106 嵐はどこから来るのか




 まず、トルネリ家の木の天辺が一部枯れていたのは、大量発生したミドリガのせいだった。飼っている水蜂も減っており散々だったようだ。

 原因であるミドリガを討伐すれば、とりあえずは終了となる。更に枯れていた部分を刈り取り、新しく生えるようにと治癒スキルを掛けた。水蜂は巨樹側から少し分けてもらうと話も付いたらしい。そこからもう一度、巻き返しを図るそうだ。


 しかし、その報告を受けた中央の役人たちがまた騒ぎ始めた。

 大量発生の原因を調査し虫の被害を食い止めるにはニホン組がいる今しかない。そのために指名依頼を出すと決定した。強制指名依頼にしたのはエイフも入れたかったからだ。会議中にちゃっかりと名前が挙がっていたらしい。

 アルフレッドたちニホン組のスキル自体は、中級があるものの「強制指名依頼」を出すほどではない。

 では何故、今までにも指名依頼が入っていたのか。

 彼等には収納スキル持ちがいた。

 巨樹という大木の上から下への物資の移動は、普段ならトロッコを使うなり怪力スキル持ちを雇うなどで適う。けれど、貴重な素材の移動や重さのあるものは、収納スキル持ちに頼んだ方が安全だ。

 そのため依頼をまとめておき、シエーロへ来てもらった時に一気に片付けてもらう。

 それを三日で済ませたニホン組への期待値は更に高くなった。ましてやエイフにも収納袋がある。その上、臨時のパーティーを組んでいた。

 役人側が一気呵成で片付けようとする気持ちは分からないでもなかった。


 これに反発したのがヒザキだ。


「彼女の家に行きたいんだ!」


 ご両親に挨拶して結婚したら連れて帰るのだと言い出した。

 せめて結婚するまでは働かないと、梃でも動かない様相を見せ始めたヒザキに、役人たちは阿った。


 なんと、連れ立ってナタリーの実家に向かったのだ。



 ギルド滞在中で監視係のエイフの頭上にいたククリが飛んできて、クリスたちは事情を知った。一緒に待機していたナタリーも目を丸くする。ククリの話を通訳してくれたプルピも呆れた様子だ。


「は? ナニソレ」

「人身御供デアルナ。人間トハ怖ロシイ」

「※※※※※」

「クリスちゃん、精霊様は何とおっしゃってるの?」

「あ、気にしないで。特にハネロクは完全に無視で問題ないから」


 精霊たちには目立つといけないから来るなと言い渡しておいたのに、ハネロクはやって来ていた。

 クリスの頭の上が気に入ったらしい。困ったけれど権力者(の子供)でもある。いざとなれば帽子を被って誤魔化そう。その前に「絶対に光らないこと」とお願いもしている。

 ところで精霊は本来、ひとりで生まれてくるものだ。自然と発生する。でも中には子を持つものもいた。強い精霊が、分身のような子を生むのだ。

 よってハネロクの親はひとりである。

 そのあたり気になって、プルピに根掘り葉掘り聞いてしまったクリスだ。ちょっと下世話だった。でも、世の中の不思議を追及したいお年頃なのだからどうか許してほしい。


 その権力者の子であるハネロクを味方に、クリスは様子を見に行くことにした。


 ナタリーの実家の前は人が多く集まっていたけれどニホン組の姿はなかった。

 クリスが首を傾げながら近付けば、マリウスの母親が気付いた。


「クリスちゃん!」

「何があったんですか」

「それがね、さっき例の強引勘違い男が役人を引き連れて来たんだよ」


 それは知ってる。だから偵察に来たのだ。けれど口を挟むと次が聞けない。クリスが待っていると、周囲の人も一緒になって話し始めた。大体はククリからの情報通りであった。

 そんな中、他の住民たちが一人の男を取り囲んでいるのに気付いた。どこかで見た顔だ。

 クリスがじいっと見ていると、ナタリーの両親が「ああ」と気付いて教えてくれた。


「あの男、ナタリーとマリウス君の家を改築した時の、水道管を検査したらしいんだ」

「騒ぎを聞いて『その家の娘なら新しい家に住んでいる』と言いに来たみたいなの」

「はあ!?」


 クリスの額に青筋が立ちそうになった。

 取り囲んでいた住民たちは、プライベートな情報をバラした役人に詰め寄って文句を言っているらしい。確かに、やってはならないはずだ。しかも、ストーカー男に情報を与えた。


「お仕置きが必要だよね?」


 クリスが怒ると、連動したかのように頭の上から光が漏れる。あっと思った時には遅かった。

 ハネロクが楽しそうな気配のまま、光を放った。しかも役人だけに向けて。


 皆、唖然として見ていた。

 クリスだってそうだ。

 告げ口した役人の男の額に、ワイロ、と書かれている。そこだけ日焼けしたみたいな色だ。



「え、なんで? ハネロクどこで覚えたの……。ていうか、言葉通じないのに文字が書けるとかおかしくない?」

「※※※※※!!」

「ダメだ。絶対楽しんでるでしょ?」


 楽しそうな気配が頭皮を通じて伝わってくる。

 とりあえずクリスはハネロクにお願いした。


「どれだけ興奮しても、わたしには変な言葉を書かないでね?」

「※※!!」


 はあ、と溜息を吐いてると、今度はイサから呼ばれた気がした。イサは今、ナタリーの家にいる。屋根の上に警戒担当として置いてきたのだ。プルピは家の中で警護係である。


「あの、どうやら上で揉め事になってるみたい。わたし先に行ってきます!」

「頼んだわよ。あたしらも、おっつけ向かうから」

「頼みます。クリスさん」


 クリスは頷いて、すぐに裏道へと入った。




 ニホン組の一行は思ったより早く到着していたようだ。騒がしいのが離れていても伝わってきた。急いで向かったために、クリスの息は上がっている。ようやく到着しても息が整わないため、彼等が一体何をしているのかと様子を観察した。

 パーティーメンバーのうち三人は呆れ顔だった。ヒザキが何か騒いでいるけれど相手にしていない。だからといって止めようともしていない。ヒザキを止めているのはエイフと、役人だった。

 この役人は、先日エイフに指名依頼を出した役人だ。同じ担当者が今回もギルドに来ていたようだ。つまり、こいつがナタリーを人身御供に出そうとした。それなのに止めているのは、ヒザキの騒ぎ方がエスカレートしているからだろう。


「監禁されているに違いないんだ。あのマリウスって男が犯人なんだよ」

「だから二人は結婚するって言ってるだろうが」

「違うっ! みんな騙されてる。彼女はマリウスに無理矢理連れ去られたんだ」

「なんでそう思うんだ。根拠を言ってみろ」

「彼女は俺を待っていたんだぞ? あいつ、俺に奪われるのが怖くて監禁したんだ! こんな家まで用意して!」


 話が通じない、とエイフが頭を振っている。役人は青い顔でなんとかしがみついていた。

 まさかここまで変だとは思っていなかったのか。それとも本当に彼の言うことを信じていたのだろうか。

 少しぐらい変でもニホン組に逆らわない方がいいと日和っていたのが、ここにきて現実を見たか。


 どちらにしても、クリスは怒髪天を衝いた。文字通りの意味である。何故ならハネロクが連動してしまったからだ。

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