104 追跡、裏道、情報共有




 後を追ったクリスだったけれど、青年はナタリーの今の家まで辿り着くことはなかった。

 両親と住んでいた以前の家に行き、留守を知って諦めたようだ。十分ほどウロウロしただけで元来た道を戻っていく。

 念のため跡をつけたがギルドに入ったのでそこで終了した。


 クリスはまた巨樹に登った。真っ直ぐナタリーの家に向かう。

 その際、裏道を通った。ナタリーやマリウスから、巨樹に住む人だけが使う裏道を教わっていたのだ。これが隠れ通路のようで面白い。何よりも時間短縮になった。

 時々、人の家の裏庭を通るけれど通行禁止ではないそうだ。教わらないと「通っていい道」だとは分からない。だから裏道だ。


 裏道は、細い路地裏や、急な坂に梯子階段といった狭くて曲がりくねった場所ばかりだった。

 朽ちかけた木の梯子もあれば、苔生した丸太階段もある。誰も住んでいない家の裏を通る時はドキドキしたけれど、それすら楽しい。

 表通りの道は木片を綺麗に並べて整地されているが、それだけだ。巨樹とは道路を挟んで反対側になる景色も、家が密集しているため外の風景は見えない。

 巨樹の下層にある表通りは両側が家ばかりで、眺めて楽しかったのは最初だけだった。同じ家が続くためクリスはすぐに飽きてしまった。住民も同じことを考えたのか、外の景色が眺められるような小さな公園が時折作られている。それも細い路地を抜けた先にあって、地元に住む人間でないと見付けられない。


 クリスが使った裏道は巨樹側にある。巨樹側の家々は建て方が自由だ。地面となる枝の位置が平行に続かないため、高さも奥行きも不揃いとなるからだろう。遠目には家が重なって見える。そのちぐはぐさを利用するかのように抜け道が存在した。

 クリスは体が小さいので馴染むのは早かった。町の人に見られても「子供だから」と不審に思われることもない。気をつけてお帰りよ、と声を掛けられるぐらいだ。


 おかげで表通りを行くより早く、ナタリーの家に到着した。


「お邪魔します」

「お帰りなさい、クリスちゃん」

「確認してきたよ。今日はもう大丈夫だと思う」

「ありがとう。イサちゃんもね、お仕事してくれたのよ」

「ピッ」


 ソファの上で寛いでいたイサは片方の羽を持ち上げてクリスに挨拶した。プルピもソファに座っている。ソファというか、その上に置かれたクッションの上に。

 ふたりとももてなされていたようだ。近くに小さな編み籠が置いてあって、中に果物が入っている。囓った跡があって笑う。


「あれ、マリウスはどこ?」

「隠し部屋を堪能してるわ。訓練だって言ってたけど完全に楽しんでるわね」

「もう。肝心なときに何してんだか」

「あ、でも、イサちゃんたちが見回ってきてくれたから大丈夫よ」

「だったらいいんだけど。それより、あの人やっぱり変だね」


 結婚だのなんだのと話していたため、クリスはビックリした。ナタリーから聞いていた話と違うため、別の女性の話をしているのかと思ったぐらいだ。けれど、彼が向かった先はナタリーの実家だった。

 その時の話をするとナタリーはとても嫌そうな表情で、溜息を吐いた。


「前の時に『順番を守って次はプロポーズだ』って話してたから、そのせいかも」

「うわぁぁ」

「何度もお断りしてるのに……。こんなに通じない人って初めてよ」

「あー。そういう人、いるよね。話を聞いてくれないっていうか」


 しみじみ語ると、ナタリーは目を丸くした。それからふと笑顔になって、クリスの頭を撫でてくる。


「苦労してきたのねぇ。よし、そんなクリスちゃんにとっておきを用意してるわよ」

「わっ、もしかして?」


 ナタリーはにっこり微笑んだ。先ほどから良い匂いがしていたのだ。これは期待していい。というか、彼女の料理は全て美味しい。

 クリスはウキウキと晩ご飯を楽しんだ。




 宿に戻ってしばらくしたらエイフが戻ってきた。心なしか疲れて見える。


「大丈夫? お疲れ様ー」

「おー。体は疲れてないが、心が疲労してるな」

「引き留めと情報収集役だったもんね」


 エイフは腕や首を回して精神的な疲れを解そうとしている。


「ペリンのお茶飲む? 疲れが取れるよ」

「おー、頼む」

「あの案内人さん、お礼にって新芽を分けてくれたからね~。水蜂蜜も瓶詰めでもらっちゃったし。へへー」


 先日の依頼で想像以上の量を採取できたせいか、お土産をもらっていたのだ。それが気になっていたから、ちょうどいい。

 夜なので甘いものは食べたくないが、お茶ならいいだろう。入れ方はナタリーに聞いてきたので問題ない。

 エイフも「美味しい」と言って飲んでくれた。ホッとした様子だ。


 一息吐くと、飲みながら情報共有を始めた。エイフからは彼等の名前やスキルを聞く。というのも彼等が自己紹介で話したらしい。通常、他人にスキルを教えるのは滅多にないことだが、ニホン組はペラペラ話す人が多かった。

 クリスはまだルカという青年としか直接話したことはないが、彼も会ってすぐにスキルを教えてくれた。

 警戒していないというよりは、考えが少し甘いのだろうと今では思っている。

 自分たちが、圧倒的に強い組織の所属で、立場も上だと考えているからだ。

 まだどこか現実感がないのかもしれない。夢の中、あるいはゲームの中にいると思い込んでいるのだろうか。

 クリスには分からなかった。


 分からないと言えば、結婚だと騒いでいた青年だ。彼はナタリーの実家の前で十分しか待っていなかった。たった十分だ。その間、聞いて回ることもしない。ただただ家の前をウロウロしていた。

 彼はヒザキという名前らしい。聞いた瞬間、日本名だと気付いた。

 クリスと同様に前世と同じ響きの名をもらったのだろうか。そう考えていたが、パーティーリーダーの名前を聞いて驚いた。


「アルフレッド? え、そういう名前なんだ」

「ああ、そうだが、何かあるのか?」

「ううん。貴族っぽい名前だなって思っただけ」

「そうか。確かに貴族のミドルネームに多いな」


 この時、クリスはスルーしてしまった。エイフの言葉の意味に気付けなかった。

 それにすぐ話題が進んだ。

 他のメンバーの名前やスキルが次々と出てくるため、クリスの意識はそちらに向かった。


「リーダーが剣士と治癒と水のスキル持ちだ。中級二つに初級一つ。ニホン組にしては下位になるな。他のメンバーも似たり寄ったりだ。だから、ペルア国に戻らずダソス国の王都で普段過ごしているのかもな」

「どういう意味?」

「上級スキルを持っていないとニホン組の中では肩身が狭いってことだ」

「上下関係が厳しいんだねえ」

「それだけでもないが。……まあいいか」


 最後は小声だった。


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