114 権威とは光ること?




 エイフがマリウスのためにアレコレ言ったのは、権威付けのためだったらしい。ナタリーがストーカー被害にあっても誰も動いてくれなかったため、先々夫となるマリウスがシエーロにとって大事だと思わせたかったようだ。

 しかし、そこまでしなくても問題のストーカー男ヒザキはナタリーからあっさり手を引いた。


 偉い神官もいる前で「ついでだから」と、これまでの被害についてエイフは説明した。ようするに精霊に愛されたマリウスの妻(仮)にニホン組がちょっかいを掛けて困っていると、訴えたわけだ。

 直に聞かされては神官らも無碍にできない。

 エイフやギルド職員も見守る中、ヒザキは頭を下げた。ちゃんとナタリーに謝罪したのだ。


「悪かった。夫がいるとは思ってなかったんだ」

「じゃあ、もう押しかけたりしないな?」

「ああ」

「家を破壊した分の支払いもするんだぞ?」

「分かってる」

「他の奴等もだ。メンバーをちゃんと支えろ」

「はぁい」

「……はい」

「分かりました!」


 素直にエイフの言葉を聞くのは、彼が数日に渡って一緒に行動したからだ。地下神殿で共に戦ったのも良かった。

 しかし、ニホン組は最後までニホン組だった。

 話が終わって和やかな雰囲気になった途端に、余計な一言が飛び出た。


「エロフだと思ってたらグロフだったなんてなー」

「やぁだー。止めなさいよ、もう」

「そうだぞ、ヒザキ」

「……失礼だ」

「でもお前らだってドン引きだったじゃないか。返り血浴びてさ」

「血じゃなくて体液がほとんどだったけどな!」

「あたしもアレはちょっと~」

「……臭かった」


 周囲の人の視線が冷たくなっているのに、彼等は気付かない。しかも。


「あーあ。エルフらしいエルフって全然いないよなー。オッサンは腹が出てるし」

「分かる~。せめて神官ぐらいはイケメンじゃないとね~」


 このあたりで、リーダーのアルフレッドと盾士のコウタが空気に気付いて黙った。

 どうやら無神経なのはヒザキとマユユの二人らしい。近くで聞いているのに平気で貶し言葉が出るのだから。

 そんな二人を止めたのはハネロクだった。


「※※※※※!!」


 二人の前まで飛んでいってピカッと光ったのだ。

 二人は声にならない叫びで蹲ってしまった。


「……こんな風に、精霊は怒る。もちろん、理不尽な命令をマリウスが下すことはない。そもそも精霊は『人間が思う』ような『純粋な人間』が好きだ。その気に入った人間が嫌な目に遭っていれば怒りもする。今もマリウスが命じたのではないと、見ていて分かったろう?」


 コクコクと頷いた神官たちはハネロクに向かって手を合わせた。それから蹲っているヒザキとマユユを見て溜息を吐く。ギルド職員も同じだ。

 アルフレッドとコウタだけが慌てて周囲に謝っていた。




 報奨金や慰謝料の話を詰めてから、エイフとクリスは宿に戻った。ナタリーは昨日の今日だというのに、大量の魔物の解体をすると職場に向かった。ウキウキしていたので彼女もまた解体が天職なのだろう。


「ねえ、ハネロクって最近マリウスと知り合ったんじゃなかったっけ? いつの間に仲良くなったんだろう」

「そういうことにしておいた方がいいだろうと、プルピがな」

「いつの間に! あ、それにプルピの話がちゃんと分かるようになったの?」

「ああ。俺がちゃんとクリスを守るのか観察していたそうだ。で、そろそろ許可を出してやろうと言われた」

「へぇぇ。プルピって、もしかして過保護?」

「だな」


 とにかく、プルピは「マリウスにハネロクを付ける」が一番良いと考えたらしい。


「ていうか、プルピって意外と見てるっていうか、どうでも良さそうな感じだったのに……」

「親身だよな。俺も驚いた。マリウスが気に入ったってのもあるんだろう」

「あー。マリウスって子供みたいなところ、あるもんね。精霊が好きになるの分かる気がするよ」

「ははっ」


 プルピはマリウスの周囲にいる精霊も観察していたそうだ。マリウスを好きな精霊は多いらしいが、如何せん、イタズラ好きも多かったようだ。それだとマリウスが「精霊に愛されている」とは思われないだろう。

 なので権力者の子でもあるハネロクに白羽の矢が立った。

 ハネロクもマリウスを気に入ったらしい。昨日の魔物討伐が楽しかったそうだ。

 しかも、髪の毛をもっと伸ばしてほしいという望みと引き換えに、加護を与えてもいいと言い出した。

 ――ハネロクの加護ってなんだろう? ピカッと光れるようになるのだろうか。

 クリスが加護の内容について想像していると、エイフが笑った。


「クリスは拗ねたりしないんだな?」

「何が?」

「ついこの間までクリスにべったりだった精霊が、他の奴に着くんだ。普通なら嫉妬しそうなもんだが」

「そうだね。可愛がってた野良猫が、別の人にも甘えた鳴き声で餌を強請ってたのを見た時は嫉妬したから、それは分かる」


 ショックを受けたものの、猫とはそういうものだ。いや、生き物とはそんなものである。自分とは違う別個の存在に、決して離れるなとは言えない。

 自分だけを愛してほしいと願っていいのは、この世で親だけではないだろうか。あるいは伴侶。

 でも、それすらも難しいと、クリスは知っている。

 願ったところで叶いはしない。


「……そんな顔するなよ」

「どんな顔?」

「そんなつもりで言ったんじゃない。……違うな。あー、あれだ。もう少し甘えていいと、言いたかったんだ」


 エイフは、クリスがハネロクのことで落ち込んでいるのではないかと心配したらしい。誘い水のつもりだったようだ。


「泣いてもいいって?」

「今なら覚悟しているから大丈夫だ。突然泣くのは困る」

「エイフってば」

「なんだよ」

「ううん。でも、ありがと」

「おう」


 こんなことで泣くわけがない。

 たとえ、イサとプルピが離れていったとしても。

 もちろん突然いなくなるのは嫌だ。けれど、いつかは居場所を変える日が来るだろう。クリスはちゃんと覚悟していた。


 それはエイフにだって言える。

 彼もいつかはクリスと離れる時が来るだろう。

 その時、クリスは泣くだろうか。考えてみたが分からなかった。





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