様子を見てくれるかい?」


 ニコニコと笑顔を貼り付けたハネハチがクリスに迫る。迫力ある美女に迫られるとビビってしまうものだ。クリスと、ついでにマリウスも仰け反ってしまった。


「そ、それは、わたしもエイフから言われてるし調べるけど。でも、精霊様の方が力が強いんじゃないのかな? わたしなんかよりずっと――」

「世界ノ不文律ニ抵触スルノデ難シイノダ」

「……はっ?」


 首を傾げるクリスにハネハチが触れた。掌から額を通して伝わるイメージを言葉にするなら「強すぎる力なので細かな作業に向いてない」が一番近かった。

 彼等が彼等自身の望みを適えるために動こうとすると、人間にとっては災害レベルになるらしい。

 もちろん力の使い方が上手い精霊だっている。プルピがそうだ。ただし、彼は物づくりに特化した精霊である。今回の件では役に立たないそうだ。

 肝心のハネハチはプルピよりも上位にいる「すごい」精霊なのだけれど、その分、力が強すぎる。

 抜け道がないわけではないが、今は時間がないそうだ。

 ちなみに抜け道とは、精霊と人間が契約し、人間が精霊の代わりにその力を行使することで強さを調整するというものだ。当然、良い相手かどうか見極める必要があった。

 実は加護を与えるという行為は、その唾付けのようなものらしい。


「えっ、わたしってプルピに唾を付けられてるの?」

「驚クトコロハソレカ……」

「だって!」


 なんだか唾を付けるという表現が嫌で、クリスは「うぇぇ」と変な顔になってしまった。

 ともかく、精霊自身が動くとややこしいことになるため「人間が代わりになんとかしてね」がハネハチの本題だった。

 精霊使えないー、と思ったものの、クリスは心の中で収めた。


 まずは何よりも巨樹の異変である。

 ハネロクを頭上に置いて、マリウスと共に見回ることにした。

 ちなみにこうして精霊が力を使うのも、契約の一種らしい。精霊が気に入った人間の力になることは古今東西あって、たまにイタズラされたという話があるのは精霊の行き過ぎた力のせいだ。

 あとは、本当に玩具にされているか。

 マリウスが幼い頃から精霊にあれこれされていたのも、気に入られすぎて遊ばれていたようだ。

 クリスはやっぱり「精霊使えないー」と思ってしまった。


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