100 魔女様の思い出と討伐完了




 そもそもクリスの精霊に対する態度がユルユルなのは魔女様のせいだ。

 読ませてもらった本では神のように崇めるシーンが多いというのに、その横で彼女が「あー、そりゃ美化しすぎだね」と茶々を入れる。

 それが続くと、精霊への気持ちの垣根が低くなるのも仕方ないと思うのだ。


 彼女は稀に「昔こういうことがあったんだよ」と話してくれた。その中に、プルピから聞いたのとは少し違うが似ているものがあった。

 悪党から精霊を守った代わりに、欲しかった杖やブローチの細かな装飾を頼んだというのだ。ブローチはどこかのお金持ちに売るためで「急ぎで欲しかったら少し無理を言ったかもしれないねえ」と話していた。それを聞いた当時のクリスは「少しの無理じゃなくて大いに無理を言ったのだろう」と思った。

 魔女様はそういう人だった。


「ドウシタ、クリスヨ」

「ううん! なんでもない。そろそろ集まったかなーと思って」

「オオ、ソノヨウダナ」


 プルピはクリスの下手な誤魔化しに気付かなかったようだ。ホッとして胸を撫で下ろした。

 しかし、今は安心している時ではない。

 目の前にはウジャウジャと原色のミドリガが――。


「滅してやるー!」

「ピルルッ?」


 突然のクリスの叫びに驚いたイサが頭の上で鳴いたけれど、気にせず紋様紙を使う。


「【結界】発動ー」

「ドウシタドウシタ。イツモハ静カニ使ウトイウニ」

「いいんだよ、たまには! 叫ぶことで指向性がより正確に定まると本にも書いてあったんだから!」

「オ、オオ、ソウカ」


 嘘ではない。実際、初級の【結界】でも上手く発動してくれた。中級の【防御結界】や上級の【完全結界】を使わずとも、使い方が上手ければ初級でも十分なのだ。

 それに相手は魔物の中でも弱い方である。ただただ数が多いというだけで。


「狭まれ狭まれ、よし!」


 【結界】の機能を発動したまま範囲を狭めていく。

 普通の人はこれができない。見たままに囲んでしまって、そこで意識が止まる。最初に見た形で固定してしまうのだ。

 けれど【風】や【火】の紋様紙もそうだが、攻撃場所の範囲や規模は使う人間の指向で決まってくる。また、最大火力を放てるだけのポテンシャルが紋様紙には込められていた。紋様紙一枚が何故金貨何枚にもなるのか、それだけの能力が備わっているからだ。


「プルピ、お願いね!」

「ウム!」


 予め用意していた殺虫成分たっぷりの薬草に火を付けてもらう。彼の役目はこれだ。ドワーフ型で物づくりの精霊プルピは、火を自在に操ることが出来た。

 ボッと火が付いた薬草はすぐに煙を吐き出す。

 それを結界内にポイッと投げ込んだ。


「おおおー!」

「成功ダナ」

「見事に真っ白だね。あ、早くもバタバタと落ちてるよ」

「ウム。サスガ、ワタシガ加護ヲ与エタダケノコトハアル」


 物づくりの加護で作った薬草だと思ったらしい。でも残念ながら、これは加護をいただく前に作ったものだ。しかも魔女様が考案した殺虫剤である。

 魔女様は「やるからには徹底的に」がポリシーで、殺すなら全部殺してしまえと万能型殺虫剤を編み出した。

 もちろん世の中には益虫もいる。魔女様だって分かっているし知っていた。でもそれとこれとは別なのだ。

 ちなみに、人間がいるところで使っていいものと使っていけないものは、きちんと分けられている。更に仕込み式など種類は多い。

 クリスが長旅の間で虫の被害に悩まされなかったのも、魔女様印の薬草シリーズがあったおかげだ。




 クリスたちが殺虫剤を使ったミドリガ退治をやっている頃、エイフも水蜂に近付くミドリガを倒していた。

 こちらは剣でばっさばっさと斬り殺していくスタイルだ。剣豪スキルを持つエイフの動きは速く、クリスの目では追いつけない。一度の振りで何体も倒すというのは一体どういう仕組みなのか。クリスは彼の姿を横目に首を傾げた。


 迷宮都市ガレルでは「剣豪の鬼人ラルウァ」と二つ名があったエイフだが、天空都市シエーロには長くいないせいかそうした呼び名はない。

 けれど「強い鬼人の冒険者が来ている」と噂になっているようだ。今朝も他の冒険者たちから憧れのような眼差しで見られていた。

 金級ランクで剣豪スキルを持つ鬼人。目立たないわけがない。また憧れる冒険者の気持ちもクリスには分かる。

 冒険者の世界というのは強くないとやっていけない。成り上がって王都に呼ばれ、そこで安穏としていたら強さはそこまでだ。

 だから本当に強い冒険者はエイフのようにあちこちを巡っている。


 さて、結界のおかげでミドリガの残骸をまとめることができた。誘蛾灯に引き寄せられて蜜に落ちたミドリガもスライム凝固剤でしっかりと動きを止められている。蠢く魔物は後ほど処理するとして、手の空いたクリスはエイフの補助に回ることにした。


「エイフ、こっちは片付いたよ!」

「おっ、早いな!」

「エイフが倒したのを集めようか?」

「頼む。クリスと違って、俺は一ヶ所に落とせないからな」


 とは言いつつも、斬り落としている様子を眺めると後々を考えているようだった。まとめて処理しやすいよう、何体かごとに積み上げているのだ。今も喋りながら斬ったというのに、ミドリガの残骸が積み重なっていく。さすがだと、クリスは感心した。


 第二波が来るかもしれないので、クリスたちはミドリガを始末してもしばらくは残骸を放置して待った。

 が、その間に来たのはカナブンの魔物ぐらいだ。一体だけ蟷螂も飛んできたけれど、クリスが「ギャー!」と叫ぶ前にエイフが倒していた。「ギャー」は「ギ……?」と不発に終わってしまった。



 騒ぎが収まると、テントで避難していた案内人を呼んで確認してもらう。彼はミドリガの残骸の山を見て真っ青になった。


「こ、こんなに、いたんですか」

「そうなの。一応、今も警戒中で第二波に備えてるんだけど……。野営する?」

「あ、いえ、あー」

「あと処分なんだけど、どうします? ミドリガって、あんまり素材的にはおいしくなかったですよね」

「特殊な魔物でない限りは現地処分でと言われているのでお願いします」

「その場合、火を使いますよ? さすがに多いし」

「いや、火はちょっと……」

「紋様紙の経費を持ってくれるなら、安全に処分できますが!」


 クリスが交渉すると、頭の上でプルピが溜息を吐いていた。



 結局、真夜中まで待ってみたものの第二波は来なかった。

 そしてミドリガの処分は【結界】と【火】の紋様紙二枚だけで済んだ。万々歳である。






********************


本日9/25より

「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」のコミカライズ版が始まります

漫画家さんは日向ののか先生です!

WEBデンプレコミックさんから連載開始となります

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