102 情報共有大事、あと市民を守れ




 守護家の木とはいえ、シエーロ内部のことだ。大事な木が枯れ始めている、という状況を巨樹側に伝えていないのは問題だという。もし伝えていたなら、ギルドにも話は降りてくる。しかし誰も情報を持っていなかった。

 マルガレータの話を聞いて、クリスとエイフは顔を見合わせた。


「触らぬ神に祟りなし、だね」

「政治や貴族関係の揉め事には首を突っ込まないでおこうか」


 意見が一致したので依頼料を受け取って退散だ。マルガレータは苦笑で見送ってくれた。ついでに小声で「明日の夕方頃から気をつけておいてね」と言われたのは、もちろんストーカー男たちの到着についてだ。


「ということは、今日はまだ大丈夫だってことだな。どうする?」

「わたしはペルちゃんたちを外に連れていく。いい加減、森で遊びたいだろうし」

「俺も一緒に行くよ。プロケッラに忘れられそうだ」

「あはは」


 というわけで、その日はペルたちと共に森を堪能した。

 ついでに狩りも採取もして大満足である。



 早めに宿へ戻ると薬草関係の補充に勤しんだ。殺虫成分の薬草がかなり減ってしまったので心許ない。ちょっと張り切って使いすぎてしまったようだ。

 紋様紙も減っているから、クリスはその日せっせと在庫を増やす作業に没頭した。




 *****




 翌日、ナタリーとマリウスは昼から家で待機となった。しばらくは引きこもる可能性が高く、少なくとも最初のうちはクリスが物資の補給を担当すると約束した。長引けば他の関係者と協議だ。

 でも、長引くならエイフが強引な手に出るだろう。

 ともかく、エイフはギルドで彼等が来るのを待つ。


 ところが待っている間にエイフへ指名依頼が入った。

 様子を見に行ったクリスの目に、エイフが依頼を断っている姿が見えた。

 話をこっそり聞いてみると、昨日の活躍を大いに評価してもらったようだ。それに、トルネリ家の問題を発見したのも良かったらしい。


「最近おかしなことが続いているから調査してくれだと? そんな漠然とした依頼を受けられるか」

「しかし、水蜂の様子もおかしいらしいんです」

「巨樹にいた奴等は元気いっぱいだったぞ」

「いえ、巨樹の水蜂は数が増えてるんです、それこそ異常なぐらい。なのに、トルネリ家の水蜂は極端に減っていると報告が上がってきて――」

「だが、俺にはやることがあるんだ」

「ずっとここでボーッとされていたじゃないですか」


 依頼に来ているのは役人のようだった。トルネリ家は隠していた問題がバレたことから、他の懸案事項についても報告したらしい。すると、よその守護家からも「実は……」と声が上がったとか。

 ギルド内で話すものだから丸聞こえだ。幸い、朝の一番忙しい時間帯を過ぎているから冒険者の数は少ない。けれど噂は広がるだろう。

 何より行政や貴族側の情報共有のなさが危機的で、問題になりそうだった。

 クリスも気になっていたアオイモムシの件など、役人は他の多くの「おかしな事象」について語っている。

 そろそろ止めた方がいいのではと思っていたら、案の定ギルド長がやって来て止めていた。



 エイフは行政からの依頼を一旦保留にした。食い下がられたので正直に理由も話す。


「うちのパーティーメンバーが世話になった女性が、困っているんだ。ニホン組の男が強引だってな。それだけじゃない、被害にも遭っている。その相手が今日にでも来るらしい。俺たちは彼女を守るためにシエーロから出ていくのを遅らせていたんだ」


 本来だったらすでにシエーロを出ていたんだぞ、と言えば、役人は黙り込んだ。

 彼はどうやらナタリーが迷惑を被っている件について知っているようだった。目が泳いでいる。


「行政がやらないから俺たち外部の冒険者が出張っているんだ。なのに、困っている市民からの訴えを無視して、挙げ句に市民を助けようとしている外部の冒険者に自分たちの不始末を任せようとするなんざ――」

「まあまあ、エイフさん、そのへんで。というわけでね、彼には個人依頼がすでに出されているんですよ。ボーッとしていたわけじゃない。ニホン組が到着するのを待っているんですわ」

「し、しかし。では、そうだ!」

「まさか強制指名依頼にしようってわけじゃ、ありませんよね? 出されてもうちは許可しませんがね」


 ギルド長が追っ払ってくれたので、役人はすごすごと退散した。

 クリスは急いで彼等の下に駆け付けた。巻き込まれたくなくて少し離れていたのだ。


「大丈夫?」

「ああ。問題ないさ」

「でもなんであんなにしつこくしてたんだろうね」


 クリスが疑問を口にするとギルド長が肩を竦めた。エイフは曖昧に笑っている。

 教えてくれたのはマルガレータだった。


「エイフさんが外の冒険者だからよ。シエーロの冒険者に内情を見せたくないんでしょ」

「まあ、それもあるだろうな。実際、万能型の上級冒険者が今シエーロにいないのもあるが」

「いない? グレンはどうしたんだ」

「いますよ。もちろん、わたしだってグレンさんを勧めました。でも、あの方が『昨日の件を片付けてくれた冒険者がいい』と言い張って」


 マルガレータはプリプリ怒っている。受付としての矜恃を傷付けられたからだ。依頼者に最適な冒険者を紹介する。それは受付である彼女の大事な仕事だ。


「この期に及んでまだ隠そうとするなんて、シエーロの上層部も大概ヤバいですねー」


 思わず口にしたクリスを、皆が見下ろしてきた。


「いや、だって。ひどいし……」

「そりゃそうだ。せめて俺が言った内容を思い返して、今からで対処してくれたらいいんだが」


 エイフが言う「対処」とはナタリーの件である。

 ニホン組に対して強く出られない上層部は、大した被害が出てないからと高をくくっているのだ。

 治安維持隊も当てにならない。

 だから自分たちで守るのだ。


「とりあえず、今はニホン組対策だよね!」

「おー、そうだな」

「クリスさん、ありがとうね」

「ううん」

「ギルドの方でも気をつけておく。ただ一方に肩入れできない事情もある。悪いな」

「分かってるさ。すでに十分助かっている。あとは話を聞き入れられる相手かどうかだな」


 エイフはクリスに視線を向けた。


「クリスこそ大丈夫なのか? 相手はニホン組だ。怖いんじゃないか?」


 前に変なのに絡まれたから心配しているのは分かるが、クリスは少しだけドキッとした。でもすぐに頭を振る。


「ちょっとだけね。でも女は度胸!」


 そう答えたらエイフだけでなく、マルガレータたちまで大笑いしたのだった。


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