098 新芽採取と脅し交渉




 クリスはプルピから聞いた話をエイフたちにした。案内人はミドリガと聞いて狼狽えている。てっきりカナブンの魔物だと思っていたらしい。カナブンだったら大きいだけで(攻撃力もあるけれど)問題なかった。少し離れた場所で見学もできる。

 ところがミドリガは毒の鱗粉を振りまく。


「一応、解毒剤は持ってきてますよ?」

「それでも嫌ですよ!」

「そうですよねー」

「大体、あなた方はどうやって戦うんですか」

「わたしはゴーグルがあるし、エイフには別の方法で鱗粉除けがありまして」


 そう言ってエイフにウインクすると、彼は何のことか分からないのにハッキリと頷いた。

 というわけで、今ここで無防備なのは案内人だけだ。


「テントをお貸ししましょうか」

「……お願いします」


 戦力にならない彼は離れた場所で待ってもらうことにした。本来ならテントはクリスたちの休憩用だったが仕方ない。

 最悪泊まりになるだろうと考えていたものの、今日は大変な依頼になりそうだ。



 まずはミドリガがやって来る夕方までに、依頼の一つでもあるペリンの新芽を採取する。群生地は歩いて数分のところにあった。これだけ近いと、水蜂を狙う魔物の被害も及ぶだろう。

 ペリンの群生地も元は自然と生まれたものだ。途中で見てきた雑草と同じで、土が溜まっていたところに鳥が種を落としたと思われる。その後、発見した住民たちが畑として整えた。

 ペリンは低木で、クリスでも手の届く高さだった。脚立がいるかと案じていたけれど採取しやすい。

 クリスが次々採取していると、案内人は感心して褒めてくれる。彼ももちろん手を動かしながらだ。エイフは魔物の警戒がメインだから採取はしていない。

 他にプルピとハネロクも手伝ってくれた。イサもいつもだったら啄んで採ってくれているが、案内人が「鳥に!?」と叫んだため気を悪くしたらしい。クリスの頭の上に陣取って寝てしまった。


「あの、すみませんでした……」

「え?」

「その、頭の上の。妖精なんですよね? 怒らせてしまって」

「あー、いえ。まあ、ちょっと拗ねてるだけです。後で謝ってもらえたら」

「はい。それと、精霊様もいらっしゃるようで……」

「いますね。そこと、あそこに」


 指差すと、そちらを見て案内人が頭を下げる。巨樹に住む人々は本当に精霊が好きらしい。目を輝かせていた。


 その精霊ふたりがせっせと新芽を集めていると、他の精霊も集まってきた。基本的に彼等は楽しいことや面白いことが好きで、誰かが何かしていると気になる生き物なのだ。そして、同じように何かしたがる。

 中には久しぶりのククリもいた。

 クリスに近付いてきて何かを表現している。適当に返事をしていると糸のような手足を目の前でばたつかせた。


「うん? どうしたの?」

「ピル、ピピピ」

「見せたいものがあるの?」


 イサが通訳係を買って出てくれたが、それもまあ「なんとなく」でしか分からない。合っているのか分からず首を傾げると、イサがツンツンとクリスの頭を突っついた。


「それ肯定なのか否定なのか分からないし、軽くても突かれたら痛いんだよ」

「ピピ」

「分かった。ピッ、と一回鳴いたら肯定ね。ピピって続けて短く鳴くと否定。それでいい?」

「ピッ」


 という、やり取りの末に分かった内容は――。


「えーと、住処を見たい?」

「ピッ、ピピ?」

「……見せたい?」

「ピピピピピ?」

「分かんないってば~」


 クリスはククリを掴んで、頭の上に乗せた。


「とにかく、今は急ぎの仕事なの。後でね。分かった?」

「ピッ」

「うんうん。イサ、よろしく伝えてね!」


 戦力が減ったが、よく考えたらククリは戦力になっていなかった。最初から糸の手足を振ってるだけで、新芽を摘んでなどいなかったのだ。

 ――他の精霊は頑張っているのに! いやいや、手伝いはあくまでも善意だ。当てにしてはいけない。それに彼等は気紛れである。ほら、もうすでに飽きてきた精霊がひとり、ふたり。


「うん、分かってた。分かってたよ」


 呟いていると、隣にいた案内人が首を傾げる。

 彼には精霊が見えないので仕方ない。見えないけれど、新芽が刈り取られていくのは分かっている。彼は有り難いと何度も頭を下げていた。



 夕方まで休む間もなく採取を続けたため、クリスだけでも予定の倍を採取できた。更に精霊たちの分も合わせると三倍になるだろうか。

 意外と頑張ってくれたようだ。

 まあ、最後は、水蜂から分けてもらった蜜と新芽を混ぜて団子にし投げ合っていたが。

 食べ物で遊ぶんじゃないと怒ったら、ハネロクを筆頭に「しゅん」として反省のポーズを取っていた。どこでそんな姿を覚えたのか、思わず笑ってしまったクリスである。


 ところで、巨樹の上部には精霊が多い。中には妖精もいるけれど、それは高位の妖精だという。他の妖精はシエーロの外にある森の中だ。というのも、巨樹はパワーが強すぎるらしい。だったらイサは大丈夫なのかと思うが、プルピの子分として成長しているとかで問題ないそうだ。


「イサってば、正式に子分になったの?」

「ピピ」

「あ、否定だね?」

「ピッ」

「ふふふ。上司に振り回されて大変だねえ」

「ピッ」

「何ノ話ダ?」

「おっと、上司は聞いちゃいけない話だよ」

「ピルゥゥ」


 イサは慌てて飛び立ち、クリスの髪の毛の中に潜り込んだ。でも完全に潜り込めるはずもなく、どうも頭だけを三つ編みの中に突っ込ませたようだ。


「頭隠して尻隠さず、じゃない?」

「……」

「何ヲシテイルノヤラ。オヌシラハ気楽ナモノヨ」

「いや、プルピに言われたくない」

「ハ?」


 いつも遊び回っているというのに。と思ったけれど、さっきも手伝ってくれたためクリスは噤んだ。

 そこにエイフが戻ってきた。彼は水蜂の巣の様子を見に行っていた。


「カナブンの魔物が来ていた。片付けてきたが、そろそろ本命が来るかもしれん」

「分かった。わたしも行く」

「ああ。案内人殿は予定通り、少し離れた場所で隠れていてくれ。テントは出しておく」

「わ、分かりました」


 というわけで、いよいよ魔物退治だ。

 新芽はエイフの収納袋に入れてしまったし、討伐に必要なものは取り出している。

 それにクリスには紋様紙という武器があった。


 問題は紋様紙を経費として落としてもらえるかどうかだが――。


 結果、了承を得られた。「休憩用のテントを貸す」というのも交渉に役立った。何より、カナブンや同程度の虫系魔物が相手と、ひどく苦しみながら死に至らしめるような毒を散布するミドリガでは厄介さが違う。

 そこをチクチクと、新芽採りの間に話してみたクリスの圧勝である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る