107 嵐の中心地はクリス?




 クリスが怒ったのはヒザキの台詞にだけではない。

 役人の男にも腹が立ったし、なんならエイフにも、とばっちりだと分かっていて少々イラッとした。もっと強引に引き止めてくれてたらと思ってしまった。

 そうなる理由がクリスにはあった。ナタリーの家が壊されていたからだ。

 正確には玄関扉だけれど。……あともう少しきちんと言うならば、外されていただけで嵌め直せば元に戻るのだが。

 でもそんなことは関係ない。

 クリスの持てる力の限りで作った家だ。

 家は大事である。


 その大事な家の扉が外れて庭に放り投げられていた。


「誰がこんなことしたのっ?」

「※※※※※~!」


 屋根の上のイサが飛び上がり、プルピが玄関から顔だけ出して慌てて引っ込んだ。

 ハネロクだけがクリスの頭の上で楽しげで、場違い感満載である。


「人の家を壊した阿呆はどこだ!」

「お、おい……」

「何あの子。怒ってない?」

「髪の毛が逆立ってるぞ。ていうか、頭に何か乗せて、る?」

「……あの子、可愛い」


 温度差があからさまに違っていて、何故かそれが余計に腹立たしい。

 クリスはエイフを指差した。


「壊したのは誰っ?」

「お、おう。こいつ、ヒザキだ」


 次はヒザキを指差す。


「どこに誰が監禁されてるって?」

「あ、なんだ、お前」

「ど・こ・に、誰がっ、監禁されてるって騒いでるのっ?」

「※※!!」


 ピカッと光った。頭上からピカッと。


 ここまで来ると、クリスもちょっぴり落ち着きを取り戻しつつあった。あったけれど、ここで一気に引き下げてしまうといろいろと恥ずかしい。なので自分自身に「もうちょっと頑張れ」と心の中だけで言ってみる。その気持ちが声にも表れた。大声になって。


「家を『壊さず』に、捜してみたらいいでしょっ!」

「は、何を」

「自分で言ったんじゃない、監禁されてるって! どこに誰が監禁されてんのか、調べてみたらいいでしょう! その代わり、新築したばかりの家をちょっとでも壊したら、どうなるか分かってるでしょうね!」

「か、関係ない奴がしゃしゃり出てくるな!」

「関係あるよ! この家はわたしが作ったんだからっ!」


 ピカッ。


 ――ありがとう、ハネロク。でも、その効果は今いらなかったかな。

 クリスは気持ちが落ち着いていくのを感じながら、エイフに視線を戻した。


「そいつ、放して。じっくり見てもらおうじゃないの」

「あ、ああ……」

「ふんっ」


 エイフと役人男を振り払ったヒザキは、微妙な表情ながら鼻息荒く周囲を睨んだ。でも全然怖くない。弱い犬がキャンキャン吠えてるだけだ。

 クリスはもっと怖いものを見てきた。

 直近だとミドリガの顔とか。あ、あとペルちゃんの怒った顔も割と怖い。先日久々に外へ出掛けたが、彼女は暫く拗ねていた。プロケッラが宥めても無理で、クリスは一生懸命お許しを願ったのだった。

 それはともかく、まだ若い青年の必死に虚勢を張っている姿など怖くもなんともない。


 クリスは頭に発光物を載せたまま、先に家へ入った。

 プルピがクリスに合図する。大丈夫、二人とも隠れていると。プルピも急いで奥へと消えた。ククリも一緒に行ってくれたので、万が一の時は彼が転移してくれるだろう。

 けれど、万が一などない。

 クリスには自信があった。


 振り返るとヒザキがいて、ついでとばかりに他のニホン組も入ってきた。

 人の家に勝手に入れる神経が分からない。クリスは怒りを持続しながら、さあどうぞと場所を譲った。

 その横にエイフがするりとやって来る。何故か役人の男も一緒だったので睨み付けると慌てて出ていった。


「クリス、お前怒ると本当に怖いな」

「ふんだ」

「俺にまで怒るなよ。悪かった、扉をやられたのは俺の失態だ」


 そう言われると、クリスの怒りは萎んでしまう。そもそもエイフに対しては八つ当たりだった。

 ただ、クリスの中に「ガツンとやっちゃえよー」という気持ちがないではなかったので、つい温い対応のように感じてしまった。

 しかし、エイフは見た目や言動が冒険者らしい冒険者の割に、中身は紳士だ。

 いくら強引とはいえ、まだ法に触れてない行動をどうこうできないのも分かる。


「……ごめんね、エイフ。わたしが作った家を壊されたと思って、つい」

「いや。気持ちはよく分かる。……お前、辛い経験をしたのにな」


 エイフが言うのは、以前、クリスの家馬車が燃やされた件だろう。今の家馬車は二台目だった。

 クリスは頭を振って、エイフに聞いた。


「エイフが止められないなんて、何かあったの?」


 エイフは困ったように笑って、外に出て行った役人を指差した。


「あの男に、重要な話があると言って連れ出されたんだ。巨樹の地下にある泉が枯れかけているとかなんとか。強制指名依頼の件に関わってそうだから、つい耳を貸していたら……」

「もしかして、わざと引き止めたのかな? タイミングが――」

「だろうな。俺も甘かったよ。まさか到着して早々暴れるとは思ってなかったから。あとは、クリスの作った家が頑丈だったもんで、玄関扉ごと外したんだろうな」

「うわ、わたしのせいでもあったんだ……」

「お前のせいじゃないさ。だけど、頑丈だったのは確かだ。あれ、紋様を描いたんだろう?」

「うん。不壊の紋様。細くて小さいけどトレントの端材を入れたの」

「だから、マユユって女に木のスキルを使わせたのか。コウタの盾士スキルも合わせて扉ごと外していたんだ」


 人の家をなんだと思っているのだろう。聞けば聞くほど無法ではないか。

 クリスはプリプリした。するとエイフが慌てて肩を叩く。


「ハネロクとやらがまた光り出してるぞ」

「あ、そうだった。ごめん。ハネロク、もういいから。連動するのは止めようね」

「※※」


 ハネロクも落ち着いてくれた。クリスは乱れた髪の毛を手ぐしで整え、ついでに毛先を、編み込んだ中に詰めていく。

 もごもごした動きを感じるが、ハネロクを隠す意図でやっているので申し訳ないが無視する。

 何故かエイフは横で笑っていた。



 クリスたちが話している間、ヒザキはそれほど広くない家を走り回っていた。

 仲間の三人はゆったり見て回ると勝手にソファで寛いでいる。

 本当に人の家をなんだと思っているのか。クリスは怒らないようにと拳を握った。


「ない、いない。どこだ。トイレにもいなかった。台所の横の部屋も、裏の物置にも……」


 ぶつぶつ呟くヒザキはハッキリ言って怖い。

 なのに三人の仲間は平気な顔をしている。やがてヒザキが寝室のベッドの下にあった地下室への扉を見付けた。「ここだ!」と叫んで、降りていった。もちろん、いるわけがない。そのまま、外へ通じる細い螺旋階段を上がって庭へ出たようだ。ぐるっと回って玄関から入ってくる。


「あの抜け道を通って逃げたんだ! マリウスを捕まえよう!」

「えー。もういいじゃん。面倒だよー」

「マユユ! お前の荷物がどうなってもいいのか?」

「煩いなぁ。それはパーティーメンバーの荷物だって言ってるでしょ? 毎回脅しに使わないでよ」

「そうだぞ、ヒザキ。最近お前は勝手が過ぎる」

「なんだとっ?」


 ここにきて仲間割れが始まった。クリスはこの流れの行方を見守ることにした。





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コミカライズ版の第2話が公開されました!


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