099 迎え撃つ準備
水蜂は夜になると眠るため、続々と巣に戻ってきていた。夕方の今が一番騒がしい。
それを狙ってミドリガがやって来る。他にも少数ではあるがカナブンなどの魔物もいた。
ハネロクはエイフの頭の上に陣取り、彼の角をペチペチと叩いている。楽しいらしい。他にも数体の精霊がエイフにまとわりついていた。「くれぐれも邪魔はしないでね」と念押ししたが、クリスは心配だった。
精霊も人間と同じで魔物が嫌いだけれど、だからといって人間のために問答無用で手助けしてくれるわけではない。
そう考えるとプルピはとても常識的で人間寄りだ。
クリスはプルピに感謝しようと思ったが、人の頭の上を取り合っている現状だと言えない。
「プルピ、誰が一番とかないんだから仲良くしてね。ククリは視界に入るから後頭部でぶら下がって。イサは危ないから髪の毛の中に避難。分かった?」
「ピッ」
「分カッタ分カッタ。ワタシモ手ヲ貸シテヤロウトイウノニ、オヌシトキタラ……」
「わー、ありがとー。嬉しいなー」
「……ソノ言イ方ガ疑ワシイガ、マアヨカロウ」
きっと呆れた顔でいるのだろうが、見えないのでクリスは気にしない。
それよりも目の前のミドリガだ。
徐々に不穏な気配と、嫌な音が聞こえてくる。
やがて現れたのは大群の「大きな」蛾だった。
「蛾って、もっと慎ましやかな色じゃなかったっけ。樹皮っぽい色というか」
「タダノ虫ナラバナ。アレハ、魔物ノミドリイモムシトヤラガ変態シタモノデアルゾ」
「うーん。だからって原色の緑って、ないわー」
「何ヲ訳ノ分カラヌコトヲ」
「そうだね。それに、そろそろ無駄口叩いてる暇はなさそう。ううう」
クリスはブルリと震えると、紋様紙を構えた。
ちなみに目にはゴーグル、鼻と口を保護するための特殊ハンカチをマスク代わりとして巻いている。
ゴーグルは物づくりに必要だろうと思って旅の間に作ったものだ。素材はエイフに分けてもらった。なんでも入っている彼の収納袋から出てきたものだ。エイフいわく「よく分からない」群の一つである。
仕分けてくれたプルピによると、ゴーグルの素材の元は一つ目岩という魔物の目玉らしい。外の世界では見かけない迷宮特有の魔物というから、地下迷宮ピュリニー産だろう。
エイフは、依頼になかった魔物素材をギルドに出し忘れるという悪癖があって、収納袋の一角に「よく分からないコーナー」を作っていた。彼にとって、そこにあるものはゴミ同然らしい。タダで分けてくれた。
一部は仕分けしてくれたプルピに渡し、残りはきちんと用途ごとにまとめて圧縮し、またエイフの収納袋に保管し直している。まとめた袋に「クリスの」と書いておいた。
というわけで、ガラスより軽くて丈夫な目玉をプルピが加工してくれ、ゴーグルとなった。クリスも横で見ていたが、技量も道具も全然足りなくて見守るしかなかった代物だ。
ハンカチも同様で、やはり迷宮産の水糸蜘蛛という魔物の糸から作られる。普通に編んだだけなら絹のように滑らかで染めやすい高級布になるだけだが、これを裁縫が得意な精霊に任せると加護が付く。
シエーロに来るまでの間に精霊たちの家を作ったクリスだったが、そのうちの一体がお礼として作ってくれたハンカチだった。
どんな加護か聞いてみると「なんか綺麗にしてくれる」というアバウトな答えが返ってきた。さすが精霊である。
たぶん「汚染されたものでも綺麗に拭き取れる&浄化」だろうと思って、埃っぽい作業の時にマスク代わりで使うつもりだった。
当然、今が使い時だ。そして使ってみて分かる。かなりの高性能だ。空気が美味しく感じられた。まだ鱗粉など降りかかっていないのに、すでにフィルターが稼働している。
クリスはアイテムのすごさに感動しながら、いやーな音を立てる蛾が集まるのを待った。
作戦は単純だ。
誘蛾灯を立て、集まったところを一網打尽にする。
誘蛾灯はランプを改良した。急いで作った割には上手く誘導できている。ミドリガたちが水蜂のコロニーではなく誘蛾灯に向かってきていた。
ただし完璧ではない。彼等の好む甘い香りの薬草をランプ内で炊いているのだが、小さなランプのために煙が思うほど出ていなかった。分散された一部が水蜂のコロニーへ向かっている。そちらはエイフに任せるとして、クリスは誘蛾灯に集まる蛾が固まるのを見守った。
ちなみに、多少でも煙を出すために火を使ったわけだが、安全対策は完璧だ。
案内人の許可は取った上で、ランプの下および周辺に防火布を敷いている。更に【土】の紋様紙を使って、二重円を描くように土の囲いを作った。そして中の溝に、水で薄めた蜂蜜とスライム凝固剤を入れておく。
スライム凝固剤はスライムパウダーを発明した人が考えた商品である。青色の粉の量を調整することで固さを決める。ゼリー状にしたい場合は少量でいい。ここに緑色の粉を混ぜると時間調整ができるようになる。ゆっくりゼリー状にするなら、少量という風に。
今回はゆっくりゼリー状になるよう調整した。決して凝固剤が勿体無いからではない。
「順調に集まってきてるね。でも、もうちょっと早く集めたいな。ゼリーが固まってきたら意味がないし」
「誘蛾灯ニ酔ッテイルモノガイルナ」
「虫酔いの薬草も混ぜているからね。これで動きが緩慢になるの。エイフの方には……結構行っちゃってるか。こっちへの集まりが悪いな」
紋様紙【風】を取り出す。煙を拡散し、誘導するのだ。
発動すると煙が風に乗っていく。するとミドリガたちがまた集まってきた。
「できれば一網打尽にしたいからね。ほーら、集まれ集まれー」
「オヌシ、ソウシテイルト、アクドイ魔女ノヨウダゾ?」
「え、何それ」
「ソウイウ魔女ガイルソウダ。噂デ聞イタガ、敵ヲ完膚ナキマデ叩キ潰スソウナ」
「へぇぇ。そんな魔女がいるんだ」
「精霊狩リヲシテイタ悪党共カラ守ッテクレタノハヨイガ、大魔法ヲ使ウモノダカラ森ガ焼キ尽クサレソウダッタト聞イタ」
「こわっ」
「過剰殺傷ダ。シカモソノ後、精霊ニ『助ケタノダカラ要求ヲ呑メ』ト凄ンダラシイ。勢イニ飲マレ、馬車馬ノヨウニ働カサレタソウダ。以来、人間ノ魔女ニハ近付クベカラズト情報ガ回ッテイルノダ」
「そうなんだ。すごい人だねえ」
返事をしたところで、クリスは首を傾げた。今の話、どこかで聞いた気がする。
「そ、その魔女の話って、いつ頃なの?」
「ウム。アレハ確カ、聞イタノガ○※◇×□ダカラ……。数十年前カ?」
「ふ、ふーん」
魔女様だ。クリスがお世話になった、あの魔女様である。何故なら、彼女からそれに近い話を聞いたからだ。クリスは内心の焦りを必死で隠した。
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この度「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」2巻の発売が決まりました!10月30日です!
これも応援してくださる皆様のおかげです
本当に本当にありがとうございます
クリスのイラストがまた見られるなんて…!
感謝しかありません
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