101 早朝の景色と報告




 その日は野営になった。

 案内人が心配性だったからだ。火が確実に消えているかどうかを確認したいのが一番。その次に、まだ他にも魔物が来るのではないかと気になったからである。

 本来の依頼のメインはペリンの新芽採取と魔物の警戒(調査も含む)だったのに、随分と仕事が多くなった。もちろんしっかりと交渉するし、野営になった分も含めて増額は請求する。


 案内人は水蜂を管理する部署からも経費を請求しないととブツブツ呟いていた。

 野営は水蜂のコロニーが見える、一つ上の枝で行う。同じ枝だとクリスの寝覚めが悪い。今はもう欠片もいないけれど、そこで大量の魔物が死んだのだ。思い出したくなかった。

 それに朝日と共に動き出す水蜂の羽音も聞きたくない。


 一つ上の枝からはペリンの畑にも行くことができ、場所的にはいい。何よりも、見晴らしが良かった。

 真夜中まで起きていたクリスは月明かりに照らされる巨樹の美しさにうっとりし、代わる代わるやって来る精霊たちと幻想的な景色を楽しんだ。

 エイフが見張りをしているというのに申し訳ないが、滅多にない経験を堪能させてもらった。



 更に、翌朝はもっと感動した。

 エイフが朝早くにクリスを起こしに来たのでテントの外に出ると、暗い世界に光が差し込んでいたのだ。


「うわあ……」

「もうすぐ朝日が見える。空気が澄んで綺麗だからクリスも見るといい」

「うん! ありがとう、エイフ!」


 急いで枝の端まで走って行く。一緒に寝ていたイサも慌てて飛んできて、クリスのぐしゃぐしゃの頭に乗った。

 少し怖いけれど、行けるギリギリのところで立ってみた。残り一メートルで枝の先は終わりだ。周辺には葉がない。それらは水蜂のコロニー作成に使われたようだった。おかげで、コロニー周辺は見晴らしが良くなっていた。


「太陽が昇ってきた! わぁぁ……!」

「ピピピ」


 後ろからエイフもゆっくりと歩いてくるのが分かった。枝の先まで来たから、震動が伝わる。

 こんなに細い枝の先に、しかも巨樹の上部だというのに立っている。普段なら怖くて震えていただろう。

 でも、この時のクリスからは恐怖が消えていた。

 それぐらい目に飛び込む景色が美しかったのだ。


 ゆっくりと昇る太陽が暗い世界を照らしていく。見えなかった部分が太陽によって暴かれるが、朝露に光って何もかもが幻想的だ。青々とした巨樹の葉が煌めいて見える。澄んだ空気が流れ始め、さわさわと音を立てながらクリスを撫でていった。

 遠くには森が見える。天空都市シエーロは森に囲まれていると、よく分かる景色だった。

 どこまでもどこまでも続く緑色の世界。それらを太陽の光が徐々に明るく染めていく。

 ――なんて素晴らしいんだろう。

 すぐ下には目覚め始めた水蜂たち。そこからもっと先に目を向けると、お屋敷が見える。更に照準を遠くに合わせると。


「家がいっぱい並んでるね」

「ああ。下に行くほど小さい家になるから、余計にチマチマっとして見えるな」

「ふふ。豆粒ハウスみたい。すごいなあ。あっ、守護家の木も見えるよ。橋が光ってるね」

「あそこは植物から銀の色を取り出す技を持っているそうだ。宣伝のために塗っているんだが、住民には評判が悪いんだと」

「反射で目が痛いもんね~」


 守護家の木々は巨樹より小さく、天辺が見下ろせた。

 クリスがいる場所からは三本しか見えなかったが、うち一つの天辺が少し茶色になっている。

 目を凝らすと、枯れているような気がした。


「あの木、天辺が少し枯れてない?」

「ああ、確かに。あの木はトルネリ家だったか」


 トルネリ家と言えば守護家の中で水蜂を育てているはずだ。巨樹にあるコロニーよりも大きいはずである。


「あそこも魔物の被害が出ているのかな。ここに来ていたミドリガの被害を受けて枯れてるとしたら大変かも」

「そうだな。ただ、ミドリガだけで枯れるとは思えないが……」

「案内人さんとギルドに報告だね」


 ただその前に、もう少しだけ。

 クリスは巨樹の上からでしか眺められない美しさを満喫した。


 前世では仕事が忙しくて海外旅行の経験がほとんどない。仕事関係で何度か行ったぐらいだ。それも景色を堪能する暇などなかった。

 その当時、あまりにブラックで忙しくて、癒やされるために旅行記を読んだ。中にトレッキングコースの紹介として載っていた写真がすごかった。スイスだったのかニュージーランドだったのか今となっては覚えていない。ただ、雄大な景色に溜息を吐いたのだけ覚えている。

 真っ青な湖に、なだらかな丘、やがて隆起したように高く続く緑豊かな山。

 あれを現実に見たらきっと息が止まるだろう。そう思っていた。

 今、こうして同じような美しい景色を前に、クリスは「やっぱり」と思い出し笑いだ。

 圧倒されるほどの大きさだ。こんなに大きな世界にクリスは生きている。


「本当にすごいねえ」

「だろ? 早朝が一番綺麗に見えるんだ。今日は特に気持ちいい。クリスは運が良いな」

「うん。でも、運が良いんじゃなくてエイフのおかげだから。……ありがと」

「そうか。はは」


 ぐしゃっと頭を撫でられた。イサが慌てて飛んだので、彼ごと撫でようとしたのかもしれない。相変わらずエイフは大雑把だ。けれど、嫌いじゃない。

 クリスはへへっと笑って、また景色に集中した。




 午前中は忙しなく過ぎていった。

 案内人はあれからバタバタして、急いで報告しないとと焦っていた。でも急いだって仕方ない。一時間早くなったところでどうしようもないからだ。

 なので、朝のうちにエイフが再度見回ってくるというから、クリスは案内人を引き連れてペリンの新芽を採取した。

 もういいと言われても、せっかくだ。いくらでも生えてくる新芽は採った方がいい。

 最終的に案内人もせっせと集め回っていた。


 その彼を役所に送り届け、もちろん荷物もどっさりと渡し、クリスたちはギルドに完了届を出しにいった。

 ついでに報告だ。

 巨樹ではないが、守護家の木の葉が一部とはいえ枯れているのは大問題である。そのため最優先で連絡を送ってくれた。

 こういう場合、情報料がもらえる。

 はずだったのだが。


「すでに現状を把握しているそうです。実は王都からニホン組のパーティーを早めに呼ぶよう言い出したのはトルネリ家だったそうでして……。本来の理由を書いておらず、他の依頼者もいたため気付きませんでした」


 マルガレータがしょんぼりと肩を落として教えてくれた。

 残念だけど仕方ない。

 しかし、それはそれで問題なのだと彼女は言う。





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次回から、週二回更新になります!

(二巻が10月30日発売をうけて)





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