097 巨樹の上部へ到着、皆と合流




 案内人は時々振り返ってエイフとクリスを見ていた。たぶん、勝手に何か採っていないかのチェックも任されているのだろう。

 これだけ葉が生い茂っていると一枚ぐらいバレない気もするが、もちろんルールに反することはやらない。

 そもそも、巨樹の葉がなくてもクリスは全く困らないのだ。

 なにしろクリスには世界樹の慈悲の水オムニアペルフェクティオがある。一滴で蘇生できるという代物だ。

 その水が大量にある。もちろん原液を(という言い方が合っているかどうかは別として)そのまま大量に持っていても使いづらい。なので、小さなアンプルに分けて保管している。それすら、何度も使うことはないだろうから、一万倍に薄めたアンプルも大量に作った。

 一万倍に薄めても魔力があっという間に戻る優れものだ。ついでに体力まで戻る。というより完全回復薬だ。多少の怪我なら治してしまう。

 世界樹の劣化版である巨樹の葉より、貴重な代物だった。


 ――だから採ったりしませんよ!

 舌をベッと出してみたい衝動に駆られるも、興味があったのは事実で。

 クリスは肩を竦めて彼等の後を追った。



 問題の場所までは一時間ほど歩く。どの枝を分かれて登ったのか分からないぐらい、ぐねぐねと進んだ。これは山道で迷うパターンの一つではないだろうか。行きは一本道に見えても、実は視覚に入っていない道があって、帰りになると分かれて見える。というものだ。

 そもそも、山道と呼べるほど「道」がついているわけではない。

 いよいよマズイと、クリスは震え上がった。こんなところで二人とはぐれたら遭難だ。

 いつもはペルという頼れる相棒と山の中に入る。それに魔女様が森歩きの極意とやらを教えてくれた。だから、怖いと思ったことがない。魔物は怖いけれど山自体に恐怖を感じたことはなかった。

 けれど、右も左も同じような枝に、あちこちから無造作に生えている小さな枝葉が方向感覚を狂わせた。


 クリスが内心でドキドキしていると、エイフが立ち止まった。

 振り返り、クリスを見て首を傾げている。


「どうかしたか?」

「ううん」

「疲れたなら、背負ってやろうか? その代わり俺の荷物を背負ってもらうが」

「あ、うん。じゃなくて、いいよ。大丈夫」

「そうか。疲れたら言え。ここは慣れないと歩きづらいんだ」


 そう言って前を行く案内人を見た。彼は目を泳がせ、それからその場に座った。どうやら、ここで休憩してくれるらしい。

 クリスはホッとして肩の力を抜いた。


 エイフが言うには、手入れのされていない巨樹の枝は少々つるりとしていて歩きづらいそうだ。気付かなかったが、確かにクリスも慎重に歩いていた。通常の山とは違ってでこぼこでもなく土も少ないから、踏ん張りが足りなくて自然と体に力が入っていたようだ。

 もちろん、完全につるつるとしているわけではない。けれど枝の上を歩くというのは考えてみれば普通ではなかった。それに緊張もしていた。


「初めての冒険者なら誰でも通る道だ。落ち込むなよ?」

「うん。ありがと」

「よし。あともう少しのはずだ。頑張れ」

「はーい」


 持参した水筒でお茶を飲み、休憩が終わるとクリスは元気にまた歩いた。



 そうして辿り着いた現地は枝の先も先、空が見える場所だった。

 振り返るとまだまだ巨樹の本体が上へ続いているけれど、空と下界が見えるほど高いところまで登ってきていた。

 その景色に感動したいところだが、クリスは素直に喜べなかった。

 見たくはないけれど見なければならない。現実とはそういうものだ。


「うわぁ……」


 確かに水蜂の大型コロニーがあると聞いた。聞いてはいたが。

 クリスの目の前の光景は正に「うわあ」としか言いようのない、異常な数の水蜂で埋め尽くされていた。


「これ、普通なの?」

「むしろ少ない方だね。ずっと増加傾向だったのに最近は減っていく一方で。見回りに来なかった二日の間に、かなりやられているみたいだ」

「そ、そうなんだ……」

「案内人殿よ。その魔物だが、いつ頃やって来るか把握しているのか?」

「夕方頃ではないかと。魔物化したカナブンが樹液を奪いに来て水蜂を殺していると思われます」

「うーん、そうか」


 エイフは案内人の説明に納得していないようだった。何かが気になるらしい。

 クリスには分からないため、自分が出来ることを考える。

 幸い、水蜂はニホンミツバチと同じような大きさで攻撃もしてこない。巣の近くでうろちょろしても、ほとんど刺されないそうだ。それに虫除けオイルも塗っているため怖くない。

 大丈夫だと分かったからか、小さくてコロンとした水蜂が何故か可愛く思えてきた。

 今まで大きな虫ばかり見てきたクリスは、感覚がちょっぴりおかしくなっているのかもしれない。


 それはそうと巨樹の上部だ。見晴らしの良い場所である。

 クリスはすーっと息を吸って吐いた。


「おおー。気持ちいいー!」

「ピルル!!」

「あ、イサ。それにプルピも。……ハネロクも来たんだね?」

「ナンダ、ソノ嫌ソウナ顔ハ」

「嫌じゃないよー。あははー」


 発光物になりかけるハネロクには、くれぐれも光らないでねと頼み、クリスは各自に聞いてみた。

 実は彼等は先に来ていて、調べてくれていたのだ。


「ウム。ワタシノ調ベデハ、悪サヲシテイル魔物ハ蛾デアルナ」

「蛾?」

「ソウダ。アー、人間ハ何ト呼ンデイタカ」

「ヴヴヴ」

「○※△◇※ヨ、ソレハ精霊ノ言葉デハナイカ」

「ヴヴヴヴヴ」

「ウム」

「あの、通訳して。大体でいいよ。見た目とか」


 プルピはちょっと目を細めてクリスを見た。何か言いたいことがあるらしい。けれど、やれやれと頭を振ると、詳細を話してくれた。

 それによると、蛾の魔物はミドリイモムシの変態後の姿らしい。クリスは冒険者ギルドの資料を思い出した。薄目で読んだためハッキリとした姿は覚えていないが、ミドリガという安直な名前が付けられていたはずだ。


「あいつかあ……」


 うへぇ、と途端にやる気が減った。ミドリガは鱗粉に毒があるし雑食だ。というか何でも食べる。それこそペリンや、水蜂だって食べるだろう。

 しかも奴等は空を飛ぶ。


「鱗粉除け、どうしよ。カナブンだったら素材が取れたのになー」

「鱗粉ナラバ、作業用トシテ作ッタゴーグルガアルダロウ?」

「わたしはね。エイフは持ってないもん」

「フム。○※△◇※ヨ、アノ男ニ降リカカル鱗粉ヲ除ケラレルカ?」

「ヴヴ」

「デハ頼ンダゾ」

「えっ、ハネロクやってくれるの?」

「ヴヴ」

「わあ! ありがとう! ハネロク大好き!」

「ヴヴヴン!!」


 ハネロクもたぶん同じ言葉を返してくれたと思う。クリスの鼻に抱き着いて、チュッとキスしてくれたからだ。プルピは通訳してくれなかったが。


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