108 ぐだぐだからの大激怒
収納スキルを盾に、仲間を付き合わせていたらしいヒザキは反撃に遭っていた。
どうもかなり我が儘を言っていたようだ。
「大体さ、彼女逃げ回ってるじゃん。もう止めときなよー。結婚するって話も本当だったらどうするの? 相手がいるのに手を出すなんて、本部にバレたらヤバいよ」
「結婚の話は嘘だ。マリウスは幼馴染みで、恋人じゃないって言ってた」
「幼馴染みぃ? それフラグじゃーん。勝てないって。大体、あのイケメンエルフ相手に勝てると思ってたのぉ?」
「なんだとっ」
「そりゃ、ヒザキも前世の執着がそのまんま顔に出たみたいだけど? さすがにイケメンエルフには勝てないよ。あはは」
クリスは「ん?」と首を傾げた。けれども彼等の話は続いている。考えるのは後回しだ。
「あたしだってこうなることが分かってたら、エルフになりたかったなー」
「……マユユは今が一番いい」
「コウタ、ありがとー。あんたは本当にいい男だね! どっかの誰かみたいに『エロフ』だって騒がないし」
「……俺はそんな低俗なことは言わない」
「おい、蒸し返すなよ。あれはヒザキに合わせただけだって」
「よく言うわよ。受付の、誰だったっけ? あの人とか、ここの女とか見てデレッとなってたじゃない」
「そりゃ、男だったら気になるだろ」
「コウタは気にしてないもん」
「……中身が大事」
クリスは呆れて、半眼になって四人を眺めた。隣のエイフからも同じような気配が感じられる。
「ほらぁー。ヒザキ、諦めなよー。大体、エルフなんて全然イメージと違ったじゃん。だから余計にイメージ通りの彼女にシューチャクしてんでしょ」
「煩い! ……そりゃ、イメージじゃないのは当たってるけど」
「でしょー。ほんと、見てよ、この家だってさ」
ぐるりと見回し、馬鹿にしたような表情で笑った。
「ふっつーの家じゃん」
「確かにな。最初にシエーロに来た時は俺もガッカリしたよ」
「……俺も」
「俺だって同じだ。てっきり丸いツリーハウスのような家に住んでると思ってたのに」
「そうそう、ヒザキ怒ってたもんね!」
「そりゃそうだろ。ツリーハウスに縄梯子、弓を持ってると思うじゃないか。それがただのログハウスだ。木を使ってるだけマシだけど」
「ヒザキの理想のエルフの家って扉がないんだよね? 南国風の薄い布があちこち掛けられててさ」
「ああ」
「それで、うっすーい下着みたいな服着てるんだっけ?」
「そうだ」
ヒザキが真面目に返すと、マユユという少女はキャハハとお腹を抱えて笑った。
どこか馬鹿にした雰囲気だ。けれどヒザキは気にならないようだった。
「だったら、あの女はイメージに合ってないじゃん。がっちり着込んでたしー。最初、虫の魔物を抱えてなかったっけ? で、運びましょうかって声掛けたんだよね、あんた」
「……それがどうした」
「浅いって言ってんの」
「なんだと!」
怒ったヒザキが、ドンと壁を叩いた。叩いてから、彼はふと口を閉ざした。その手で壁を撫でる。
それからハッとした様子で、壁の板を剥がし始めた。
マユユたちは唖然としている。エイフも横でピクリと動いたけれど、クリスが手で止めた。
「こっちは確か巨樹側だったよな。壁で隠してるんじゃないか、くそっ、頑丈な板だ!」
そう言うと、ヒザキは板に手を添えて収納スキルを発動した。板がメリッと剥がれて吸い込まれる。あんな使い方が出来るのかと、クリスは驚いた。でもどうやら、思ったほど強くないようだ。
細工した部分までは吸い取られない。板だけを剥がしていく。
クリスはチラッとエイフを見上げた。それから玄関の向こうで顔だけ覗かせている役人にも目を向ける。
しっかりと確認を済ませてから、またヒザキに視線を戻した。
ヒザキの前には巨樹の木肌があった。
ダミーの壁の前で、クリスは仁王立ちになってヒザキを見下ろした。
ヒザキは壁の向こうに何もなかったせいで力尽きたようだ。膝を突いた。その前にクリスは立った。
後ろにはエイフがいる。彼は腕を組んで目を細めていた。
「さて、結果はどうだった?」
「……」
「勝手な思い込みで女性を追いかけ回したツケを払ってもらおうじゃない」
「は?」
「あと、入ってもいいとは言ったけど、壊していいとは言ってないからね? 家屋破壊、これ罪になるよ」
「あ、いや」
「そこで、自分たちは関係ないって顔してる仲間の三人も同罪だから」
「はぁ? 待ってよ、あたしたちは壊してないじゃない。むしろヒザキを止めようとしたでしょ!」
「わたし、あなたたちまで入っていいなんて言ってない。不法侵入だよ」
「あっ、そういやそうだな」
「ちょっ、アルフ!」
「……でも言われてないのは本当」
「コウタまで! 大体ヒザキが悪いんだからね!」
「マユユだって応援すると言っただろうが!」
「あんたがマリウスを譲ってくれるって言ったからだよ!」
「……何それ、俺聞いてない」
「あっ、違うの、これは」
「お前らリーダーの俺に内緒でそんな約束してたのか?」
仲間割れが始まった。
クリスの怒りのメーターが振り切れそうになっているというのに、その前で。
頭上のハネロクからもワクワク感が伝わってくる。ふたりが連動を始めていると――。
「いい加減にしろっ!」
先にエイフが怒ってしまった。
ハネロクがシュンと落ち着いた。もちろんクリスもだ。大声に驚いた、というのもあるが。
「お前たち、反省してるのか?」
「だって。あたしは関係ないもの」
「同罪だろう。仲間が暴走したんだ。止めずに、他人の家へ勝手に上がり込んだ」
「それは、ちょっとした勘違いというかー。そこの女の子が捜せばって言ったんだもん」
「百歩譲って間違えたとしようか。だが、お前は捜してなどいなかった」
「あ……」
「リーダーのアルフレッド、お前もだ。ずかずかと上がり込んでソファに座っていたな」
「はぁ」
「コウタ、お前はマユユに唆されてドアを無理矢理こじ開けた」
「……はい」
「一番反省しなければならないのはヒザキ、お前だ。勝手なイメージを持って、勝手に好きになって、結婚したいと思うほどの相手を追い詰めた」
「俺は、彼女を――」
「本当に好きなら、相手の幸せを願うものじゃないのか?」
低い、とても低い声だった。
怒られていないクリスのお腹がずどんと重くなる。
「それに、俺はお前のは『好き』ではないと思ってる」
「はっ? 何勝手なこと言ってんだよ。大体、オッサンのくせに好きとか幸せとか、ダセーこと言ってんじゃねえよ! あんたに一体何が分かるってんだ!」
「そうか? だが、俺はヒザキの口から一度も彼女の名前を聞いていないぞ」
「あ、ホントだ。わたしも聞いてない!」
思わず口を挟んだ。すると、ヒザキの仲間たちも「あっ」という顔になった。
それから皆で顔を見合わせる。そして、そろそろとヒザキに視線を向けた。
ヒザキはゆっくりと目を逸らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます