105 嵐の前の静けさ




 エイフは続けて他のメンバーについても教えてくれた。

 唯一の女の子がマユユという名で、強化と付与と木のスキル持ち。口数の少ない大男がコウタ、スキルは追跡と察知と盾士だそうだ。コウタは全部が中級スキルだった。けれど、攻撃力がない。

 肝心のストーカー男ヒザキは、上級スキルを一つ持っていたが収納だった。ルカも持っていたスキルである。しかし、ルカが言うには収納スキルは「下っ端」で「雑魚」扱いらしい。

 ヒザキは他に、火と弓を持っているという。どちらも初級スキルだからエイフの言葉通り「肩身が狭い」のだろう。


「中級スキルがあれば普通は認められる。一端の何かになれるもんだ。いや、スキルが初級だろうと一生懸命働いていれば普通に生きていける。だが、ニホン組はスキルの仕組みを最初に理解しランク分けをした。そのせいだろうな、他の奴より、ちょいとスキルに対する偏見が強いのさ」

「そうなんだね」


 としか答えようがなかった。

 エイフの言うことは実際にそうなのだろう。けれど、辺境の村でハズレスキルを持った人たちがどんな思いで過ごしていたか、彼は知らない。

 一生懸命働いていれば普通に生きていける?

 そんなに世の中は綺麗じゃない。

 前世でだってそうだった。頑張って働いても、認められない日々が続いた。頭を押さえつけられて生きていた。それでも抜け出ようと藻掻いて足掻いて……。


 いや、前世はもう関係ない。クリスはまだ十三歳で、道半ばだ。エイフの言う通り、頑張れば「普通」に生きていけるかもしれない。

 クリスには「家つくり」スキルしかないが、それを使って今も一生懸命に生きているの


「わたし、スキルに左右されない生き方がしたいな」

「ああ」

「エイフみたいに冒険者向きのスキルじゃないけどね」

「……ま、いろいろあるさ。さて。そろそろ寝るぞ。明日は奴等のお供だ」


 彼等と話をするうちに、トルネリ家の依頼だと聞いて一緒に行くと決まったそうだ。ついでなので状況を確認するという。役人からエイフへのアバウトな指名依頼もあったから、ちょうどいいと下調べを兼ねてだ。


 クリスは来なくていいと言われた。ニホン組に会いたくないクリスはホッとした。

 もちろんクリスはクリスで行動する。

 そのためにもしっかり寝なくてはならない。

 クリスは「おやすみ」と挨拶して、隣のベッドに戻った。衝立の向こうでエイフも着替えているのが分かる。クリスが口酸っぱく頼んだおかげで、寝る時にちゃんと服を着るようになった。以前は上半身裸だったのだ。

 クリスはもう一度、小さく「おやすみなさい」と口にした。なんとなく、笑ったような気配を感じた。クリスは先に寝ていたイサとプルピを横に寄せ、シーツに潜り込んだ。

 ニホン組を見たせいで神経が高ぶっているのか、クリスは眠れなくて天井を見た。少ししてエイフのベッドから寝息が聞こえてくる。クリスは力が抜けるのを感じた。小さく笑って目を瞑ると、自然と眠りに就いていたようだ。




 指名依頼を受けたニホン組パーティーの監視はエイフが担当し、クリスはナタリーの警護をする。緊急時の連絡係はククリに頼んだ。

 ナタリーの警護についてだが、これは指名依頼になった。実はナタリーの両親が久々に戻ってきて現状を知り、さすがに申し訳ないとクリスに依頼してくれたのだ。神殿の仕事があるため数日休んだらまた戻るそうだが、それまでの間にニホン組が来ても「断る」と言ってくれた。今までは「なんとか我慢して」や「やり過ごして」だったそうだから、両親の変わりようにナタリーは嬉し涙を零して喜んだ。


 彼等の考えが変わったのは、マリウスの両親が説得したからだ。「結婚しようとしている二人を応援してほしい」と言われて目が覚めたらしい。

 マリウス自身はまだ煮え切らない様子だけれど、彼の両親いわく「あれは照れてるだけだ」とのこと。ナタリーもやっぱりニコニコとして何も言わないので、来るべき時が来たら二人はちゃんと結婚するのだろう。

 ただ、クリスには分からないが、こういうぐだぐだ感でいいのだろうか。不思議に思う。


 前世でも、結婚した同僚の女性が「プロポーズの言葉? そんなものなかったわよ」と話していて驚いた記憶がある。もちろん彼女からプロポーズしたわけでもない。

 それでどうやって「結婚」にこぎ着けるのか。世の中のお付き合いとは一体どうなっているのか。脳内に「?」が飛び交ったものだ。


 ともかく、両親のバックアップもある。クリスは依頼を受けてナタリーの仕事場に同道した。ニホン組が確実に仕事と分かっているのだ。その間は休む必要などない。

 しかし、ナタリーの仕事場は解体がメインであり、そしてシエーロには虫の魔物が多いわけで――。


「うげぇー。ぎぁー。うひぃー」

「ピピピピ」

「だよね、だよね。気持ち悪いよねー」

「ピッ」

「でも小鳥妖精って、虫食べないの?」

「……ピピ?」

「聞こえないフリしないでよ」


 クリスはイサと小声でやり取りしながら、虫の解体現場を見学する羽目になった。

 どこまでついてまわる虫たちに「これも慣れ、慣れだよ」と自分に暗示を掛けるクリスだ。


 マリウスも今日は久々に仕事へ行っている。家の買い取りについて、彼も半額持つと張り切っているのだ。その時の言い分が「お、俺の家でもあるだろ! だからな!」で「女にばっかり任せてられるか」だった。

 その後、妙に浮かれた様子で飛び出ていった。なんだかんだ、ナタリーとの結婚を嬉しがっているのが丸分かりのマリウスである。



 そんな日常は三日で終わりを告げた。

 アルフレッドたちへの指名依頼が終了したからだ。

 夜遅くに帰ってくるエイフが「あいつら、てんでバラバラで冒険者の基礎がなってない」とぼやいていたのに、随分と仕事が早い。

 クリスは気になって、連絡係のククリに聞いてみた。もちろん電子音が通じるわけもなく、プルピに通訳をお願いする。返ってきた答えは「エイフが尻拭いをしていた」だ。

 常々思っていたがエイフは本当に面倒見がいい。クリスも助けてくれたし、ナタリーだって助けようとしている。その上、ニホン組も助けるとは人が好すぎるのではないだろうか。


 もちろんクリスはエイフのやることに制限を掛けるつもりはない。

 ……嫉妬しているのでもない。

 けれど、ストーカー男の所属するパーティーというだけで色眼鏡で見ていたクリスは、ちょっぴりイラッとしてしまった。


 なんにせよ、静かな時間はこれで終わりだ。

 最終日はヒザキが押しかけるかもと警戒したけれど、疲れていたのか何事もなく終わった。


 騒ぎは翌日から始まる。

 しかもそれは役人の強制指名依頼から始まった。


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